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アビスミスト  作者: Ten10
Side:Rambert
15/37

Side:R ⑦



 ランベルトとクラップが到着した20番街には強烈な死臭が漂っていた。

 腐った肉と臓物の臭い。壁や道には未だ返り血がこびりついている。二週間も放置された惨劇の現場は想像以上に酷い光景を呈してた。


「大声で探しちゃ駄目なんだよな?」

「ええ。無線機で呼びかける程度にしてください」


 Gasseを出てから今に至るまでスズナからの連絡はない。未だ敵と交戦中なのか、それともそれ以上のトラブルに巻き込まれているのか、どちらにせよあまり良くない兆候だ。

 クラップが無線機に向かってスズナの名前を呼ぶ中、ランベルトはひたすら道に転がっている死体を調査する。

 トエンティの手記にあった通り、狙われたのは子供ばかり。損壊こそ激しくないものの、蛆や蠅がたかる子供の死体など普通見たくもない。しかめ面をするクラップに対してランベルトは淡々と死体の顔を確認していく。


「よく出来るな」

「まあ、慣れてますから」


 ランベルトの人生は常に死がまとわりついていた。迫害がよく起きる一区の暮らしでも、地上全てが戦争地域の二区の生活でも、死体と縁遠かった日などなかった。三区に来てからも調達屋などという半ばアンダーグラウンドな商売をやっているせいで、誰かの死が遠ざかることもなかった。

 それ故に何であろうとランベルトの行動と決断が鈍ることなどない。


「これも違うか」


 見つけたい死体は既に決めている。うつ伏せになっている死体はひっくり返し、顔の肉が腐り落ちているものはまじまじと観察して、探している者との特徴を照らし合わせる。

 やがて目当ての死体が見つかる。浅黒い肌にびっしりと刺青がられ、その顔には目隠し用のバンダナが巻かれている。

 間違いない。これはトエンティの死体(・・・・・・・・)だ。


「なんで奴の死体がここに……!?」


 クラップが驚くのも無理はない。先ほどまで元気に飛び回っていた奴があっさりと死んでいたのだ。

 トエンティの腹にはいくつも刃物によるものと思われる穴が穿たれている。切り傷も多い。自殺ではなく誰かに殺されたのだろう。


「血の凝固具合、筋肉の弛緩からいって、ここ数日に死んだものじゃない。トエンティは二週間前に既に死んでいたのでしょう」


 20番街での事件もちょうど二週間前だ。惨劇の最中、もしくはその直後か、トエンティは被害者たちの必死の抵抗により致命傷を受けた。治すすべもなく、この場所で力尽きたとみえる。


「待てよ。俺たちは今日この街に入ったんだぞ。二週間も前に死んでいたのなら、今日会ったトエンティは一体なんだっていうんだ」


 クラップの疑問は当然だ。だが、その解は一つしかない。

 ランベルトは冷静に事実だけを述べる。


偽物(・・)ですよ。ここにいる奴の死体が本物である以上、俺たちが遭遇したトエンティは偽物でしかない」


 なら何故偽物が現れたのか。そのことまで説明しようとするよりも先に、新たなトラブルが発生してしまう。


「助けてください!」


 そう叫びながら、二人の背後の霧から少女が飛び出す。スズナと一緒にいるはずのララだ。

 怯える彼女はランベルトとクラップの背中に隠れて、自分がやってきた方向を警戒する。誰かの気配を感じた二人はスズナの事を問いただす前に、ララが見ている方に身構えた。


「お前は……ミントか?」


 三人がみつめる霧から現れたのは仮面の大男ミンストレルだった。確か彼も明星に避難していた人間だ。

 明星にいた時は冷静でまともであったが、今のララは明らかにミントを怖がっている。


「その子を、こちらへ」

「……」


 クイっとミントは手招きをする。ララは寄越せということだろうが、今の彼の様子からして応じるわけにはいかない。何よりララが行きたがっていない。

 ランベルトは無言で睨み付け、クラップは恐る恐る言葉をかけてみる。


「なあミント。俺たちは味方だ。もう少し友好的な挨拶をしてくれてもいいんだぜ?」

「……分かってますよ、オーナー。あの子はちゃんと連れて行きます」


 会話がかみ合っていない。というより、ミントはクラップに対して話していない。何もない場所に向かって、喋っているだけだ。

 明らかに彼は異常をきたしている。そのことを二人が察すると同時に、ミントは腰のホルスターから拳銃を取り出し、こちらに向かって発砲してきた。


「やっぱりお前も堕ちていたんだな」


 素早く反応した二人はさっと横に避ける。

 仮面から表情を伺えなかったせいで判断が難しかったが、ミントはもう堕ちていたのだ。他の狂った住人同様、仮面の向こう側には正気ではない顔があるのだろう。


「彼を拘束します!」


 こうなったらもうミントを無力化するしかない。ランベルトはミントに駆け寄り、押さえつけようと右手を伸ばす。

 が、空気を裂く音が聞こえて、その手を引っ込めた。

 手のひらに感じた熱を確かめると、一文字に皮を斬られていた。あと少し引っ込めるのが遅れていたら、指ごと切断されていたことは想像に難くない。


「ここでくるか……!」


 ランベルトは思わず舌打ちをする。手を切ったのは、ミントではなく傍らに立つ白い軍服の男。その独特の服装からすぐに理解した。男は一区の狂信者集団、天使隊のひとりだ。

 もちろん天使隊がこの街に介入したという情報はない。あれはランベルトが抱いている恐怖の具現化だろう。記憶に蔓延る悪夢が本能に危険視号を送ってやまないのが何よりもその証だ。

 いつかは現れると思っていたが、このタイミングはあまりに最悪すぎる。


「やめて! こないで!」


 いきなり出現した謎の男の恐怖に耐えきれなくなったのか、ララはミントたちに背を向けて逃げ出した。

 それを見たクラップがランベルトに叫ぶ。


「あの子を追え! ここは任せろ!」

「しかし向こうは二人ですよ。逃げ足だってクラップさんより俺の方が速い自信があります」

「お前の表情を見りゃ分かるよ。あの天使隊の野郎はランベルトのトラウマだろ。嫌なら無理に戦うな。それにお前が遠くまで逃げれば、こいつは消える可能性もある」


 仇敵を前にして思わず焦りが顔に出てしまっていたらしい。ランベルトは目を伏せ、深呼吸を一回すると、いつもの嘘くさい笑顔を自分に張り付ける。

 ここはクラップに任せるのが最善だろう。ララを放っておくことも出来ない。ここで逃したら、次に捕まえる機会はもうないかもしれない。

 ランベルトはララが消えた方へと走り出した。クラップのことを一度も振り返ることはなかった。振り返らないことが信頼の証明だからだ。

 彼なら負けない。そう信じてランベルトはいっそう足に力を入れた。



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