(3)魔族
シゲルたちがポルポト山に着いてから、すでに十日以上が経っていた。
場所は既に三カ所目に移動しており、残念ながらその間にそれらしい収穫はなかった。
勿論、『精霊の宿屋』のためのアイテムは次々に増えているので、まったくの無駄というわけではない。
さらにいえば、ラウラを除いた勇者組は、素材を取って来るということを理由に、アマテラス号の外で狩りを行うようになっていた。
そんなことをして魔族に見つからないのかともシゲルは思ったが、そもそもポルポト山は人里離れたところにあるようで、これまで遭遇することはなかったようである。
もっとも、狩りをしに行くといっても、アマテラス号から見える範囲で行っているため、船内から誰もいなさそうなことを確認してから外に出るのが常のようだ。
ポルポト山に出てくる魔物は、人族がいる領域では出てこないようなものがいるようで、特にフィロメナはほくほく顔をしている。
その顔を見れば、魔道具研究のための材料が集まったと思っているのは、シゲルでなくとも分かることだ。
そして、シゲルはその間に、この世界での「魔族」を始めて見ることとなった。
アマテラス号を人里離れた場所に泊めているとはいえ、ポルポト山に人が全く入らないというわけではない。
狩りなどをしに入って来る者がいるのか、一度だけお目にかかる機会があったのだ。
その時は、常にアマテラス号の姿は消してあるので、シゲルたちが見つからずにやり過ごすことが出来ていた。
この世界の魔族は、姿形は人族とほとんど変わらない。
大きな違いは、肌の色が青系と赤系になっていることだ。
シゲルが初めてその姿を見た時は、青鬼赤鬼を思い浮かべたりしていた。
もっとも、よく絵本などにあるように、原色の青や赤ではなく、もう少し淡い色になっていた。
ただし、それも個人差があるようで、中には原色に近いような肌をしている者もいるらしい。
そして今、シゲルたちはその魔族のことでちょっとした悩みを抱えていた。
「――――駄目だね。全く離れようとしないや」
シゲルがそう言うと、フィロメナも同意するように頷いた。
「同感だ。これは長期戦を覚悟したほうが良だろうな。この船が見つかったとは思わないが」
「そうね。何かを捜しているようには見えるけれど、船ではないでしょうね」
フィロメナに続いてマリーナがそう断言したのは、アマテラス号から見える六人の魔族たちが、地面を見ながら歩いているからである。
もしアマテラス号ほどの大きさのものを捜しているのであれば、わざわざそんなことをしないだろう。
それには全員が同じ意見のようで、皆が似たりよったりの顔をしている。
ただ、問題なのは、魔族が船の周りをうろついているからではない。
「……仕方ない。折角ラグがそれらしきものを見つけたみたいだが、私たちの探索は彼らがいなくなってからだな」
「そうね」
「賛成」
フィロメナの言葉に、マリーナとミカエラが続いた。
声には出していないが、シゲルやラウラが同時に頷いていた。
タイミングが悪いということは重なるようで、実は魔族たちが船の周辺に現れてからすぐに、周辺の探索をしていたラグが怪しいものを見つけたと報告して来たのだ。
ポルポト山で探索を始めてから初めてのその反応に、シゲルたちはすぐにでも確認に行きたかった。
だが、いくら待ってもなかなか魔族たちは立ち去ってくれなかった。
そうして出した結論が、今のやり取りというわけだった。
フィロメナたちであれば六人程度の魔族に後れを取るようなことはない。
それは別に魔王を倒した実力があるからというだけではなく、今見えている彼らの動きを見ての判断だ。
フィロメナたちには、いくら魔族だからといっても反射的に討伐をするようなことをするつもりはない。
ついでに、ここで魔族を倒せば、何かが起こっていると他の魔族たちを警戒させることにもつながる。
あまり長居するつもりはないといっても、今後のことを考えれば、あまり無用な騒ぎを起こすのは得策ではないのである。
結果として、待ちという結論が出るのは、当たり前のことなのだった。
特に反対意見が出ることもなくすんなりとやり過ごすことが決まって安心したシゲルは、ここでふと報告をしに来たラグの顔が曇っていることに気付いた。
「ラグ? どうしたんだ? なにか心配事でもあるの?」
「あ、いいえ。なんでもありません」
どう見てもなんでもないという顔をしていないラグに、シゲルがさらに問いかけようとしたが、ミカエラがそれよりも先に言った。
「何を言っているのよ。なんでもないという顔ではないわね。それに、何かある場合は、きちんと話を聞いておいたほうが対処しやすいのだから、気付いたことがあったら教えてちょうだい」
ミカエラの言葉に、ラグがそっと窺うようにシゲルを見てきた。
まさしく自分が言おうとしていたことを、そっくりそのまま言われたので、シゲルはただ黙って頷き返した。
それを見たラグは、少しためらってから話し始めた。
「もしかしたらですが、あの方たちは私を捜しているのかもしれないと思いまして……」
ラグのその言葉に、フィロメナが少し考えるような顔になって言った。
「ふむ。そう考えている理由を教えてもらえるか?」
フィロメナがそう問いかけると、今度はシゲルの顔を見ることなく、ラグは一度だけ頷いてさらに続けた。
ラグの説明によれば、彼女が怪しい物を見つけた際に、同じように何かを捜している者たちがいたそうだ。
それは、今アマテラス号周辺にいる者たちとは別の者たちなのだが、どこかと連絡を取り合っていたそうだ。
ここで問題になるのは、その者たちが最初から精霊を捜しているように見えたことだ。
勿論、上級精霊であるラグが本気で隠れる気になれば、いくら魔族であっても容易に見つかるようなことはない。
そのため、彼らのことは気にはなったものの、怪しい場所を見つけたラグは、そのまま真っ直ぐにシゲルの所に報告をしに来たというわけだった。
一通りラグの説明を聞き終えたフィロメナは、難しい顔になって腕を組んだ。
「――――精霊狩り、か?」
精霊狩りというのは、その名の通り無理やりに精霊を捕まえてしまうことを言う。
その目的は色々あり、一概に何であると特定することはできない。
そう呟いたフィロメナに、ラウラが首を傾げながら問いかけた。
「魔族がそのようなことを行うのですか? 精霊との親和性は、エルフを除けば他の種族よりも高かったはずですよね?」
魔族の特徴は、その名の通りに魔法の適性が高いことにある。
それは、精霊術も例外ではなく、ほとんど適性を持たないヒューマンとは全く別の特徴といえた。
「それはそうなんだが、だからこそとも言えるな」
ラウラの質問に、フィロメナが苦い顔になりながらそう言った。
その意味が分からずに、相変わらず不思議そうな顔をしているラウラだったが、それはシゲルも同じだった。
どういうことだと視線だけで問いかけるシゲルに、今度はマリーナが一度頷いてから答えた。
「魔族は確かに精霊との親和性も高いわ。でも、絶対にそうであるとも限らないの。そうした者たちの為に、狩りを行って無理やりにいうことをきかせることもあるというわけね」
実力主義である魔族であるがゆえに、精霊を持たないということはハンデになり得るということだ。
「なんというか……理解はしたけれど、納得は出来ないという感じだね」
シゲルがそう応じると、ミカエラが首を振りながら言った。
「勘違いしているみたいだから言ってしまうけれど、別に精霊狩りを行うのは、魔族だけではなく人族も同じよ? むしろ、希少な分、人族側のほうが高く取引されているという話もあるわね」
「うげ」
何とも生々しい話に、シゲルはしかめっ面になった。
目的が分かるだけに、そして精霊たちに囲まれて生活をしているだけに、精霊狩りを行うものは許せないという気になったのだ。
そこでふとシゲルは思い出したようにラグを見た。
「そういえば、シロは大丈夫だとしても、ノーラやアグニは大丈夫?」
「はい。彼らを見つけた時点で、下手に動き回らないように指示をしておきました」
「そうか、それは良かった」
ラグの答えに、シゲルは安堵のため息をついた。
魔族たちが契約精霊を捕まえられる技術を持っているかは分からないが、用心するに越したことはない。
今更ながらに知った事実に、シゲルはどこの世界にもおかしなことを考える者はいるんだなと、半ばどうでもいいことを考えるのであった。
ようやく姿を見せた魔族!
……でも、やり過ごします。




