Side:L ⑨
ランベルト達は無線機を使ってクラップと合流した後、明星に集結していた。蟲屋やGasseから必要な物資を運搬した後、ギアーズ特製の換気装置で店内の霧を排出した。
もちろん蜜とカワードも明星に移動している。人数こそかなり集まったものの、日は暮れてしまい、外は霧に加えて暗闇も街を包んでいた。
今夜は明星で夜を明かすことに決め、各々ひと時の安らぎを味わっていた。
「やめろって! 冗談じゃねえぞ! マジでやめろ!」
カワードの視線の先には椅子に押さえつけられているクラップの姿があった。両方の腕をランベルトとミンストレルに掴まれて動けないようだ。
「いやいや、クラップ。薬を打たないと危険だから。ボクらみんな感染してるんだよ」
「だからって目に注射することねえだろ!?」
「だってオマエ、普通の針じゃ筋肉で皮膚も通さないし。じゃあ柔らかい目にぶっ刺すしかないよね。はーい、それじゃランベルトもミンストレルもしっかり押さえてねー」
レディは微笑みながら注射器を持ってクラップににじり寄る。じわじわと怖がらせるのは確実に彼の私怨も入っているだろう。
注射じゃなく内服薬も本当はあることをカワードは知っていたが、あえて黙っていた。見ている限りレディは楽しそうにしているし、邪魔するのは野暮というものだ。
クラップの悲鳴を聞きながらぼうっとしていたカワードの元にある人物が近づく。
「お邪魔するのだよ」
そう言ってニヒツはカワードの向かいの席に座る。特に嫌いというわけではないが、カワードとしては他人にじろじろ見られるのは苦手だ。
「……何か僕に用?」
顔をそらしたまま、ぶっきらぼうに聞いてみる。用件があるならさっさと済まして欲しい。
「そろそろ包帯を替えた方がいいと思ってね。ワガハイが替えてあげよう」
「別に、いい。自分で出来る」
「肩の傷をひとりでやると今みたいに緩くなって解けてしまう。その状態だと明日は戦えない、と思うのだよ」
蟲屋の時はなんとかひとりで止血をしたが不十分だった。怪我した場所的にどうしても両手を使うことが出来なかった。見た目こそ巻いてるように見えるが、実際は当てがっているだけというのが正しい。
それに今は一旦落ち着いているが、事件はまだ解決していない。レディ達の戦いは明日も続く。その時になって力になれないのは困る。
「それともあそこにいる男性たちにやってもらうかい。女性の方がいいと思ったが、残念ながらここにいる女性はワガハイだけなのだ」
「……分かった。手伝って」
さっきから暴れているレディ、ランベルト、ミンストレル、クラップは全員男だ。カウンターでお酒を軽く飲む蜜も、それをふるまっている店主も。
ニヒツの言う通りなのは癪だが背に腹は変えられない。店主に許可を貰うと、包帯を替える為に別室へ移動した。
別室に辿り着き、扉を閉めて誰もいないことを確認すると、早速ニヒツに怪我の様子をみてもらうことにした。
恥ずかしさからカワードは背中を向けて上着を脱ぐ。
「これはまた無茶苦茶な巻き方をしたものだね。切っちゃった方が早い」
「なんでもいい。早く、やって」
ニヒツは鋏を取り出すとチョキチョキと包帯を切り始めた。包帯が全て取れるとカワードの背中が露わになる。
新しい包帯を巻くのかと思ったら、突然濡れたタオルを背中に当てられた。
「……!? いきなりなにを」
「下水に落ちたからか、少し臭うのだよ。雑菌もあるし拭いてしまった方がいい」
「……」
下手に反論するとかえって長引きそうだ。布越しとはいえ他人に触られるのは正直言って嫌だが、ここは我慢するしかない。
目を閉じ歯を食いしばって背中を拭かれるのを黙って耐える。傷口に水が染み込むのも辛いが、口を一文字に結んでじっとした。
ニヒツは口を噤んでいるカワードに対して背中越しに話しだす。
「カワード、君は愛されるということについてどう思うのだ」
「それは、事件に必要な質問?」
「ああ、そうだ。……いや個人的な興味も含んでいる」
事件解決に関わる行動しかしなかったニヒツにしては珍しい。カワードとしても霧の具現化、それも例外的な存在のニヒツが何を言うか少し興味があった。
本心をさらけ出しているのか、ニヒツの声色が強張っている。
「ワガハイも愛されていなかったのかもしれない」
ニヒツが言うには自分は偽物なのだと。元々ニヒツというのは壊れかけの人造人形につけられてた名前らしい。その人形と出会ったとある教授がアルジダにつけた模倣の人格。それがニヒツが生まれた訳ということだ。
ニヒツを作った産みの親が愛していたのは人造人形の方。所詮ニヒツは代わりに過ぎない。今となっては教授も死んでしまった為に確かめる術もない。
「もし貧民街で殺された彼らが言う通り、愛されていない者に生きる意味がなかったというなら、ワガハイにも生きる意味はなかったのだろうか。ワガハイの生命に意味はなかったのか」
ニヒツの手が止まった。背中を向けてるから彼女の顔は伺えないが、きっととても暗い気持ちになっていることだろう。
自分の存在意義とは。そんな否定的な疑問が彼女を揺さぶっている。震える手の振動が背を通して伝わってくる。
「僕はニヒツのいう教授を知らない。だから答えは、僕からは出ない」
「そう、か」
「でも僕は思う。愛されることが、生きる意味だけじゃない」
カワードはペンダントを握りしめる。
カワードの家族の記憶は希薄だ。兄がいたという僅かなものしかない。愛されていたなど自信をもって言えるわけもない。
それでも死んだ方が良かったなんて、これっぽちも思ってないのも事実だ。
「僕も愛されてはなかった、かもしれない。でも生きてた意味は、あったよ」
「……それは何故なのだ。カワードだって街の子供たちと似たような生活を送っているのだろう。どうしてそんなにはっきりと生きてた意味があったと言えるのだ」
「死んでたらレディやクラップ、ヘルに、僕は会えなかったから」
盗みを働き、家もなく眠る。そんな鼠のような生き方をしてきたカワードに生きる喜びをくれたのは友人の存在だった。
いつからだろうか。眠るときにこのまま目覚めなくていいと思わなくなったのは。友人たちに会うときに心を躍らせたのは。
もしかしたら彼らに愛されてないかもしれない。でも愛が必要なわけじゃない。自分にとって大切な者が出来た。それだけでカワードには十分だった。
「これから生きていく意味は、もう見つからないかもしれない。でも、生きてきた意味は、あったんだ」
「ワガハイにもあるのか。子供たちにはあったのか」
「分からない。でも、ニヒツは僕らを助けた。彼らは事件を起こした。それを、きっと僕は忘れない。良いか悪いか分からない、けど、記憶には残った」
そうか、とニヒツは呟く。その言葉にもう寂しさはなかった。彼女の中で答えが出たのかは知る由もない。でも迷いが消えたのは確かだろう。
こうして話している間に身体は拭き終わり、包帯の取り替えも完了した。カワードはすぐに上着を着ると部屋の扉に向かう。
「ありがと、ニヒツ」
「こちらこそ、カワード。お陰であの子たちにかける言葉が見つかったのだよ」
二人は礼を言い合うとその場を離れた。
これは一時の夢。霧の街で起きた一夜の幕間。だけどカワードはきっと忘れない。今夜彼女と語ったことを、彼女が生きていた瞬間を。彼女が幻だとしても、これから記憶の隅に留め続けることだろう。




