(5)大精霊の贈り物
メリヤージュが姿を消すと、シゲルとフィロメナは大きくため息をついた。
フィロメナほどではないにしろ、シゲルもそれなりに圧力は感じていたのだ。
もっともその圧力は、圧倒的な美人を前にした緊張という側面のほうが強かったのだが。
ため息をついたあとのシゲルの態度を見て、何となく自分と始めて会ったときのような雰囲気を感じたフィロメナは、ジト目を向けた。
「……何となく怒りを感じてくるのだが?」
「うえっ!? なに、その理不尽!?」
いきなり不穏なことを言い出したフィロメナに、シゲルは慌てた様子で驚いた。
大精霊についてよくわかっていないシゲルは、そもそもフィロメナが何に対して怒っているのかわかっていない。
そのシゲルを見て、根本的なことを理解していないとわかったフィロメナが、もう一度ため息をついて説明を始めた。
「そもそもシゲルは、何であんなに平然と会話ができたのだ?」
「え? いや、何でって言われても……普通に美形だなあとは思ったけれど、それ以外は特になにも感じなかったよ? むしろ、フィロメナが委縮しているように見えて不思議だった」
「美形って……それだけか?」
「そうだけれど?」
不思議そうな顔をして自分を見てくるシゲルを、フィロメナはジッと見た。
そろそろそれなりの付き合いになってきているシゲルの今の態度を見る限り、嘘をついているようには見えない。
それであれば、自分との違いをきちんと話しておいたほうが良いのではと考えたのだ。
そして、考えをまとめたフィロメナは、シゲルを見ながら言った。
「確か、前に大精霊についての話はしていたよな?」
「うん。神様に最も近い存在という話だよね?」
「そうだ。それゆえに、この大地に住まう私たちは、大精霊のような存在からは大きな影響を受ける」
その言葉で、ようやくシゲルは、なぜ先ほどまでフィロメナが委縮していたのかを理解した。
だが、同時に疑問もわいてくる。
「あれ? でも、フィロメナって勇者なんだよね?」
シゲルの感覚では、魔王を倒せるような存在は、世界でも強者のうちに入っている。
そして、それは間違いではないのだが、根本的な認識の違いに気付いたフィロメナは、精霊や魔王、そして勇者の関係について話し始めた。
「――なるほど。勇者も魔王も思っていたよりも強くはない…………じゃないか。それ以上に大精霊という存在は、大きな力を持っているということか」
「そうだ。私たちも魔王や魔族も、精霊たちにそっぽを向かれれば、まともに力など振るえない。まあ、そんな事態になることは滅多にないのだが」
精霊術と魔法は、根本的には違うのだが、そもそも精霊から無視される、あるいは敵対した時点でまともな生活は送れなくなってしまう。
勿論、シゲルが元いた世界のように、魔法を使わずに生きていくことは出来るのだが、これほどまでに魔法が生活に溶け込んでいる世界では、大きなハンデになることは間違いない。
もっともフィロメナが言った通り、精霊たちがそっぽを向くなんて自体は、よほどのことが無い限りは起こらないのだが。
フィロメナの説明に納得した顔で頷いていたシゲルだったが、ふとある疑問が湧いて来た。
「精霊との関係はわかったけれど、だったら最初から大精霊の力を借りたらいいんじゃないの?」
「あのな……ああ、いや、渡り人だとそう考えてもおかしくはない、のか? とにかく、そんなに簡単に大精霊の力が借りられるはずがないだろう。というか、そもそも姿を現すこと自体ほとんどないのだぞ?」
「え……いや、でも、結構気さくに話してくれていたと思うけれど?」
シゲルとしては、ごく普通の感覚で聞いたのだが、フィロメナはガクリと肩を落とした。
「だからこそ、私はこれほどまでに驚いているのだが?」
そう言って半ば諦めと共に吐かれたため息に、シゲルは笑って誤魔化すことしかできなかった。
「まあ、いい。少なくともシゲルは、精霊に関しては、普通からは外れているということが分かっただけでも収穫だな」
「そう……なのかな?」
シゲルは、『精霊の宿屋』がチート級だという自覚はあるが、精霊が直接関係してくるとは考えていなかったので、あまり実感が湧いていない。
勿論、契約精霊の四体については別である。
不思議そうに首を傾げるシゲルに、フィロメナは真面目な顔で頷いた。
「そうだ。少なくとも、人前では大精霊に名づけを行ったなんてことは言わない方がいいぞ?」
「あ、やっぱり?」
「うむ。まあ、自らトラブルを招きたいというのであれば、止めることはしないが」
「いえ、御遠慮いたします」
今でさえ面倒なことになりそうになっているのに、それ以上に余計なトラブルは引き寄せたくはない。
そう考えたシゲルは、フィロメナの言葉に即答するのであった。
今まで座り込んで話していたフィロメナが、不意に立ち上がって言った。
「それでは、私は少しだけこの先を確認してくる。シゲルはここで大人しくしていてくれ」
「えっ? それ、どういうこと?」
「うん? 説明していなかったか?」
不思議そうに目を瞬きながらそう言ってきたフィロメナに、シゲルは「聞いていない」と短く答えた。
その後のフィロメナが、大精霊から聞いた話と合わせて考えたことをシゲルに話した。
大精霊によれば、この先には魔物が出てくるらしいが、それがどの程度のランクなのかをしっかり自分の目で確かめたいということだった。
それをするためには、シゲルという足手まとい(勿論、はっきり口にしたわけではない)を連れて行くわけには行かないので、まずは自分ひとりで行けばいいという結論になった。
今いる部屋には魔物が出てこないということが分かっているので、シゲルを置いていく分には問題が出ないのである。
そこまでの話を聞けば、シゲルとしても納得できた。
大精霊がわざわざ釘を刺してきたような危険地帯に、自ら足を向けるつもりは毛頭ない。
それに、フィロメナであれば、しっかりと自分の限界を見極めたうえで探索もできるだろう。
そう考えたシゲルは、最後に納得してフィロメナだけの探索に賛成するのであった。
大精霊が出現した場所よりも先、シゲルとフィロメナが入って来た扉とは真逆の場所に、もう一つの扉がある。
シゲルは、そこからフィロメナが出ていくことを確認してから、大精霊から貰った木の枝を手に取った。
ちなみに、三体の精霊を護衛に付けていたが、そのうちの一体をフィロメナと同行させている。
フィロメナに何かあったときのための連絡要員として付けたのだ。
最初、フィロメナは必要ないと言っていたのだが、これだけはシゲルが譲らなかった。
それはともかくとして、シゲルが最後まで強固に反対しなかったのは、フィロメナの実力を信じているということと、もう一つの理由があった。
その理由が、いま手にしている木の枝である。
「さてさて、この枝を登録したら何か起こらないかな? どう考えてもイベントアイテムっぽいんだよね」
シゲルは楽しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。
シゲルがもっている木の枝は、わざわざ大精霊が目の前に現れて置いて行ったものである。
これでまったく何も起こらないと考えるほうが、不自然だ。
もっともそれは、シゲルがゲーム脳だからであって、この世界の住人がもらったとしても、そんな思考には至らないだろうが。
とにかくシゲルは、『精霊の宿屋』のモニターを起動して、早速枝を精霊に渡した。
精霊に採取物を渡せば、『精霊の宿屋』の倉庫に入れることができることは既にわかっている。
精霊は、すぐに枝を倉庫に入れて来てくれたようで、モニターに反応が出ていた。
画面の中が白く光りだして、一瞬にしてその光がシゲルに向かって降りかかって来たのだ。
そして、その光を浴びたシゲルは…………すぐに気を失ってしまうのであった。
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シゲルが大精霊から貰った木の枝を『精霊の宿屋』に登録しようとしていたその頃。
扉の先にあった廊下を歩いて、入って来た時と同じように、精霊の指示で梯子を見つけたフィロメナは、慎重に上に上がって行った。
そして、その先にあった光景を見たフィロメナは、
「あー、なるほど。これは無理だな」
と、一瞬で判断していた。
梯子の先は、入って来た所と同じように祠のようになっていたのだが、その周辺は魔の森の中央に近付いていて、強いモンスターがうろついていたのだ。
フィロメナであれば倒せるのだが、流石にシゲルを守りながらだと自信がない。
護衛をしている精霊たちを当てにするのも、少し不安がある。
結論として、ここから先に行くことは出来ないとなったわけだ。
早々に見切りをつけたフィロメナは、すぐにシゲルのいる部屋へと向かった。
そして、倒れているシゲルを見つけて大いに慌てることになるのだが、廊下を歩いているフィロメナは、そんなことになっているとは知らずに今後のことについて考えを巡らせるのであった。




