天の衝 一
空いた窓から聞こえる小鳥のさえずりコーラス、いつもは鬱陶しいはずが今日は晴れ晴れとして聞こえる。
カーテンに映る暁。
4:35
わりかしちょうどいい時間だ。
このまま悩んでいても仕方ない。押入れから重箱大の包みを出す。
「―――ゴクリ。」
1年ぶりに見るこの包み。
そっと外側の紙を剥がす。
紙はたやすく剥がれ、中からは漆塗りの黒光りした綺麗な箱が入っていた。
思ったより細長いな。外装はもっと大きかったけど・・・。
もう一度包装していた紙を探る。
やっぱり、もう一箱別に包まれてあった。でも何で2つ分けてたんだ?
「考えてても仕方ないな。」
自分でも苦笑してしまう程のありきたりな独り言。
そうこれでいい。恐怖と不安は考えを鈍らせる。
まずは伯父が秘密裏にくれたこの箱の正体を掴まないといけない。
そしてかえでさんが欲しがる理由。
・・・学校でのことを思い出し、恥ずかしくなった。
いやむしろ情けない。かえでさんに呼びだされたとき、てっきりそんなコトになるかと思ってた。
4:50
さっそく着替え、箱2つを鞄に突っ込んで家を出る。
明日の夜までには帰ると書置きしてきたから大丈夫だ。
5:20
某ハンバーガーショップで朝飯を買い、近くの水場がある公園でシンキングタイム。
人も少なく、うるさい工場も無い少し大きい河原の公園。
まず考えなきゃいけないのは、この箱のこと。
1年前のあの時、数日伯父の家で過ごしていた時、何かを決心したように唐突にこれをくれた。
『親には言うなよ』、あの少し自嘲気味の苦笑いとともに。
その後すぐに伯父は倒れ今も眠ったままだ。
解ってたんだろうか?伯父はこうなることを。
5:40
箱を開ける勇気がなくてもう20分もグズグズしている。
一思いに開けてやろうかという気もするが、どうも開けてはいけないという気もする。
だがこれを開けなくては始まらない、そう思ってふと顔をあげる。
円形の水場をはさんで向こうのベンチに人影。
普通ならどうでもよいと思える光景だ。
でも今日は違った。
茶色がかったロングヘア、すらりと長い脚、綺麗な顔。
・・・相川花織。
彼女は手に持ったノートに何か書いていた。
こんなとこで一心不乱に勉強する姿はまるで、親に用意された窮屈で完璧な勉強スペースから逃げてきた、お転婆お嬢さんだな。
何だか意外な一面を見た気がした。
6:00
―――その時、突然、水場から数多くの噴水が屹立した。
とてもキレイで、数分目を奪われる。
光る水粒が風に舞い俺のところまで届いた。
やがてそれは小さくなり、そしていつもの水場へともどった。
もう一度ベンチを見ると、彼女はもうそこにはいなかった。
6:10
開ける!
そう決心して箱のふたに手をかざす。
開けたとたんに煙が出ておじいさんになる、とか無いよな?
そっとふたをつかんだ。
精神を後ろから突き飛ばされる感じと、めまいが突然来て、視界が暗転した。
――生きてる?
つい数時間前聞いたあの声。
「また“お前”なのか。いったい今度は何の用?」
まわりを見渡す。今回は自分の部屋じゃなくて、自分の座っているベッドと小さいテーブルと本棚しかない簡素な部屋。
ここはどこだ?
――窓の外を見て。
言われたとおりに前の窓を見る。
「・・・あの箱、それにあれは俺の手!?」
外にはさっきまで俺が見ていた光景の続きが鮮明に映し出されている。
――じつはね、今キミの身体を動かしているのは私。
「ど、どういう?」
外の俺の手がふたに手をかける。
――このふたを開けるのはキミには無理。下手をすると死んでしまうかもしれなかった。
「呪いとかそんなかんじか?」
――うーん少し違うけど、強いて言うならこれの代々の持ち主の残留思念がキミには少々強すぎたってとこかな。
「まあ、お前は俺を」
――そうキミを救ったってとこかな。
悪いやつではないみたいだ。
そろそろ本当に聞きたかった話題を切り出そう。
「ところで、お前はどういうものなんだ?」
――私は、キミの能力の具現だって。前に言ったよ。
「このわけのわからん眼のことか?」
――それはキミ自身の能力。私はもっと後天的なキミの能力。
「そんなに何個も変な能力があってたまるか!」
俺の厄介事はこの眼だけだと思ってた。
――あら、その能力で厄介ってなら、もう片方はもっと厄介でね。キミの眼の能力は?
「本当を見極めるってもの?」
――おしい!その眼は全てのモノの本質の流れをとらえるってものなの。
「本質の流れ?そんなもの見たことが無い。」
――じきにわかるよ。きっと。
「もう一方は?」
――呪ってものをつかって、可能性の壁を撃ち砕く。
――ひとよんで、弾丸。
「そのまんまっ!」
思わずツッこんでしまったが、可能性を切り拓くってことならすごい能力だな。
その分厄介そうだけど。
「名前はともかく、それって具体的にどういうもの?」
――たとえるなら、西部のガンマンが汽車の天板に乗っている。
「ほう。」
――ガンマンはギャング団から逃げていた。
「ほうほう。」
――突然の汽笛。何事か、とガンマンは思った。
――ふと前を見ると、前方の線路の上に大岩の障害物が!このままでは衝突してしまう!
緊迫の光景が目に浮かぶ。どうやら、天板の上の無賃乗車ガンマンはピンチっぽい。
――ここで問題!この後ガンマンはどうピンチを潜り抜けたでしょう?
問題とか要るのか!?でも楽しそうだし、黙っておこう。
「はーい。実は汽車の側に馬が並走していて、それに飛び乗ったんだと思います。」
――アホか!そんな都合のええ話はない!
まさかの関西突っ込み。
――ガンマンは、岩の手前でレールが分岐するところのレバーを拳銃で撃って切り替え、助かったんです!
「その助かる可能性を切り開いたのはその弾丸、んでそれが俺の能力と。」
――そういう事。正確に言うとキミにとり憑いた能力。っていうかそろそろこのふた開けない?
「すっかり忘れていた。そうだな開けてくれ。」
――よし、・・・いくよ。
窓の外で、俺の手がふたを持ち上げる。同時に精神から力がとられていく感じがした。
7:10
やっとここに帰ってきたって感じ。手も足も全部動かし確認する。
膝の上にはふたの空いた箱。
その中には、笛。
教科書で言えば、竜笛っていう横笛に似ている。
木でできた表面には、橙と紺の葉の模様が描かれている。
箱の中にはほかに、“之を鬼丸ノ葉双を名づける”と書いてある紙片があった。
鬼丸の葉双、か。よくわからん名前だな。
だけど、これが俺にとっての話し合いの切り札だ。
とりあえず、からだが重い。いつの間にかけっこう疲れた。
少し横になって寝よう。
学校の美少女が主人公と絡んでくるのはもはや王道ですよね。
あと天の衝ってのは天文学で言う衝のこと、つまり「ある観測点(通常は地球)から太陽系天体を見た時にその天体が太陽と正反対の位置にある状態を指す言葉である。厳密には、地球から見たその天体と太陽の黄経の差が180度となる瞬間」(wikipedia「衝」の項より転載)で、このときに太陽系の外惑星と地球との距離が一番近くなります。




