走光バタフライ
目をつむると、あの時の光景がまだ消えずに浮かび上がる。
もう去年のことなのに。
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うす暗い森の中、一人で彷徨うように歩いていた。
家族で山を越えた向こうの伯父の家に歩いて行く途中だった。
気づかないうちにはぐれ、迷ったのか。
思い出せない。
もう何時間も歩いている。
日は出ているが、こうも木が多いとなかなか暗い。
・・・近くで草を分けながら、近づいてくる気配。
振り返ると、いやあの時振り返らなければ良かったのかも知れない。
闇が視界を覆った。
体に纏わりつく湿った気配。
押し寄せる得体も知れないモノの大群のような感じが。
空気が、気配に押され何十倍にも圧縮され、僕の身体を押しつぶす。
痛みに耐えかねて、俺は叫んだ。
だけど、声が出ない。
そして手のひらには、血。
暗闇の中でも、それは綺麗な深紅を浮かび上がらせていた。
逃げ出そうと思っても。
恐怖が重金属と化し、足を硬直させる。
視界はすでに紅色に染まる。
俺は死を覚悟した。
「―――――!」
誰かが近くで叫んでいる。
どこからか手が伸び、自分の左手を掴む。
恐怖すらも沸騰させる、温かい手だった。
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気が付けば、伯父のいる町に着いていて一人で歩いていた。
手は血で汚れておらず、あの痛みもなかった。
ただあの手の温もりは残っていた。
伯父の家に着き、その話をするとみんな『狐にでも化かされたか』と笑った。
俺のことを一番心配していた伯父が、一人だけ深刻な顔をしていた。
あれは何だったのか、誰に助けられたのか、伯父は答えなかった。
その三日後、家で俺と将棋を指していた時、伯父は倒れた。
昏睡に陥る少し前に伯父は、俺に重箱大の包みをくれた。
薄情な俺は、現実から目をそむけ、それを押入れの奥し仕舞ったままだ。
そして、365回目の暁が閉じていた俺の眼を灼くように輝いた。
最初から、ちょっと暗くなりすぎたかな感が否めない;
あ、これはプロローグですので本編はもっと明るく静かな話ですよ?




