(2)フィロメナとミカエラの後押し
ノーランド王国の王都の宿屋でシゲルが物言わぬ精霊と戯れていると、ミカエラが感心したような顔で近付いて来た。
「やっぱり随分と懐いているわね」
「そうなのかな? 自分はほかの契約精霊を見たことが無いから、何とも答えようがないよ」
「少なくとも私は、契約した精霊がそこまでべったりなところは、見たことがないわよ」
「へえ。そうなんだ」
ラグたちしか知らないシゲルとしては、それ以外の答えようがない。
そんなシゲルに、ミカエラがため息をつきながら続けた。
「そうなのよ。何をどうすれば、そこまで懐かれるのかな?」
「さあ? 自分は最初からこんな感じだったから、答えようがないよ」
シゲルはそう答えながら護衛に指定しているラグの頭を人差し指で撫でてあげる。
するとラグは、くすぐったそうに目を細めながらシゲルを見て来た。
嫌そうにするそぶりは、まったく見せていない。
少しだけ呆れたような視線でそれを見ているミカエラに、フィロメナが笑いながら言ってきた。
「シゲルの契約精霊がどのタイミングで生まれているのかは分からないが、ずっと成長を補佐しているからな。親のようなものだと認識されているのではないか?」
「それは分からなくはないけれど……フィーは、そんなにのんびり構えていていいわけ?」
唐突にそんなことを言ってきたミカエラに、フィロメナは首を傾げた。
「どういうことだ?」
「だって、私が知る限りでも、精霊が人間に嫉妬する話なんて、山ほどあるのよ? シゲルと仲がいいのはわかっているけれど、それに胡坐をかいていていいのかな?」
ミカエラが悪戯っぽい表情を浮かべると、フィロメナは「むっ」と短い声を返して、そのまま黙り込んでしまった。
そんなミカエラとフィロメナの会話に、くすくすというマリーナの笑い声が割り込んだ。
「ミカエラも、そんなにフィロメナをいじめるのは良くないわよ? お話の通りに精霊がフィロメナに嫉妬しているのであれば、とっくに悪戯なり何なりをしているでしょう?」
「それは確かに、そうね」
マリーナの言葉に頷きつつ、ミカエラはさらに続けて言った。
「そういう意味だと、フィーよりもマリーナのほうが対象になるのかもね」
「えっ、そ、そうなのかしら?」
万事が万事、常に落ち着いているマリーナが、若干慌てたような姿を見せたことに、このときのシゲルは珍しいなとずれた感想を抱いていた。
そのため、ミカエラがニヤリとした表情を浮かべながら言った次の言葉に、反応することが遅れてしまった。
「だからね。精霊たちがさっさと諦めるように、マリーナもそろそろシゲルとデートでもして来ればいいと思うのよ」
何がだからねなのかと、シゲルはそう考えていたが、意外にも(?)マリーナは真剣な表情になっていた。
あからさまなミカエラの誘導で、そんなものにマリーナが流されるとは考えていなかったシゲルとしては、不思議に思えるやり取りである。
そんなシゲルの戸惑いを見抜いたのか、フィロメナが苦笑しながら言った。
「シゲルにはわかりづらいかも知れないが、精霊の悪戯には、かなり面倒なものもあるからな。出来るなら避けたいとマリーナが考える気持ちはよくわかる」
そう言ったときのフィロメナは、なぜか笑みを浮かべていた。
フィロメナは、精霊がシゲルの傍に出現する前から一緒に過ごしている。
そのため、精霊が悪戯をするなら、まずはマリーナに行くと考えているのだ。
フィロメナの説明に何度か頷いたミカエラは、わざとらしく心配するような声で、マリーナに言った。
「あまり悩んでいる時間はないと思うわよ?」
「…………はあ。わかったわ。これからシゲルとデートしてくるわ」
「そうそう。さっさとそう言えばいいのよ」
なぜか勝ち誇った顔でそう言ってきたミカエラに、マリーナは大きくため息をついて見せた。
そして、フィロメナは、その会話を止めずに、それどころか満足気な顔になって頷いていた。
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フィロメナとミカエラから送り出されたシゲルとマリーナは、なし崩し的に王都デートをすることになった。
シゲルとしては、フィロメナとはまた違ったタイプの美人と町を歩くことが出来て、役得だと思っているのは間違いない。
ただ、どうしても気になることがあって、つい二人を送り出したときのフィロメナの顔を思い浮かべてしまった。
「――フィーのことが気になる?」
そんなシゲルのことに気付いたマリーナが、半分笑いながらそう聞いて来た。
デートの最中に、他の女性のことを考えていたことがバレたシゲルは、背中に少しだけ冷や汗が流れる思いで答えた。
「…………ごめんなさい」
「あら。謝る必要はないわよ。シゲルからすれば、唐突過ぎて戸惑ってしまうというのも分かるから」
そんな理解を示してくれたマリーナに、シゲルは安堵するともに、意味が分からずに首を傾げてしまった。
「フィーもミカエラも、精霊にかこつけて話を勧めていたけれど、あれはどちらかといえば、私のことを心配してくれていたのよ」
そう説明してくれたマリーナだったが、シゲルとしてはますます意味が分からなくなってしまった。
精霊がマリーナに対して悪戯をするのであれば、心配するのは当たり前ではないかと思ったのだ。
そのシゲルの考えがわかったのか、マリーナはさらに続けて行った。
「勿論、精霊の悪戯云々ではなくてね。――私は、幼いころから巫女としての教育を受けて来たわ。だからこそ、こういうことに対して、自制してしまったり、躊躇してしまうのよ。それがわかっているから、無理やりにでも話を進めようとしたのね。……シゲルにとっては迷惑でしょうけれど」
マリーナの説明を聞いたシゲルは、ようやく納得の顔になった。
それは、二人を見送ったときに浮かべていたフィロメナの顔の意味に、ようやく気付いたからである。
あれは、シゲルに対して不安に思っていたわけではなく、マリーナのことを心配していたのだとわかったのだ。
一夫一妻の常識に囚われない行動に戸惑いつつ、シゲルはマリーナを見ながら言った。
「自分のことは気にしなくてもいいよ。というか、マリーナみたいな美人と一緒に歩き回れるのは、役得以外何物でもないからね」
「あら。それだけかしら?」
「えっ!?」
わずかに不満そうな表情を浮かべたマリーナに、シゲルは戸惑ったような声を上げた。
そんなシゲルに、マリーナは小声で呟いた。
「煮え切らなかった私も悪いわね…………」
「なに?」
「ううん。なんでもないのよ。それよりも、折角こうして舞台を用意してくれたのだから、役者は役者で楽しみましょう?」
そう言ってきたマリーナに、シゲルは苦笑を返した。
「あ~、ということは、やっぱり?」
「ええ。どこにいるかはわからないけれど、必ずどこかで見張っていると思うわよ?」
確信した顔でそう答えたマリーナに、シゲルはもう一度やっぱりと繰り返した。
あんな回りくどい方法を取ってまで、自分とシゲルと送り出したミカエラとフィロメナが、事の成り行きを見守っていないはずがない。
マリーナはそう確信していた。
そう考えていながら、マリーナが二人の行動を止めていないのは、後押しをしてくれたという感謝の思いがあるためだ。
それに、そんなことよりも、まずはシゲルに対する自分の想いを確かめるほうが先だと考えていた。
そんな想いを、シゲルはわかっているわけではないが、マリーナが放っておくのであれば、自分から動くつもりはなかった。
フィロメナとミカエラの行動の意味を分かっていながら、あえてそれを止めなかったマリーナだ。
彼女なりの考えがあるのだろうと考えて、敢えてそれに乗るつもりになっているのだ。
それに、それでフィロメナが安心するならそれでもいいかという考えもある。
とにかく、今回のフィロメナとミカエラの行動の意味が分かったシゲルは、改めてマリーナとのデートを楽しむことにした。
まあ、デートといっても、日本のように娯楽がたくさんあるわけではないので、基本的には店を回ることになるのは変わらない。
それでも、美人と一緒に歩けるというだけで、シゲルとしては楽しかった。
途中、普段は巫女服を着ているマリーナが普通の服を着ているのを見てドキドキしたり、逆にマリーナが選んだ服を着てみたりと、十分にデート気分を味わっていた。
勿論、フィロメナとのデートと比較するような愚を犯すようなことは、絶対にしない。
そんなことをすれば、相手が冷めてしまうということくらいは、シゲルもよくわかっている。
こうして最初は半ば無理やりに始まったマリーナとのデートは、シゲルにとっても十分に楽しんだうえで、終えるのであった。
意識をしないうちに歯止めをかけてしまうマリーナに、親友二人が動きました。




