タイトル未定2026/06/03 18:45
大学の授業を終えた流花は、繁華街の近くにある駅前広場で、若菜を待っていた。
夏の空はすっかり暗く、約束の時間七時はとうに過ぎていた。
流花は、マスターからもらった防犯ブザーを付けた大きなバックを肩に背負い、壁に寄りかかっていた。
約束の時間に遅れることを、若菜が送ったラインで、流花はすでに知っていた。
「シロちゃ〜ん、遅くなってごめ〜ん!」
流花に詫びながら、駆け寄る若菜の傍らにちはるがいた。
「友光さん!」
若菜がちはるを連れてくるとは、思ってもいなかった流花は、驚いていた。
「びっくりしたでしょ。アタシからのサプラ〜イズ!」
「街中で友光さんと会うのは、初めてですね」
「スイにラインしたら、シロと会うって言うから、じゃあアタシも!って参戦したの」
「スイ、友光さんとラインでやりとりをしているんだ」
「たま〜にね」
……寂しがりやの、二人らしい。
流花は、小さく笑った。
ちはるは、流花をゆっくり眺めた。
「シロ……あんたそんな格好で、大学に行っているの?」
「そんな格好って?」
薄手のパーカーにティーシャツを着て、ジーパンにスニーカーと、いつものスタイルを流花はしていた。
「スイみたく、もっとおしゃれをしなさいよ」
若菜は薄いピンク色のブラスを着てベージュのタイトの膝丈のスカート同色のパンプスを履いて、どこから見ても社会人だった。
「おしゃれに、余裕なんてできないし。それにこの格好が、一番楽」
当然のように言う流花に、若菜とちはるは顔を見合わせ、肩をすくめた。
流花達は待ち合わせ場所から、近くにあるファミレスに移動をした。
食事が終わった後、それぞれのドリンクを飲んでいた時、ちはるは流花の指輪を指摘した。
「スイ……その指輪」
「マスターとお揃いのペアリング」
「なによ〜ちゃんと、やることやっているじゃない!」
若菜が聞いてきた。
「シロちゃん、マスターとデートした?」
若菜の問いに、流花はすまして言った。
「したよ」
若菜とちはるは顔を見合わせ、声を上げた。
「デートしたのぉ!」
「どうだった?」
食いつく若菜とちはるに、流花は言った。
「どうだったって……ん〜……言うわけないでしょ」
流花はテーブル席から立ち上がり、ドリンクバーの方へ行った。
ドリンクを片手にテーブル席に戻ってきた流花は、話題を変えるように若菜に言った。
「スイ幼稚園で、読み聞かせはしたの?」
「まだ、していないよ」
「読み聞かせ?何よそれ?」
何も知らないちはるに、流花が答えた。
「スイ、園児の前で読み聞かせをするって」
「そうなんだ!いつ、絵本を読むの?」
「明日、読みます」
「なんの絵本を読むの?」
「それは……」
ファミレスを出たあと、若菜は流花とちはると別れた。
流花は、ちはると肩を並べて歩いた。
「あぁ、シロがマスターと付き合っているなんてね……マスターと付き合えて幸せ?」
少し黙った後、流花が言った。
「友光さん。馬場さんと一緒にいて幸せですか?」
「言ったなぁ!」
言いながら、ちはるは身体ごと流花の身体にぶつけた。
翌朝、若菜は緊張をした面持ちで、教室の床の上に座る、園児の前にいた。
若菜は園児が座る、小さなイスに座っていた。
手には、読み聞かせをする絵本を持っていた。
……大丈夫。
若菜は、静かに深呼吸をしてから、絵本を開いた。
はじめから、静かに聞いていた園児。
身体が動いていた園児は、絵本の話が進むごとに、聞き入るようになった。
絵本は、盛り上がりを見せ、やがて終わりを迎えた。
ふたりきりだったぼくたちに
すこしずつ、なかまたちがあつまった。
ころんでもいいよ。
ないてもいいよ。
うつむいてもいいよ。
すこしだけあげたかおに、あおぞらがみえた。
もう、きのうはふりかえらない。
はたをかかげよ!
こぶしをあげよ!
ふたりきりだったぼくたちに
すこしずつ、なかまたちがあつまった。
さぁ、ぼうけんにでかけよう!
園児達の拍手と共に、絵本の読み聞かせが終わった。
若菜は右手を上げて、園児達に向かって大きな声で言った。
「さぁ、皆も冒険に出かけよう!」
園児達は返事をすると、帽子をかぶって運動場に走って行った。
主任担任が園児達を追いかけ、若菜は絵本を片付けに教室を出た。
絵本を本棚にしまう前に、もう一度絵本をペラペラめくった。
……まるで、私達みたい。
勇者が、マスター。
剣士は、馬場さん。
攻撃をする魔法使いは、ちはるさん。
私は、ちはるさんのバックアップをする魔法使い。
シロちゃんは、皆を癒す魔法使い。
そんなことを思いながら、若菜はクスリと笑った。
「若菜先生〜」
園児の声で、若菜は我に返った。
「はぁい!」
返事をした若菜は、絵本を本棚に戻し、走り出した。
絵本の表紙には「RPG〜五人の冒険者〜」と書かれていた。
完




