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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Ladybird
25/37

Side:L ⑧



 ララに案内された明星は霧が入り込んでいたが静かであった。ランベルト達が戦った跡こそ残っているが、それ以外は落ち着いた雰囲気であった。


「パパは治るの?」


 店内奥にある店主の私室。そこのベッドで眠っている父親の顔をララは心配そうに覗き込む。


「薬を打ったからもう大丈夫。治るまではもう少しかかるけど、意識が戻るのはすぐだよ」


 レディがそう言うとララは喜んだ。よほど父親が大事なのだろう。誤解や危機を乗り越えて、ようやく彼女は自分の目的を果たせたのだ。


「ボクの出番はここまでだね。それじゃああとはランベルトとニヒツに任せるよ。何かララに質問したいことがあるんだろ」


 ランベルトは澄ました顔でニヒツに手の平を差し向ける。彼女に質問は任せるということだろう。


「それじゃあワガハイが代表して聞くとしよう。まずはララ、本当に君は死んでいるのだね」

「……うん。あたしは2週間前のあの日、トエンティという男の人に殺されちゃった。それは覚えている」


 ララは最期の記憶を思い出して身を震わせた。

 20番街の惨劇。トエンティが独善で起こした恵まれない子供たちへの救済。それに彼女は巻き込まれた。孤児たちと違い、彼女には帰る場所も帰りを待つ人もいたが、20番街にいた子供というだけでトエンティに殺されてしまった。


「そこからは覚えてないの。ずっとフワフワした何かになって迷子だった。昨日起きた時にはもうあたしの身体はあたしのものじゃなかった。あたしはもう死んじゃったんだって初めて知った」


 ララは正確にいえばララ本人じゃない。死んだララの記憶と感情が残留思念となって霧の中を漂っていただけだ。それが父親が具現化した形にたまたま定着しただけ。ある意味例外的な存在だ。

 他の殺された孤児たちはそうはならなかった。彼らを記憶している者などいない。この街では彼らが死ぬことなど日常である。生きようが死のうが誰も気にも留めないのだ。想ってくれる人も思い出してくれる人もいない。

 ランベルトの足に絡んできた泥人形たちが不完全だったのは、そういうことが理由だったのだろう。


「他の子供たちのことは思い出せるのかい。何故彼らがこんなことをしているのかを知りたいのだよ」

「……みんな、()()()()()()()。死んじゃう直前にあたしはパパのことが頭に浮かんできたの。でも、みんなには何もなかった。愛された記憶がないんだもの。最期の瞬間になっても誰もみんなの頭には出てこなかった」


 それを聞いて三人は重い面持ちになる。

 貧民街の汚い子供たちを愛する人間など確かにいない。更に言えば彼らはトエンティに()()()()()()()()()()()()と断じられて殺された。彼らがそれを否定しようにも、彼ら自身が一番理解していた。自分のことを必要としてくれる人がこの世界にいないのだと。


「だからみんなはあの日を繰り返した。みんなの記憶に愛してくれる人はいなくても、他の人の記憶にある愛しい人なら、もしかしたら自分たちも愛してくれるんじゃないかって。そう願ったの」


 人は恐怖に直面した時、大切な者を思い出す。子供たちにはそんな存在はいなかったが、少なくともそうしようとはした。

 他の人間の愛しい人の記憶を取り出す際にも同じことをしようとしたのだろう。まず恐怖を具現化させて、心の底で眠る大切な人の記憶を呼び覚ませた。そしてその愛する人を具現化させて、自分たちも愛されようとした。

 彼らにとっての20番街の惨劇を繰り返すことで、愛してくれる人を探したのだ。


「パパにとってはあたしが愛されたいと思う人だったの。だからここに戻ってこれた。でも、それはみんなにとっては捕まえる人になっちゃったってこと」


 街の若者は言っていた。大切な人が堕ちた住人によって奪われたと。

 ララもミンストレルや他の住人に襲われていた。あれは子供たちが堕ちた住人に命令して、愛してくれるかもしれない人を捕まえようとしていたということになる。


「これがあたしが知ってることの全て。ランベルトさん、半分の答えの意味は分かった?」

「……ああ、ありがとう」


 ランベルトのその感謝の言葉はいつもの作り物の笑顔が発せられたものではなく、真剣なまなざしから出た心からの言葉だった。


「そこにいるのはララ、なのか……?」

「パパ! パパ起きたのね!」


 いつの間にか店主はベッドから起きていた。

 はっきりとした意識の中で再会したふたりは強く抱きしめあった。店主はララの正体に気付いているのか、大粒の涙をこぼしている。


「ごめんね、パパ。あたし死んじゃったみたい。おつかいもできなかった」

「そんなことはどうでもいいんだよ。私こそひとりで行かせてすまなかった。私がララを守っていればこんなことには」

「いいんだよ、パパ。自分を怒らないであげて。パパは何も悪くないんだから」


 父娘を眺めている三人はララの身体の色が薄くなってきていることに気付いた。彼女は霧に還ろうとしているのだ。


「ララ、その身体……」

「パパがあたしが死んだことに気付いちゃったから。……もう消えなくちゃいけないの」


 今のララは父親の認識によって形取られている。その父親が正気に戻り娘の死を知った以上、彼女は存在を維持できない。

 例え父親がララのことを望んでも、彼自身が既に彼女が死んでいると認識してしまっている。もうここにはいない存在だと認めてしまっている。


「あたしはパパにこんなに想ってもらって凄く幸せだったよ。だからパパもたくさん幸せになってね」


 そんな言葉を残してララは跡形もなく消滅してしまった。今度こそ本当に彼女は死んだのだ。

 残されたのは父親ひとりだけ。虚空を抱きしめる彼の嗚咽がいつまでも部屋の中で響いていた。



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