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(4)役立ちアグニ

 幸いにして、アマテラス号周辺で探索を行っていた魔族たちは、次の日には別の場所へと移動していた。

 その間に、隙を見てラグ以外の契約精霊たちも戻ってきているので、シゲルたちにとっては大きな問題は起こらなかったことになる。

 そして、魔族たちがいなくなったのをしっかりと確認したシゲルたちは、ラグの案内の下、目的の場所へと進み始めた。

 ただし、今回はアマテラス号にリグを残してきている。

 その理由は、シゲルたちが戻って来る際に、魔族たちが戻って来くる可能性を考えてのことである。

 きちんと隠蔽してあるアマテラス号が見つかるとは思えないが、戻って来るときにトラブルになるのを出来るだけ避けたかったのだ。

 

 目標地点に向かったシゲルたちは、途中で他の魔族に会うこともなく、無事に着くことが出来ていた。

「ここがその場所?」

 シゲルがそうラグに問いかけると、その当人はコクリと頷いた。

「はい。といっても、何かありそうなのは、ここからもう少し先に入ったところです」

「ああ、なるほど」

 シゲルがそう言って頷いたのは、その場所がどう見てもただの自然洞窟の入り口にしか見えなかったためである。

 

 当然のように洞窟の中は真っ暗なので、フィロメナが点けた魔法の明かりを頼りに一行は奥に進んだ。

 そして、入り口から十分ほど進んだ場所で、先導していたラグが歩みを止めて振り返った。

「この辺りに結界があるようです。……残念ながら私ではこれ以上先には進めませんでした」

 少しだけ残念そうな表情になったラグに、シゲルは首を左右に振った。

「いや、無理をして行っても仕方ないからそれは別にいいよ。それよりも、こんなところに魔法的な結界ね」

 シゲルはそう言いながら一度周りを見回した。

 

 その辺りは、入り口と同じようにただの自然洞窟にしか見えず、人工物があるようには思えない。

 それが逆に、なぜこんなところに結界が、という疑問にもつながる。

 とても人がいるような場所には見えないところに、結界があるのだからそう思うのは当然のことだろう。

 

 ラグの説明を聞いて、早速辺りを調べ始めたフィロメナたちに、シゲルが聞いた。

「どう? 自分には何かあるようには見えないけれど?」

 シゲル自身も魔法の実力を着実に伸ばしてきている。

 ただし、やはりまだまだフィロメナたちの足元にも及ばず、こうした場面では彼女たちに聞いたほうが早いのだ。

 

 シゲルの問いに、しゃがみ込みながら地面を調べていたフィロメナは、立ち上がってから首を左右に振った。

「言われてみて初めて何かあると分かる感じだな。とてもではないが、私では手が出ないな」

「私も同感」

 フィロメナの言葉に同意するように、ミカエラもそう言ってからマリーナを見た。

 結界に関しては、この中ではマリーナが一番詳しいのだ。

 

 全員の注目を浴びたのが分かったのか、マリーナが一同を見回しながらフィロメナと同じように首を振った。

「ここに結界があるのは分かるけれど、無難な方法で入ることは出来ないわね。……どうしようかしら?」

 マリーナは、そう言って皆に聞いて来た。

 要するに、この結界を越えるためには、そっと押し入ることは出来ず力押しで結界を壊してから入ることしかできないというわけだ。

 もしこの結界を作ったのが、シゲルたちの予想している相手ならば、その相手を怒らせてしまう可能性もある。

 

 悩ましい表情になっている一同だったが、ここでいきなりラグが声を上げた。

「あっ、こら、アグニ! 待ちなさい!」

 彼女らしからぬ切羽詰まった様子に、一同が何事かとそちらへと注目をした。

 すると、ラグが腕を伸ばしている先で、するりとアグニがその先に駆け寄るのが確認できた。

 その先には、先ほどまでフィロメナたちが調べていた結界が存在してる。

 一番に気付いたラグが間に合わなかったのだから、シゲルたちにアグニの行動を止められるはずがなかった。

 というよりも、シゲルが「命令」を下すよりも先に、アグニはそのまま結界に触れるところまで来てしまっていた。

 

 そしてそのまま結界に触れることになったアグニは――、

「……あれ? 何も起きない?」

 結界の向こう側で、どうしたのという顔をしているアグニを見て、シゲルが首を傾げた。

 シゲルの予想では、結界に弾かれるなり別の場所に飛ばされるなりすると考えていたのだ。

「もしかして、結界があっても別の光景を見せられるとか、そういうタイプ?」

 シゲルが首をかしげたままマリーナを見ると、彼女は少し驚いた表情になった。

「い、いえ、そんなはずはないのだけれど……え、あれ?」

 言っているマリーナ自身も混乱しているのか、アグニを見ながらしきりに首を傾げていた。

 

 それを見て、普通ではないことが起こっているとわかったシゲルは、今度はラグを見て言った。

「すまないけれど、アグニにどうやって通ったのか、聞いてもらえるかな? それが一番早そうだ」

「はい」

 ラグも不思議に思っていたのか、シゲルの言葉にすぐに頷いた。

 そして、手招きをしてアグニを呼び寄せたラグは、抱き上げながら何度か頷き始めた。

 アグニは言葉を話せないが、同じ精霊であるラグから話を聞くことが出来る。

 ただし、音を使っての会話ではないので、近くにいる必要があるのである。

 もっとも、わざわざ触れている必要はないのだが、抱き上げているのはそのほうが聞き取りやすいのと、ラグの好みである。

 

 

 アグニからの聞き取りを終えたラグが、シゲルを見ながら言った。

「どうやらここの結界は、火の者であれば、容易に通ることが出来るようです」

 ラグが言う火の者というのは、火の精霊という意味だ。

「うーん。それって、アグニだけしか通れないってこと?」

「私もそう思ったので聞いてみたのですが、どうやらアグニの近くにいればそれでいいようです。あまり離れすぎても駄目なようですが」

「離れすぎってどれくらい?」

「一メートルほどだそうです」

 ラグがそう答えると、シゲルは少し考えてからフィロメナたちを見た。

 全員で五人いるので、シゲルがアグニを抱きかかえたとしてもかなり狭い範囲に集まる必要がある。

 

 シゲルから確認の視線を向けられたフィロメナは、肩を竦めながら言った。

「今のところそれしか方法が無いのだから構わないのではないか?」

「いや、そりゃフィロメナはそう言うだろうけれどね」

 シゲルはそう言いながらミカエラ、ビアンナ、ルーナを順に見た。

 マリーナやラウラはともかく、その三人が自分に近寄るのはどうかと考えたのだ。

 

 ところが、そんなシゲルを余所に、ミカエラが呆れたような顔になっていた。

「あのね、シゲル。そんなことを一々気にしていたら、冒険者なんてやってられないわよ? 別にべっとりとくっついていなければならいわけじゃないし」

 ミカエラがそう言うと、ビアンナとルーナが同調するようにコクコクと頷き始めた。

「あー、そんなもんなのか」

 シゲルとしては、三人がそれでいいのであれば特にどういういうつもりはない。

 もしかしたら三人が嫌がるかも知れないと考えて、敢えて自分から口に出しただけなのだ。

 

 そんなシゲルを見て、ラウラがクスリと笑って言った。

「お優しいのですね、シゲルさんは」

「あら。それがシゲルの良さでもあるでしょう?」

「それは同意します」

 マリーナの言葉に、ラウラはすぐさま頷き返した。

 

 その二人のやり取りをしっかりと聞いていたミカエラが、うんざりとした顔になって言った。

「あー、ハイハイ。惚気はその辺でいいから、さっさと行こうよ。時間が勿体ないわ」

「そうだな。惚気かはともかく、先に進もうか。……な、なんだ?」

 自分の言葉を聞くなりミカエラたち三人の視線が集まったのを感じたフィロメナは、不思議そうな顔をして三人を見た。

 

 そんなフィロメナに対して、ミカエラたちはほぼ同時にため息をついた。

「まあ、フィーだしね」

「さすがです」

「私でもわかったのに」

 口々にそんなことを言ってきたミカエラたちを見てから、フィロメナは助けを求めるようにマリーナとラウラに視線を向けた。

 だが、当人たちにはしっかりと惚気だったと自覚があったため、フィロメナを助けるわけにはいかず、そっと視線を逸らすのであった。

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