(5)お礼と精霊石
本日二話目です。
急遽上げることにしました。
念のため余裕をもって作ったスープとおかずは、全てフィロメナに食べられてしまった。
シゲルは自分の分をしっかりと確保していたので別にいいのだが、むしろそんなに食べてお腹は大丈夫かと心配するほどだった。
それどころか、すっかり空になってしまった鍋をフィロメナに見せると、物足りなさそうな顔になった。
「……もう無いのか…………」
「いやいや、もうって、結構な量あったからね? それ以上食べるって、相当だよ?」
シゲルが呆れながらそう言うと、フィロメナはプイと顔を横に向けた。
その頬が少し赤くなっているのが隠しきれていない。
美人なフィロメナのその仕草に、シゲルは思わず小さく吹き出してしまった。
それを見て、フィロメナは唇を尖らせながら言った。
「……仕方ないではないか。こんなに旨い料理は初めて食べたんだ」
その言い方がまた可愛らしくて、シゲルはもう一度吹き出しそうになったが、それは何とか我慢した。
「そんなに難しい作り方はしていないつもりなんだけれど?」
「そうは言っても、旨かったんだから仕方あるまい!」
なぜか胸を張りながらきっぱりとそう言い切ったフィロメナは、自分を納得させるように、仕方ない仕方ないと続けた。
そこで、ようやくシゲルがニマニマしている事に気付いたフィロメナは、コホンとわざとらしく咳払いをした。
「ところで、さっきから気になっていたんだが、それは何だ?」
フィロメナは、それと言いながら精霊たちを指した。
「あー、うん。朝起きて気付いたらいたんだ」
「……訳が分からないのだが?」
「いや、自分にもよくわからないんだけれど――」
シゲルはそう前置いてから、箱庭のことを説明する。
といっても、全てを話したわけではなく、自分の中に精霊たちを受け入れる場所のようなものができたという事だけを話した。
シゲルの話を聞いたフィロメナは、腕を組みながら首を傾げた。
「つまりシゲルは、精霊を集めて育てることができる、というわけか?」
「うーん、いや、どうだろう? どちらかといえば、精霊の為の宿屋を経営して、従業員を雇っているみたいなイメージじゃないかな?」
何となくその場で思いついたことを言ったシゲルだったが、言葉にした瞬間に、箱庭とイメージがぴったりと一致した。
朝食を作っている最中にも確認をしていたが、どうやら三体いる精霊も解放することができるようなのだ。
勿論、今のシゲルにとっては、三体の精霊は貴重な戦力になるので、手放すことはしない。
もっとも、彼女たちがどの程度シゲルの指示に従ってくれるかは、きちんと確認しないとわからないのだが。
シゲルの説明に、フィロメナは呆れたような視線を向けた。
「それだけ懐いてくれている精霊に対して従業員とは……精霊術師に限らず、他では言わないほうが良いぞ」
精霊術師は、才能と努力によって精霊たちに命令を下して様々な魔法的現象を起こさせる者たちを指している。
募集すれば集まってきて働いてくれる従業員と一緒にされれば、怒るのも当然だろう。
フィロメナが怒らずに済んでいるのは、シゲルの常識が違っていると知っていることと、自分自身が本職ではないからである。
「あ~、やっぱり精霊術師っているんだ。……わかった。今後は言わないようにするよ。というよりも、フィロメナ以外に箱庭については言わないようにするつもり」
「まあ、それが無難だろうな」
元からそのつもりだったシゲルは、フィロメナの言葉に頷いた。
それを見たシゲルは、この際だからと昨日から思っていたことを聞くことにした。
「そうしてもらえるとあり難いかな。それよりも、何でフィロメナは、ここまでしてくれるの?」
「うん? どういうことだ?」
「いやだって、縁もゆかりもない人間を一晩世話してくれた上に、結構重要そうなことまで黙っていてくれるんだよね?」
「ああ、そのことか」
そう言って一度頷いたフィロメナは、苦笑しながら続けた。
「簡単な話だ。昨日、私が勇者であることは話しただろう? そのお陰で私もいろいろとあったからな」
「あ~、なるほど」
実感の籠ったフィロメナの言葉に、シゲルは納得した顔になった。
魔王を倒せる実力と名声があれば、それに付随して様々な面倒を抱えることは、少し考えればわかる。
そもそもフィロメナがこんな森の奥に、一人で住んでいることからもそれは理解できる。
シゲルの顔を見ていたフィロメナは、少し新鮮な感情を抱いていた。
というのも、先ほどフィロメナが言ったことは、この世界の住人たちには理解され難いことなのだ。
勇者となって得られる権力や名声は、この世界に住む者たちにとっては、最高のステータスである。
それらに付随してくる面倒ごとは、簡単に打ち消すことができると誤解しているのだ。
そのため、フィロメナも過去いろいろなところで同じような説明をしてきたが、シゲルのように打てば響くように理解してくれたものは、仲間たちを除けば一人もいなかった。
だからこそ、フィロメナにとっては、シゲルのような存在は貴重ともいえる。
そんなことを考えていたフィロメナを余所に、シゲルがふと思い出したように言った。
「そういえば、箱庭からこんなものがもらえたんだけれど、これって売れたりするかな?」
そう言いながらシゲルは、服のポケットから親指の爪ほどの大きさの半透明な緑色の石(のようなもの)を取り出した。
最初訝し気な様子でそれを見ていたフィロメナだったが、すぐに顔色を変えた。
「く、詳しく確認させてもらってもいいか!?」
「え? も、勿論、それはいいけれど?」
思ってもみなかったフィロメナの食いつきように、シゲルは若干引きながらも同意した。
シゲルから石(?)を渡されたフィロメナは、それをかざしてみたり、手の上で転がしたりと何やら調べ始めた。
途中でシゲルに許可を取って魔法的に何かをしたりもしていた。
それが何のための作業であるかは、シゲルにはさっぱりわからない。
ただし、必要な作業だとわかっているので、シゲルは黙ったままフィロメナのしていることを見ていた。
やがて、確認作業に満足したのか、フィロメナはシゲルに石を返しながら言った。
「間違いなくそれは精霊石だな。勿論、売ることは可能だ。というよりも、私が欲しいくらいだ」
「あら」
思ってもみなかったフィロメナの返答に、シゲルは目をパチクリさせた。
実は、緑色の石が精霊石であるということは、入力端末に表示されていたから知っていた。
敢えて名前を出さなかったのは、まったく別の名前で認識されていたら困ったことになるからだ。
それはともかく、シゲルとしては、フィロメナが精霊石を欲しがるとは考えていなかった。
そもそも、精霊石がなにに使えるのかも知らないのだからそれも当然だ。
シゲルにとっては、ただの透明で綺麗な緑色の石でしかないのだ。
フィロメナから精霊石を受け取ったシゲルだったが、それをすぐに返した。
「シゲル……?」
意味が分からずに首を傾げるフィロメナに、シゲルは肩をすくめた。
「それ、あげるよ。昨日からこっち、助けてもらってばかりだからね」
「いやいや、ちょっと待て。あり難いことはあり難いが、どう考えても私がもらい過ぎだぞ、これは!?」
少し慌てた様子になっているフィロメナに、シゲルは首を傾げて聞いた。
「そうは言っても相場もなにもわからないからなあ……。それって、どれくらいの価値があるのかな?」
「そうだな……。多少値の張る宿に、十日くらいは泊まれるだろうか。勿論、食事付きでだぞ?」
そのフィロメナの説明に、シゲルは思わずポカンと口を開けてしまった。
多少値の張る宿というのは、人によってもまちまちだろうが、大体食事つきの一泊の値段で三万とすると合計額は三十万となる。
いくら命は値段に変えられないということはわかっていても、フィロメナが遠慮するのは当然だとシゲルは納得した。
とはいえ、一度言ったことを価値が分かったからといってひっこめるのも、格好悪い。
少しだけ考えたシゲルは、良いことを思いついたいう顔になって言った。
「だったら、しばらくこの家に泊めさせてもらって、いろいろとこの世界の常識とかもっと教えてもらえないかな?」
シゲルとしては、いまは情報を集めることのほうが何よりも重要である。
勿論、フィロメナほどの美人と一緒に入れると嬉しいという事もあるが、まずはこの世界の常識を知らないと、この先何をやっていくにしろ問題が出てくる。
フィロメナが精霊石に価値を見出してくれるのであれば、シゲルにとってもただで教わっているという引け目を感じなくて済む。
「ふむ。そういうことなら構わないぞ」
シゲルの提案に、フィロメナはあっさりと許可を出した。
フィロメナはフィロメナで、シゲルがただでお世話になっていることに引け目を感じていることに気が付いていた。
それが精霊石のお陰でなくなるというのなら、それに越したことはないと考えたのだ。
実際、フィロメナにとっては、精霊石が手に入るというのは、十分以上の価値がある。
それに、シゲルが自分の家に泊まり続けてくれることによって、精霊石以上のメリットがある。
「…………ただ、また食事を作ってくれないか?」
恐る恐るそう言い出したフィロメナを見て、シゲルは思わず吹き出しつつそれに了承するのであった。
明日の更新は朝8時になります。