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(6)貴族の対応

 ディーネが去った後も、しばらくの間、会場は静まり返ったままだった。

 その沈黙を破るように、ディーネの威圧からいち早く復活したアドルフが話をしだした。

「――見ての通りだ。渡り人であるシゲル殿は、この度も突き抜けた存在であることを証明してくれた。故に、吾は国として不用意にシゲル殿に接触することを禁ずる」

 改めてアドルフがそう宣言したが、今度は反対意見は出てこなかった。

 先ほど主張していた貴族も黙ったままだ。

 未だにディーネの影響から脱していないということもあるのだが、それ以上にシゲルが大精霊を呼び出したという事実が、反論を封じ込ませたのだ。

 

 ちなみに、個人としての接触まで禁じなかったのは、シゲルのことを考えたからである。

 シゲルは、何が何でも貴族と付き合いたくないと考えているわけではない。

 例え貴族であったとしても、気の合う者や利害が一致する者は必ず出てくるはずだ。

 そう考えたアドルフが事前に確認を取り、シゲルもそれを了承したのである。

 もっとも、大精霊を呼び出せるシゲルに対して色眼鏡をかけずに見ることができる貴族がどれくらいいるかは、さすがのアドルフも未知数なのだが。

 

 沈黙を続ける会場に対してのアドルフの話は続いていた。

「類まれなる精霊術の才能を持つシゲル殿に、わが娘が見初められたことは、望外の喜びである。同時に、わが娘を誇りに思う。其方らもこの婚姻を祝ってくれると信じている」

 そこで一度言葉を区切ったアドルフに合わせるように、一部の者たちが拍手をしだした。

 それは会場内に徐々に広がっていき、最終的には多くの者がそれに参加するということになった。

 その結果に、アドルフは満足げに頷いてから最後に付け足した。

「さて、随分と前置きが長くなってしまったが、あとはこの会を楽しむといい」

 アドルフがそう宣言すると、集まった貴族たちはホッと肩の力を抜いた様子になり、徐々に思い思いの相手との会話を始めた。

 

 ただし、当然ながらシゲルへの注目が減ったわけではない。

 むしろ、最初の時よりも熱は上がっているように、シゲルは感じていた。

 隙さえあれば自分に対して話しかけてくるんだろうなと思いながら、シゲルはラウラの反応を窺った。

 そのシゲルの視線にすぐに気付いたラウラは、コクリと頷いてからシゲルの腕を取った。

「もう十分です。行きましょう」

 ラウラはそう言いながら会場の中心とは反対側にある王族専用の出入り口へと向かった。

 

 それに気づいた一部の貴族たちが騒めいたが、シゲルたちは気にすることなく会場を後にした。

 シゲルの出席は、最初から婚約発表のみと決めていたので、予定通りの行動である。

 そして、会場のほとんどの貴族が、シゲルたちが姿を消したということに気付いた時には、すでに後の祭りとなっていたのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 用意された控室に戻ったシゲルは、備え付けられていた椅子に深々と腰かけた。

「はー、疲れた」

「お疲れさまでした」

 多くの視線にさらされて疲れ切った様子を見せるシゲルに、ラウラが立ったままそう返してきた。

 パーティ用の豪華なドレスのため、できるだけ皺をつけないようにするために座らずにいるのだ。

 フィロメナたちは、部屋に戻るなりさっさと着替えに向かってしまっている。

 

 シゲルは、ラウラが自分の相手をするために残っていると気付いて言った。

「ああ、ごめん。ラウラも楽な格好に変えてきてもいいんだよ?」

「いいえ、いいのです。わたくしは慣れていますから。シゲルさんは、そのままでいいですよ」

 そう答えたラウラの言葉には、全く嘘は感じられなかった。

 ある程度成長した時から、こうしたパーティに出ていた王女としては、できて当たり前のことなのだ。

 それに、シゲルたちが表に出てから時間が経っているというわけでもないので、言葉通りに疲れているわけではない。

 付け加えると、折角の機会なのだから、シゲルにできるだけ長くドレス姿を見ていて欲しいという女心もあったりする。

 

 シゲルは、近寄ってきた侍女に上着だけを渡してからラウラを見た。

「あんな感じでよかったの?」

「ええ、十分です。というよりも、十分すぎたかも知れません」

「え。それってどういうこと?」

 変に恐怖を与えてしまったのであれば、逆に反発を強める可能性がある。

 一人の人間が強すぎる力を持ってしまえば、集団で排除しようとする動きに繋がるというのは、どこの世界でも同じことなのだ。

 

 微妙に顔を引きつらせているシゲルに、ラウラは安心させるように微笑んだ。

「大丈夫です。大精霊を自由に呼び出すところを見せられて、力で排除しようとする者は出ません。もしそんな愚か者が出たとしても、父上が処分なさるでしょう」

 大精霊の力はそれほどまでに圧倒的なものなのだ。

 人がいくら軍勢を集めたとしても、大した脅威にはならない。

 また、そうであるからこそ、大精霊と呼ばれているのだ。

「わたくしが言いたかったことは、シゲルさんと個人的な付き合いをしようとする者が、まったくいなくなるかも知れないということです」

「あー、なるほど」

 ラウラが言いたかったことが分かって、シゲルは納得したように頷いた。

 あの会場での様子を見ている限りでは、その可能性も十分にあり得るだろう。

 

 ただ、シゲルとしてはそれならそれで全く構わなかった。

「まあ、いいんじゃない? 別に無理に貴族と付き合わなければならないというわけでもないし。……まあ、何かを広めたいと考えた時には不便かもしれないけれど」

 何かを売り出したりして流行りを作ろうと考えるのであれば、やはり貴族という立場は利用するだけの価値はある。

 それ以外にも、ホルスタット王国内での立場強化という意味では、一人でも貴族の知り合いがいた方がいいのは確かだ。

 とはいえ、今のところ、シゲルはそのどちらも必要としていない。

 そもそも国王とのつながりがあるので、どうしても貴族との繋がりが必要になる場面は、そうそうないはずである。

 

 そんなことを言ったシゲルに、ラウラは少しだけ考えてから首を左右に振った。

「いいえ。確かに、どうしても必要というわけではないでしょうが、やはり貴族としての力が必要になることはあり得ます。この国では、貴族の力は、少なくとも領地においては強いですから」

 領地を運営している貴族には、それなりの強権が用意されている。

 そのため、シゲルが自由に動くためにはその権利が邪魔になることも出てくるだろう。

「うーん。そうかも知れないけれど、そんなことを言ったらきりがないからね」

 すべての領地で自由に動こうと思えば、それこそ貴族全員と良好の関係を保たなければならない。

 そんな面倒なことは、シゲルとしてはごめんこうむりたいというのが本音だった。

 

 ラウラとしては、何が何でもシゲルに貴族と仲良くなってほしいと考えているわけではない。

 それでもこんな話をしているのは、シゲルにきちんと分かっていて欲しかったからだ。

「そうですか。そういうことでしたら無理にとは言いません」

 頷いてそう言ったラウラに、シゲルは「ありがとう」とだけ返した。

 シゲルもラウラが何故こんなことを言い出したのか、きちんと分かっているのだ。

 

 

 貴族たちの反応を話した後も、シゲルとラウラは軽い雑談を行っていた。

 すでにその時には、ラウラの目的はドレス姿を見せることになっていたので、話の内容も大したことではなくなっている。

 そして、そのラウラの努力が報われる時がついに来た。

「――そういえば、そのドレス似合っているよ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 待っていた言葉をもらえたとはいえ、不意打ちすぎたのと嬉しさで、ラウラの頬は赤くなった。

 

 そのタイミングを見計らっていたように、普段から着ているローブに着替えたマリーナが近づいてきて言った。

「あらあら。お邪魔だったかしら?」

 マリーナとしては登場のタイミングを狙っていたわけではないので、多少なりともバツが悪い思いがある。

「い、いいえ。そんなことはありませんよ。……マリーナが戻ってきたのでしたら、わたくしも着替えに向かいます」

 ラウラはそう言って、シゲルに向かって小さく頭を下げてから着替えるための部屋へと向かった。

 

 それを少しだけ笑いながら見ていたマリーナは、シゲルに視線を向けて聞いた。

「シゲルもそろそろ着替えたら? いつまでもその格好でいるわけではないでしょう?」

 シゲルはシゲルで、きちんとパーティに合わせたかっちりとした格好になっている。

 マリーナの言う通り、ずっとそのままでいるわけにはいかない。

「そうだね。そうさせてもらうか」

 マリーナの言葉に頷いたシゲルは、わざとらしくよいしょと声をあげながら立ち上がって、着替えるための部屋に向かうのであった。

長かった貴族関係の話はこれで一区切りです。

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