(3)大精霊
高さが四メートルほどある梯子を降りたシゲルは、先に降りていたフィロメナが点けたライトの魔法の光の眩しさに目を閉じてしまった。
梯子を降りた先は当たり前というべきか、光が届かない暗闇だったのだ。
「すまない。一声かけておくべきだった。大丈夫か?」
「ああ、うん。もう慣れたから大丈夫」
眩しかったのは一瞬だけだったので、既に目にダメージ(?)はない。
ばっちりと申し訳なさげな顔になっているフィロメナも見えていた。
シゲルの返答にホッとした表情を浮かべたフィロメナは、すぐに厳しい表情になって周囲を見回した。
「どうやら道が先に続いているようだが、勿論先に進むだろう?」
「勿論」
シゲルはフィロメナの問いかけに、そう即答した。
ここまで来て、何も調べずに引き返すのはないだろう。
梯子を降りた先は、二メートル半ほどの高さがある通路のような作りになっている。
梯子を中心に見ると片側はすぐに行き止まりになっていて、もう片方が先に続いていた。
途中で緩やかなカーブになっているのか、ずっと先まで見えるような作りにはなっていない。
先がどうなっているのか調べるためには、そこまで行く必要がある。
とりあえず見える範囲に魔物などの生物がいるようには見えない。
だが、フィロメナは厳しい表情になったまま先を見ている。
「では、行こうか。何もいないように見えるが、油断はするなよ? 罠などがあるかもしれないからな」
「了解」
シゲルにはただの廊下のように見えるが、こうした遺跡(?)については、フィロメナのほうがはるかに詳しい。
というよりも、シゲルは初めて見るので、口を挟む余地などない。
ただし、フィロメナの言葉を聞いて、ふと思うところがあったシゲルは、精霊たちを見て言った。
「皆、もし罠とか見つけたら教えてね」
シゲルがそう言うと、周りにうろついていた精霊たちが、それぞれ了承するような仕草をしていた。
「……精霊が罠なんて見つけられるのか?」
「さあ、どうだろうね? とりあえず、見つけてくれたらラッキーくらいに思っておけばいいんじゃないかな?」
「それもそうか」
シゲルが気楽な調子で言うと、フィロメナも納得したように頷いた。
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緩やかなカーブの先には、部屋への入り口らしき扉があった。
扉を見るなりフィロメナが、廊下がカーブになっているのは、攻められたときに人を配置しているのがばれないようにだと言っていた。
そうなのだとすれば、目の前にある部屋はそれなりに重要な場所ということになる。
そもそも、あんな小さな祠に地下に入るための入り口があること自体、何かを隠しているように思える。
それを考えれば、その程度の対策をしていてもおかしくはないのだろう。
当然、今は使われていない拠点(?)なので、人がいるはずもなくシゲルとフィロメナは、何の障害もなく扉の前に着いていた。
扉を前にして、フィロメナは少しだけ難しい顔になっていた。
「……鍵がかかっていなければいいのだが……」
こうした古代文明の遺跡では、大抵の部屋には鍵がかかっている。
パーティに鍵を開けられるメンバーがいればいいのだが、残念ながらシゲルもフィロメナも鍵開けの技術など持っていない。
その場合は、強引に扉を壊して開けることになる。
幸いにして、目の前にある扉は木製なので、壊すのにさほど苦労する事にはならないはずだ。
と、そんなことを考えていたシゲルの目の前で、フィロメナが扉に手を掛けた。
不思議なことに、その扉にはドアノブのような物はついていない。
そのことに気付いたシゲルは、なんとか扉を押そうとしているフィロメナを見て、気の毒そうな表情になった。
「フィロメナ、フィロメナ」
「なんだ? 鍵がかかっている様子はないが、中々固くて開けられない……」
フィロメナがそう答えている隙に、シゲルが扉の前に立って、そのまま横にスライドさせた。
すると、なんの抵抗もなく、扉は横にずれて行った。
「…………」
「あ~、うん。こういうこともあると思うよ」
膝から崩れ落ちたフィロメナを見て、シゲルはそう言ってあげることしかできなかった。
いくら今まで魔物が出てこなかったとはいえ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかず、フィロメナはすぐに復活していた。
顔が若干赤いままだったが、そこは情けでシゲルもそれについてはなにも言わなかった。
それに、二人にとっては、そんなことよりも先に進むことのほうが重要だった。
「では、入るぞ?」
「うん」
今までと同じように、先に進むのはフィロメナだ。
だが、そのフィロメナは、部屋に入ってすぐに足を止めた。
「どうしたの――っ!?」
同じように部屋に入ったシゲルは、すぐにフィロメナが足を止めた理由がわかった。
その部屋には、シゲルとフィロメナ、そして精霊たち以外に、別の人影があったのだ。
その人影を見たシゲルは、思わず大きく息を飲んだ。
初めに目を引いたのは、立っているにも関わらず、地面まで届くほどに伸びた緑色の髪。
緑という色にも関わらず、違和感はまったくなく、それどころかその人物に相応しいと思ってしまう印象を受ける。
そして、優し気な表情を浮かべているその顔は、フィロメナ以上の美貌だった。
人ではあり得ないと思わせるほどのその美貌は、それだけで相対する人に様々な感情を思い起こさせるものだった。
いや、実際シゲルとフィロメナの目の前にいる者は、まさしく人外で人ではない存在だった。
圧倒的な美貌で人を圧倒するその者は、
「――――大精霊」
だったのである。
シゲルは、フィロメナの呟きに、思わず両目を見開いて驚きを示した。
そもそも精霊がいない(とされている)世界から来たシゲルは、フィロメナほどには目の前にいる大精霊からの圧力を受けていなかった。
そのことに気付くのは、少したってからのことなのだが、シゲルもフィロメナもこの時点ではそれに気づいていない。
ちなみに、大精霊というのは、精霊の中でも特に大きな力を持っている精霊のことを指している。
その力の強大さゆえに、大精霊を使うことができた精霊使いは、歴史上の中でも両手で数えることができるほどだと言われている。
世界中で、どれくらいの数の大精霊がいるかはわかっていないが、最低でも十体以上いることは確認されていた。
呆然としたままのシゲルとフィロメナに、その大精霊が話しかけて来た。
「よく来ましたね、《導師》」
どうやら自分に話しかけて来たらしいと判断したシゲルは、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。ここがあなたの住処だとは知らずに……」
「あら。別にここは私の住処というわけではありませんよ? あなたのような珍しい存在が近付いて来たので、ご挨拶に来ただけです」
その言葉を聞いて、シゲルは驚きで目を瞠った。
流石に、目の前にいるような圧倒的な強者に目を付けられるとは考えてもいなかったのだ。
そんなシゲルを見て、大精霊がホホと笑った。
「そこまで驚くことはないでしょう? 貴方は、精霊たちにとっての導師なのですから」
「あ、あの、その導師というのは?」
意味が分からずに首を傾げながら聞いたシゲルに、今度は大精霊が少し驚いたような顔になった。
「残念ながら私には入れませんが、貴方は私たちにとっての止り木をお持ちですよね?」
一瞬何を言われたのか分からなかったシゲルだったが、すぐに大精霊が言うところの「止り木」がなんのことか理解できた。
「そういうことなら確かに私にはそれらしきものはありますが、それで導師なのですか?」
「勿論です。精霊は環境によって強い影響を受けます。たとえそれが一時であっても、私たちにとってはとても重要なことなのですよ」
「はあ。それで、導師、ですか」
まったく実感がないシゲルとしては、そう答えることしかできなかった。
シゲルにとっては、精霊から貰ったお礼を使って環境を整えているだけで、導いているという感覚はまったく持っていない。
戸惑っているシゲルに、大精霊は笑みを浮かべて言った。
「貴方にはさほど実感がないかもしれませんね。まあ、そういうものだと思って受け止めておいてください」
「そうします」
ここで断るのもおかしいと思ったシゲルは、素直に頷いておいた。
シゲル自身に実感はないが、精霊たちがそう思っているのであれば、それをあえて否定するつもりはなかったのである。
魔王を倒した勇者のフィロメナが、なぜ大精霊に圧倒されているのかは、後程語ります。




