(9)闘技場
リゼムトゲルトとの話し合いを終えたシゲルたちは、すぐにフィロメナの家に戻ったというわけではない。
折角婚約も済ませて、堂々と歩けるようになったのだから、ゆっくり王都見学でもしようということになった。
もっとも、婚約以前も町中でいちゃついたりしていたので、何かの違いがあるわけではない。
ただし、場合によっては貴族がうろつくこともある王都を何の憂いもなく歩けるようになったのは、ラウラにとっては嬉しいことではある。
そんなわけで、ラウラの主張により、シゲルたちはゆっくりと王都を歩き回ることになったのである。
シゲルは、王女であるラウラと正式に婚約したのだが、王都を歩いている間も特に以前と変化があったわけではない。
シゲルたちが大勢の護衛を引き連れて歩くのを嫌ったということもあるが、何よりも勇者であるフィロメナが傍にいるので、その必要がないのだ。
フィロメナもラウラを受け入れると決めた以上は、簡単に見捨てるような性格をしているわけではない。
フィロメナ以上の戦力を王国側が用意できるはずもなく、護衛は最小限でという話をして王都に繰り出していた。
結局、いつもと変わりがなく王都の見学ができているのは、そうした経緯を挟んでのことだった。
女性陣に囲まれて、王都にある魔道具屋を覗いたり、各種屋台を冷かしたりしていたシゲルだったが、一際目に付く建物があることに気付いた。
というよりも、アマテラス号で上空から王都を見た時にあることが分かっていたのだが、改めて地上から見てその大きさに気付かされていた。
「随分と大きな建物だけれど、闘技場とかだったりする?」
いきなりそう聞いてきたシゲルに、フィロメナが面食らったような顔になった。
「なんだ、知っていたのか? 話したことはなかったと思うが……」
あっさりとそう返事が来て、シゲルは苦笑を返した。
円形上になっているその建築物を見て、歴史上の建物を思い浮かべて聞いただけだったのだが、どうやらビンゴだったらしい。
どう説明したものかと考えたシゲルだったが、詳しく話すことは諦めて首を左右に振った。
「いや、何となくそうじゃないかと思っただけだよ」
「そうか? ……まあ、それならいいが」
何となく納得がいかない表情を見せていたフィロメナだったが、それ以上の興味を引かなかったのか、深く追及してくることはなかった。
この時、マリーナとラウラは二人の後ろを歩いていたのだが、何やら同時に顔を見合わせていた。
そして、視線だけでちょっとしたやり取りをした後、ラウラがシゲルに話しかけた。
「シゲルさんは、闘技場に興味があるのですか?」
「え? いや、一度は見てみたいと思うけれど、そこまで気になるわけじゃ……」
振り返ってそう言ったシゲルだったが、ここでマリーナとラウラの顔を見て、単純に見学したいのかということを聞きたいのではないということに気付いた。
「自分は、そこまで戦闘狂というわけじゃないよ?」
「いや、別に闘技場に出るのは、戦闘が好きだからという理由だけはないわよ?」
少しだけ的を外れたことを言ったシゲルに、マリーナがそう返した。
この時点でマリーナとラウラが何を言おうとしているのか気付いたフィロメナが、少しだけ考えるような顔になって言った。
「名前を売るのには、確かに手っ取り早い手段だな」
「えっ。それってもしかしなくても……?」
フィロメナの言葉で、何を言いたいのか察したシゲルは、少しだけ驚いたような顔になった。
「別にシゲルが嫌ならそんなことをする必要はないわよ? でも、変な人たちを避けるためには、一番手っ取り早い手段なのよね」
闘技場は、その名の通り出場者の技量を試す場でもある。
そのため、闘技場で名を上げることができれば、王家や貴族の保証だけではなく、単なる事実として市井にある者たちにもその力を知らしめることができるのだ。
勿論、そうすることによって、余計な輩が変に絡んでこないようにするための効果を狙っている。
ただし、闘技場で名を上げることができれば、別の効果を生むこともあり得る。
「言いたいことは分かるけれど、それこそ戦闘狂を引き付けるようなことになるんじゃ?」
「ないとは言わないが、恐らく大丈夫だと思うぞ?」
フィロメナはそう言いながら、今もシゲルの護衛についているラグを見た。
その視線だけで、シゲルはフィロメナが何を言いたいのか察した。
上級精霊を複数従えているシゲルに絡んでくるような馬鹿者は、何をしても絡んでくる。
それくらいなら、それ以外のある程度(?)理性がある者を減らしたほうがまだましだと言いたいのだ。
少しだけ気が引けているようなシゲルを見て、今度はラウラが話をしてきた。
「シゲルさんは、人と戦うのに気が引けているのかもしれませんが、闘技場での相手は、別に人だけではありませんよ?」
「そうなの?」
てっきり闘技場では対人戦をするものだと考えていたシゲルは、少しだけ拍子抜けしたような顔になった。
シゲルが闘技場参加に少しだけ及び腰になっていたのは、人を傷つける可能性があったためである。
すでにこの世界に来て何度か盗賊とも会っているため、いざという時の覚悟はできているが、人を傷つけて喜ぶような性格に変わったわけではない。
できるだけ人を傷つけるのは避けたいというのが、シゲルの本音なのだ。
対人戦以外にもあると聞いて力を抜くシゲルを見て、マリーナが少しだけ笑いながら言った。
「ここの闘技場には、遺跡で発掘された魔道具があるのよ。その魔道具を使って、魔物を召喚して戦わせることができるのよ」
「へー、それは便利……なのかな?」
闘技場以外では使うことがなさそうな魔道具に、シゲルは感心しかけてすぐに首を傾げた。
下手な使い方をすれば、とんでもなく危ない魔道具にも化けかねない。
そんなシゲルの考えを見抜いたのか、フィロメナは首を左右に振りながら言った。
「何を考えているのかはわかるがな。ここの魔道具は、そこまで大量の魔物が一度に召喚できるわけではないぞ」
「そうですね。それに、そもそも闘技場自体が、国で管理している娯楽になりますし」
フィロメナの説明に捕捉するように、ラウラがそう付け加えてきた。
地球の歴史でも闘技場が庶民の人気の娯楽だったことがある。
それはこの世界でも変わらないようで、そうした娯楽は、きちんと国が管理しているのだ。
勿論、扱っている魔道具が場合によっては、危険物になり得るからという理由もある。
シゲルが少しだけその気になっていることに気付たためか、女性陣はぐいぐいとシゲルの闘技場参加を押してきた。
その結果、シゲルはついに闘技場への登録だけでも、ということを了承してしまった。
「そうか、それはよかった」
「これで少しは安心かしら?」
「今までよりはましになるでしょう」
口々にそう言ってきた三人に、シゲルは苦笑しながら返した。
「いや、そんなに簡単に名前が売れるとは限らないんじゃない?」
闘技場で有名になるには、それまでの実績も必要になるはずだ。
そう考えてのシゲルの言葉だったが、三人は揃って首を振った。
その顔は、シゲルの実力を考えれば、すぐにでも有名になれると考えているものだった。
やっと覚悟を決めたシゲルが、闘技場の入り口に向かって歩き出した時、ふと思い出した顔になって聞いた。
「そういえば、なんで今更になってこんなことを言い出してきたの?」
シゲルたちは既に王都に何度も来ている。
その時のタイミングでもよかったのではないかと、シゲルは考えたのだ。
そのシゲルの問いに、マリーナが首を振りながら答えた。
「今だからこそよ。私たちと婚約発表したことで、シゲルが精霊使いだという噂が一気に広まっているはずよ。その噂を認めさせるためにも、ちょうどいいのよ」
噂が噂として広まっているうちは、本当にそれが事実なのかを確かめようとする輩も出てくるはずだ。
これまでは、一応シゲルの傍にはフィロメナたちがいたからそれでも大丈夫だったが、多くの上級精霊を従えている今となっては、それだけに頼る必要はない。
それであれば、シゲル自身の力を周囲に認めさせてしまったほうが早いのである。
マリーナの説明に一応納得して見せたシゲルは、そのまま闘技場へ入って、受付へと向かった。
闘技場の受付は、冒険者ギルドと似たような作りになっているため、シゲルも迷うことはなかった。
ただ、新規登録がどこで行われていることまでは分からなかったので、シゲルはフィロメナたちに確認を取りつつ、そちらの方へ向かって歩き始めるのであった。
取ってつけたように出てきた闘技場ですが、今のところ長々と戦闘させる予定はありません。
あくまでも、名前を売ることによって、身を守る(余計な者を近づけさせない)ための手段でしかないです。




