(16)真名(前)
ディーネから聞いた話については、すぐにフィロメナたちにも話しておいた。
あまり詳しいことは分かっていないのだが、それは特に残念がっていなかった。
むしろ、大精霊も分からないのだから、ほかに聞いても分からないのだろうという雰囲気になっている。
ついでにいえば、シゲルがほかのことについて大精霊に詳しく聞こうとすることも止めたほどだった。
彼女たち――というよりは、こちらの世界の住人にとって、大精霊はそんなに便利に使っていい存在ではないのである。
シゲルは、一度だけもどかしくは思わないのかと確認してみたことがあったのだが、なぜそう思うのかと逆に聞き返されてしまったほどだった。
とにかく、精霊喰いに関しては、大精霊もよくわかっていないということはわかった。
肝心の過去の文明との関わりに関しては詳しく聞けていないのだが、フィロメナたちにとってはそれは当たり前という感覚なのである。
それはそれとして、あの祠のことに関しての調査は続けていた。
そんなある日、今度はミカエラがシゲルに問いかけてきた。
「そういえば、ラグたちって、真名はどうなっているの? ――あっ! 知っていても言わなくてもいいからね」
慌ててそう付け加えてきたミカエラに、シゲルは一度だけ首を左右に振ってこたえた。
「いや、言うもなにも、そもそも真名ってなに?」
「あら? 言っていなかったっけ?」
「聞いていない」
基本的にシゲルの精霊に関する知識は、ミカエラから教わったことがベースになっている。
そのため、ミカエラから聞いたこと以外にシゲルが知っていることは、ほとんどないに等しい。
首を振っているシゲルに、ミカエラは真名のことについて話始めた。
要するに真名というのは、その名の通り精霊にとっての本当の名前のことだ。
「――これまで会った大精霊たちは、シゲルに名前を付けて貰っているけれど、あれはあくまでも仮の名前ということね」
「ああ、なるほど」
大精霊たちがほかに名前を持っているであろうことは、当然のようにシゲルも気付いていた。
それが真名と呼ばれていることを知らなかっただけだ。
ついでに、大精霊ともなれば、名前を複数持つことも当然だろうとも考えていたのだ。
頷いているシゲルに、ミカエラはさらに続けて言った。
「ただ、精霊にとっては、真名はとても大切なものだから下手に聞き出そうとはしない方がいいわね」
「しないよ、そんなこと」
今、目の前にいるラグたちも含めて、精霊たちが名前に関して慎重に扱っているということに、シゲルはきちんと気付いていた。
だからこそ、大精霊から名前を請われるたびに気が引ける思いをしてきたのだ。
もっとも、大精霊はそんなことはお構いなしに、シゲルに名前を求めていたのだが。
それはともかく、今は大精霊のことよりも、ラグたちのことのほうが問題だ。
「自分は真名のことを知らなかったけれど……どうなっているの?」
シゲルがそう言いながらラグに確認すると、当人はにこりと微笑んで返してきた。
「私たちに真名はついておりません」
「え、そうなんだ」
シゲルが少しだけ驚きながら聞き返すと、ラグは短く「はい」とだけ答えた。
ラグの表情を見る限りでは、嘘をついているようには見えなかった。
そのためシゲルは、さらに続けて問いかけた。
「真名がないことで、なにか影響は?」
「ないことはないでしょうが、少なくともシゲル様が生きている限りはないと思いますよ?」
なんとも微妙な返答に、シゲルは思わず顔をしかめた。
その答えは、シゲルがこの世から去れば影響があると言っているようなものだ。
そのシゲルの顔を見て、ラグが少しだけ慌てた様子で付け加えた。
「私たちには寿命という概念はありませんが、名によって縛られることがあります。今のところ着いている名前は、シゲル様がつけてくださったものだけですから……」
「自分が死んだらラグたちにも影響が出る、というわけか」
ラグの説明に納得したシゲルは、二、三度頷いていた。
そして、すぐにとある事実に気が付いた。
「――うん? ということは、ラグたちの寿命は、自分と同じということ?」
「さすがにそれは言いすぎじゃないかしら?」
シゲルの言葉に、ミカエラが口を挟んできた。
寿命という微妙な話題だけに、ラグが言うよりもミカエラが知っている限りのことを話したほうがいいと考えたのだ。
そのミカエラに向かって、シゲルは首を傾げた。
「どういうこと?」
「シゲルがこの世界からいなくなったとしても、多分、すぐにシゲルの影響がなくなることはないと思うわ。ただ、ずっと残っているとも思えないから、それに従ってラグたちも消えるということよ」
ラグたちの名前は、あくまでもシゲルが付けたものでしかない。
そのため、シゲルの影響力が弱まれば、精霊たちにとっての存在するための力が弱くなることを意味している。
ここまで話を聞いたシゲルは、ふとなにかに思いついたような表情になった。
「ということは、大精霊が長い間ずっと存在し続けていられるというのは……」
「真名が付いているからでしょうね。勿論、それだけではないのでしょうけれど。それ以上のことは私も知らないわ」
ミカエラがそう言いながらラグを見ると、首を左右に振っていた。
それは、ラグもそれ以上のことは知らないということを意味している。
これまでの話を聞いたシゲルは、頭の中で話の整理をした。
精霊にとって名前が大事だということは、これまでの大精霊との関りで嫌というほど理解している。
その上で、真名はさらに精霊にとっては大切なもので、存在の根幹をなすようなものだということだ。
その真名は、契約精霊には付いておらず、今のままだとシゲルがこの世界からいなくなれば、精霊たちも影響は免れない。
それほどまでに、精霊にとって真名というのは大切な存在なのだ。
そんな真名のことをこれまで知らなかったシゲルは、一度だけため息をついてから言った。
「なんというか……まだまだ知らないことだらけだな。というか、もう少しちゃんと調べないと駄目か」
少しだけ落ち込みながらシゲルがそう言うと、ミカエラも同じようにため息をついた。
「それは私にも言えることね。シゲルの周りにいる精霊のことを考えると、なんでも知っていると考えがちになるけれど、きちんと教えるべきことは教えないと」
ミカエラはそう言いながら反省するような表情になった。
この件に関しては、シゲルもミカエラもお互いに責めることはできない。
学ぶ意欲があるかどうかはシゲル本人にかかっているので、ミカエラに責任があるとはいえない。
ただ、シゲルの意欲が低いというわけでもないので、ミカエラが教えていないことがあるのは、彼女の責任と言えなくもない。
なんとなくシゲルとミカエラがお互いに反省する雰囲気になってしまった状況に、ラグが慌てた様子で言った。
「知らなかったことを今回知れたのですから、良かったではありませんか」
そのフォローに、シゲルとミカエラは顔を見合わせてから苦笑をした。
「まあ、そういうことにしておこうか」
「そうね。ラグに心配をかけても仕方ないわね」
ラグのお陰で、いつまでもくよくよしていても仕方ないと切り替えられたミカエラは、さらに続けて言った。
「それで? ラグたちの真名についてはどうなるの?」
「そもそも真名って勝手につけられるものなのかな?」
シゲルのその問いに、ミカエラは首を傾げてからラグを見た。
さすがのミカエラもそこまでは知らなかったのだ。
ミカエラからの視線を受けて、ラグは言いにくそうな顔になった。
「あの、真名を付けることはできるのですが、ここで話をするのは……」
「ああ。それもそうね」
ラグの言いたいことを理解したミカエラは、頷きながらそう応じた。
真名を付けるという行為は、精霊たちにとっては存在の根幹に関わることなので、そう簡単に広めていいものではない。
契約をしているシゲルであれば話をしてもいいが、ミカエラに教えるのは駄目だとラグが考えるのは当然のことだった。
この後、部屋を出て行こうかと申し出たミカエラを、シゲルが止めた。
真名の話についてはいつでもできるし、今すぐにシゲルの命がどうこうなるわけではない。
それよりもシゲルは、調査を進めることを優先したのである。
先延ばしにしたシゲルですが、何日も後にするつもりはありません。
というか、次話で続きを書きますw




