(8)成長の結果と女王再び
シゲルが特級精霊についての説明をしている間、ミカエラは落ち着いて話を聞いていた。
自分の言葉が良かったのかと都合よく捉えていたシゲルは、最後まで話を聞き終えたミカエラが「シゲルは非常識」と呟いていたことは、聞こえなかったことにしていた。
お互いに触れてはならないこともあるのだ。
シゲルは、話ついでに『精霊の宿屋』を通した契約と大精霊との契約の違いについても話をしたが、それに関してミカエラは、ある程度予想はできていたようだった。
そもそもミカエラからすれば、シゲルと大精霊以外の契約精霊の関係のほうが普通ではなかったのである。
それぞれの葛藤(?)はともかくとして、現に特級精霊が三体、シゲルの契約精霊として傍にいることになったのは紛れもない事実である。
非常識だろうがなんだろうが、事実は事実として認めないほどミカエラは頭が弱いわけではない。
シゲルから話を聞き終えたミカエラは、最後に盛大なため息を一つついてから元いた場所へと戻った。
その日の夜、シゲルが皆の集まった席で改めてラグたちが進化をしたことを話した。
すると、フィロメナが護衛についているラグを見ながら言ってきた。
「きちんと成長できたんだな。……それにしても、シゲルは気付いていないみたいだが、ミカエラがこうなるのも理解できるな」
フィロメナはそう言いながら遠い目をしているミカエラを見た。
「はい?」
シゲルは、フィロメナの言葉に意味が分からず首を傾げた。
そのシゲルに、フィロメナが苦笑しながら続けて言った。
「ラグから受ける圧力が強くなっているぞ。勿論、大精霊と比べるとまだまだ弱いが、それでも大分近付いてきているな」
「え、そうなの!?」
今の今までそんなことになっていたと全く気付いていなかったシゲルは、そう言いながら他の面々も確認してみた。
そのシゲルの視線を感じたのか、マリーナとラウラが同時に頷いていた。
今一度ラグを注視してみたシゲルだったが、にこりと微笑まれるのを確認できただけで、特に圧力のようなものを感じることはない。
「――うーん。まったく、なんにも、感じないけれどなあ……?」
そう言って首を傾げるシゲルに、今度はラウラが言った。
「ただの推測ですが、『精霊の宿屋』と密接に関係しているのではありませんか? 大精霊様を相手にしているときは、多少は圧力を感じているのですよね?」
「……どうだっただろう?」
最初の時は感じていた気もするが、今はそうした圧力を感じることはなくなっている。
ただ、文字通りの人外の美形を目にしたときに感じる威圧のようなものは、未だに感じている。
そう思ったシゲルは、改めてラグをよく見てみた。
「言われてみれば、確かに前と比べて大人っぽくなっている……かな? ちゃんと美人に成長しているし」
つい思ったことをそのまま口にしたシゲルだったが、それを言われたラグは少し驚いた顔をしてから恥ずかしそうに頬を染めていた。
そして、それをしっかりと耳にすることになった他の面々は、それぞれの感想を口にしてきた。
「こらこら、シゲル。精霊にまで手を出すつもりか?」
と、フィロメナが揶揄い、
「いえいえ、ここはさすがというべきところよ?」
と、マリーナが関心をした顔になり、
「まあ、シゲルさんですから」
と、ラウラがフォローするような仕草をした。
その感想を聞いたシゲルは、少し慌てた様子で言い返した。
「いやいや! ただの見た目の感想だから! 口説くつもりは……って、ラグはどうしてそこで、そんなに悲しそうな顔をする!?」
自分の言葉を聞いて憂うような表情を浮かべたラグに、シゲルは半ば悲鳴のような声で言った。
そして、その言葉を聞いたラグは、にこりと笑った。
「つい出てしまいました」
ラグのその顔を見ながら、それってどういう意味、という言葉が浮かんできたシゲルだったが、それを口にすることはなかった。
下手にそれを言葉にしてしまうと、益々ドツボにはまる気がしたのだ。
シゲルとラグのやり取りを笑いながら見ていたフィロメナが、口元を抑えるようにしながら言った。
「まあ、それはともかくとして、『精霊の宿屋』以外ではなにかあったか?」
「いいや、特には」
フィロメナの言葉にホッとしつつ、シゲルは首を振りながらそう答えた。
幾つか気になる本はあったが、特に新しい発見があったというわけではない。
シゲルの首を振りながらフィロメナは頷いた。
「そうか。それは私も一緒だが……他はどうだ?」
フィロメナがそう言った周囲を見たが、皆が似たり寄ったりの顔になっていた。
写本用の本を数冊探すように切り替えてからは、あまり深く読み込むこともしなくなっている。
新事実を見つけることよりも、先のことを考えた調査のほうが先になっているのだ。
そのため、この結果は当然のものともいえる。
結局、この日はラグたちの進化以外の大きな報告はなく、あとは雑談兼夕食ということになった。
そして、それから数日は似たような状況が続いて、それぞれが数冊の本を選び出して、水の町での調査を終えるのであった。
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水の町を出たシゲルたちは、そのままホルスタット王国の王都に向かった――わけではなく、ノーランド王国の王都へと向かった。
今回得た本を写本するにあたり、自分たちだけではなく、普通に写本家の手を借りるためだ。
水の町はノーランド王国内にあるので、そちらのつてを使って義理(?)を返すという目的もある。
例によって城壁の外側にアマテラス号を泊めたシゲルたちは、城門を通って町の中へと入った。
そして、宿を決めていくらか落ち着いたころを見計らったように、フィロメナ宛に客が来たと宿の者から報告された。
すでにそれが誰であるかは、宿の外の止まっている王家の紋章を掲げた馬車で分かっているので、余計なことはせずに通してもらう。
その予想とたがわず、フィロメナ宛にきたお客とは、ノーランド王国のユリアナ女王その人だったのである。
もともと一国の王としては身が軽いユリアナだが、今回の訪問は特に早かった。
それには理由があって、アマテラス号の噂はきちんとノーランド王国にも届いていて、それらしいものを見た場合はすぐに報告するようにしていた。
さらに、フィロメナたちが宿を取ったという情報まで手に入ったので、すぐに向かってきたというわけである。
そのユリアナは、通された部屋の椅子に座るなり、開口一番でこう言ってきた。
「随分と派手に活動しているみたいね。以前の大人しさはどこへ行ったのかしら?」
「今も昔も好きなことをして生きているだけなのですがね」
多少の警戒の色を見せて聞いてきたユリアナに、フィロメナは肩をすくめながらそう答えた。
「そうなのかしら? その割には、目新しいことがたくさん出てきているみたいな?」
そう言ったユリアナの目は、今回はなにを見つけたのかと語っていた。
ユリアナは、アマテラス号が国内で長期に渡って泊まっていたという情報を掴んでいるのだ。
そのユリアナに対して、フィロメナは首を振ってから答えた。
「そもそも、これまで見つかっていなかった遺跡を見つけたのだからそうなりますよ。それよりも、女王にお願いしたいことがあるのですが?」
「聞くわ」
待っていましたと言わんばかりにそう言ってきたユリアナに、フィロメナは顔色を変えずに続けて言った。
「信頼のできる写本家を数名紹介してもらえませんか?」
「え? 写本家?」
フィロメナの言葉に、ユリアナが思ってもみなかったという顔をした。
それに頷き返したフィロメナは、アイテムボックスの袋から今回得た戦利品(貸し本)を取り出した。
「今回はこの本を大精霊からお借りしてきたのですが、写本をしたいと考えていましてね」
「そういうことだったら、喜んで紹介するわ。――口が堅い者がいいかしらね」
そう言いながら皮算用を始めたユリアナを見て、フィロメナは苦笑をした。
「まあ、どういう人選にするかは任せます。ただ、最低二冊は写本するようにお願いします」
「二冊?」
「一冊は自分たち用で、もう一冊は差し上げます。それが今回の謝礼ということでいかがですか?」
フィロメナがそう言った瞬間、ユリアナは驚いたような顔になってニンマリと笑った。
「そういうことなら任せなさい。なにを差し置いてもこの仕事を優先するように言っておくわ」
そう言ったユリアナの顔を見て、フィロメナはここに来てよかったと確信するのであった。
ちなみに、写本をお願いしたのは、今回出した一冊だけではありません。
それは、後程話をしています。




