壺中の蝶
うす暗い森の中、俺は一人で彷徨うように歩いていた。
瞬時にこれはまたあの夢なのだと気付いた。
あの日から何百回もフラッシュバックするこの光景。
昼間のこともあって、どこかいつもより鮮明に。
闇が視界を覆った。
体に纏わりつく湿った気配。
押し寄せる得体も知れないモノの大群のような感じ。
もういい!止めてくれ!
こんなもの思い出させないでくれ。
手のひらには、血。
暗闇の中でも、それは綺麗な深紅を浮かび上がらせていた。
消えろ!消えろ!
目の前に繰り広げられる悪夢に耐えかね、俺も叫んだ。
「―――――!」
突然理解した。あの時の叫び声は自分のものだった。
・・・なら、あの血は誰のもの?
―――その時、目の前の光景がガラスの様に砕け散った。
砕け散ったあとには、何もないただの牢獄のような部屋が現れた。
大きさは自分の部屋ぐらい。
そう思ったとたんに灰色の部屋が見る見る変わっていく。
2つの窓、黄色いカーテン、ベッド、小学生になって買ってもらった勉強机。
まぎれもない俺の部屋だった。
ただひとつ、ここが夢の中ということを除いて。
「ここは?」
「解っているはずよ。キミの部屋。」
ちょうど部屋のドアの所に、自分と同年代の女の子が居た。
セミショートに何処かの学校の制服。
どこかで会ったような気もする・・・。
「あー、えっとー・・・どなた?」
「忘れたの?キミが呼んだんじゃない。それとも、まだ、呼んでなかった?」
呼ぶ?なんのことだ?
そんな俺を見て、彼女は諦めたようにベッドに腰を落とした。
「ごめんなさい。少し早すぎたわ。」
「夢の中にしても、せめて通じるように話してくれ。」
俺はベッドの前、自分の椅子に座る。
ちょうど2人向かい合うように。
女の子と自分の部屋で向かい合って座るなんて現実じゃありえないことなのが悲しい。
「私は、キミの中に在る能力、その具象化。」
「何で女の子なんだ?」
「私の力はキミを補完する力。だから私は男性の対になる女性になっているの。」
能力、力、たぶんそれはこの“眼”のことだろう。
だけどなぜ今頃?
「聞きたいことがたくさん有りそうね。でもまた今度。夜のうちに頭冷やしてどうするか考えなさい。」
女の子はおもむろに立ち上がり、開いたドアへ歩いて行く。
「最後にひとつだけ、いいか?」
「ひとつ、ね。」
「前に俺とどこかで会わなかった?」
いま本当に聞きたかったこと。
確かにこの女の子は、誰かに・・・。
「私の姿は、昔キミが思い描いていた女性像。その人のことが好きだったみたいね。」
「・・・そういう、ことか。」
「じゃあ、またね。」
閉まる扉を見て、俺の心が何故か少しズキリと傷んだ。




