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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Ladybird
24/37

Side:L ⑦



 銃声が聞こえた方向にレディとニヒツが行くと、一軒の廃屋があった。窓や扉は壊れており霧が入り放題になっているが、人の気配がする。

 堕ちた住人がいるかもしれないと警戒を固めると、誰がいるか確認しに入った。

 大きな蜘蛛の巣が張られている埃っぽい部屋の一画に、レディ達が探していた人間がふたりもいた。


「やっと追いついたよ」


 部屋の隅で座り込んでい怯える少女はララ。そして彼女に銃口を向けていたのは、レディの仲間であり調査隊の一員でもあるランベルトだった。

 ランベルトの凶行を止めるべく、レディはうろたえながらも声をあげる。


「何やってるんだよ、ランベルト!」

「……やあ、レディ君か。それにそこにいるのはアルジダさんかな。心配したんだよ。連絡が取れなくなったからもしかしてと思ったけど、その様子だと堕ちてもいないようだね」


 再会を喜ぶようにランベルトは目を細めてにっこりと笑う。彼もまた堕ちてはいないようだが、か弱い少女に銃を向けるなんて普通じゃない。

 目的の人物を殺されたら困るのだろう。ニヒツもレディに加勢して口を挟む。


「ランベルトと言ったかな。君はその子を撃つべきじゃないよ」

「そうだ。ララが堕ちていたとしても治せるんだ。薬だってあるし、それに……」


 必死に止めようとするふたりに対しランベルトは顔色ひとつ変えない。それどころか、先ほどの優しさとはうって変わって冷たい口調で反論してきた。


「あのさレディ君。状況も分かってないのに口出ししないでくれるかな」

「ラン…ベルト……?」

「ララちゃんは堕ちてないよ。だって彼女はもう死んでるんだ、堕ちるわけがない」


 ララが死んでいる。ランベルトは目の前に生きているララがいるのに、はっきりと死んでいると言ったのだ。

 通常なら首をかしげるところだが、レディにもその意味が理解できた。つまりそこにいるララは霧によって具現化されたもの。誰の記憶から呼び起こされたかは分からないが、生きていないというのはそういうことだ。

 だが怯えるララからは他の化け物たちと違って敵意を感じない。それでも撃とうとするわけは一体なんだろうか。


「この霧の元凶はね、彼女たちなんだ。トエンティに殺された被害者たちが霧を生み出した。自分たちが死んだという現実を認めず、都合の良い世界を作りだした。それが今回の事件の真相だよ」


 ランベルトが語る真実。にわかには信じられないが、彼には確信も証拠もあるのだろう。だからこうして冷酷な決断をくだそうとしている。


「あたしは、そんなことしてない! あたしはただパパを……」

「言い訳はもういいよ。俺にはこの事態を収拾させる義務がある。そう依頼を受けたからには、どんな手を使っても解決する」


 ララが何を喋ろうとランベルトは聞き入れてくれない。

 こんなのは普段のランベルトらしくなかった。相手の言い分を聞きもせず、仲間に相談もなく、自分の判断だけで全てを済まそうとするなんて。

 レディは腰のポケットに手をつっこみ、虫が攻撃してくるフェロモンが入ったスプレーを掴む。


「銃をしまうんだ、ランベルト。どうしても撃つというならボクにも考えがある」

「悪いがワガハイもレディに同意する。その子にはまだ聞きたい話があるのだよ」


 レディとニヒツが臨戦態勢を取ると、ランベルトはやれやれといった感じで溜息を吐く。そして不自然なほどにあっさりと銃をおろした。

 しかしその不自然さに気付かなかったレディは説得に成功したものだと思って安堵する。


「そこまで言うなら仕方ないね。諦めることにするよ。……ところでレディ君の背後にいる男の人は誰なんだい」


 ここに来たのはレディとニヒツの二人だけ。男の人など知らないし三人目など存在しない。

 レディは慌てて後ろを振りむき確認すると、そこには誰もいなかった。ただ廊下の壁が見えるだけ。

 ハッタリだ。そう気づいた時には、もう遅かった。


「レディ!」


 ニヒツの叫びが聞こえると同時に腹部に痛みが走った。ランベルトの放った蹴りがレディの鳩尾みぞおちあたりを射抜いたのだ。

 防御ガードも間に合わず、両手が蹴ってきた足に触れたあと、レディは派手に吹き飛ばされた。

 なんとか立ち上がろうとするが力が入らない。痛みと吐き気、呼吸の乱れで混乱してしまう。


「アルジダさんは動かないでくださいね。レディ君は仲間だから手心をくわえましたが、あなたは仲間ではありません。邪魔するなら撃ちます」


 銃を向けられたニヒツは攻撃することもレディの元に駆け寄ることも出来ない。恨めしそうにランベルトを睨むので精一杯だ。

 一方レディは苦しそうにお腹を押さえながらも、よろよろと両足で立ち上がる。


「やっぱりランベルトは優しいね……。ボクの知ってるオマエはそうでなくちゃ」

「それは負け惜しみかい。こっぴどく痛めつけたのに、そんな風に返されちゃうと心が痛むね」


 失笑するランベルトに苦笑するレディ。ただレディはランベルトに敵わないことは最初から分かっていた。正面から襲いかかれば、文字通り一蹴されてしまうことも。

 だがレディはランベルトの行動を予想したのと同じく、彼の心を信頼していた。単なる冷酷非道な人間なら例え仲間でも敵対した時点で撃ってきたはずだ。でもランベルトはそんな奴じゃない。子供や仲間を積極的に傷つけるようなことはしない。その一点に関しては心の底から信頼していた。

 必ず手加減してくれるはず。銃ではなく素手で攻撃してくるはず。

 そしてその信頼は見事に実った。


「痛っ」


 ランベルトが小さく声を出した。

 実のところ、レディは一回でもランベルトに触れれば良かった。フェロモン入りスプレーをまぶした手で触れば、彼にもそれは移る。そうなれば廃屋にいる虫がランベルトの足に目がけて近寄ってくるのは自明の理。

 当然のことだが、廃屋にいる虫などは人間に対して有効な攻撃手段など持ち合わせていない。それでも僅かな隙を作れれば十分だ。

 聡いランベルトは自らの足を噛んだのが毒も何もない蜘蛛というの素早く理解する。しかし一瞬だけ足元を見てしまった。


「歯を食いしばれ、ランベルト!」


 レディは走り寄ってランベルトの顔に拳を入れる。

 避ける暇もなく上手く当たったが、手の隙間から見えた彼の眼光は全く失われていない。二度、三度と何度もランベルトの胸を叩き続ける。


「この! この! このお!」


 正直言って腕力のないレディのパンチを喰らってもランベルトはビクともしない。更にレディはこれ以上の策は用意しておらず、ただひたすら殴るだけだ。

 あまりの無策ぶりにランベルトは溜息一つ吐くと、銃床をぶつけようと振り上げる。だが必死に自身の胸を叩き続けるレディに何を思ったか、気絶させるのに躊躇した。

 本当は誰かに考えることを任せて生きていたいはずのレディが、今はこうしてララという少女の為、貧民街を救う為、そして恐らくランベルトの為にも、自分より強い相手に勝算のない戦いを挑んでいる。その姿を見ていると任務のことなど馬鹿らしく思えてきた。


「……成長したんだね」


 ランベルトはすっと銃を腰にしまうと、両手を挙げて降参のポーズをとる。


「参った、参った。俺の負けだよ」

「まだまだ! ボクは諦めないぞ!」

「……ねえ、アルジダさん。彼を引きはがしてくれると嬉しいんだけど」

 

 呆けて見ていたニヒツにランベルトは視線を送る。一拍遅れて彼女は夢中で殴り続けるレディを離れさせた。

 慣れない格闘を行ったせいか、レディの呼吸はとても荒くなっていた。蹴られた時よりも何倍も激しく呼吸音を立てている。その必死さにランベルトは思わず笑ってしまうが、どこか満足げな顔であった。


「それでララちゃん。俺はレディ君に負けたから君に手を出さない。でも聞かせてくれ。俺らが揉めている間に逃げ出すことも攻撃することも出来たはずだ。何故しなかった」

「あたしは誰かを傷つけたいわけじゃないの。あたしはただ……」


 ララはあくまで自分は敵じゃないと主張する気のようだ。でも何故か真に迫るような感じだった。彼女の目は涙ぐんではいたが、決意に満ち溢れていた。


「あたしはただパパを治したいだけ。それからなら撃っても殺されてもいいから。パパを助けさせて」


 この子は本当に最初から最後まで父親の為に動いていた。偽りの言葉などなかったのだ。20番街にいた時にランベルトから逃げ出して、ここに来たのも偶然じゃなかった。

 この廃屋は蟲屋の近く。ランベルトから病気が原因かもしれないと聞いてから、薬のある蟲屋を目指してきたのだ。ただただ堕ちてしまった父親を助ける為に。自分が死んでいると知っているのにも関わらず。

 ランベルトは言葉を失い、レディは微笑み返した。


「ララ、安心して。キミの父親は必ずボクらが助ける」


 レディの台詞を聞いて少女は笑顔を咲かせる。それはこの霧の街にふさわしくないほどの、晴れやかな笑顔だった。



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