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(12)気まずい思い

 シゲルとフィロメナが出て行った室内で、ゼムトが大きなため息をついていた。

「ギルドマスター」

 そのゼムトの様子に気付いたアーシャが、気遣わしげな顔になって見てきた。

「完全にやり込められたな」

「……」

「そんな顔をしなくても良い。とりあえず、登録の取りやめにならなかっただけ良かったとしよう」

「はい」

 ゼムトから多少前向きな発言が出たところで、アーシャも納得したように頷いた。

 

 冒険者ギルドにとっての最悪は、シゲルの冒険者登録のキャンセルだ。

 話を下手に進めれば、それさえもあり得たのだから、とりあえず登録が残ったということだけでも十分な成果といえる。

 冒険者ギルドとしては、優秀な人材が確保できればそれだけでも十分に恩恵がある。

 その先を望みすぎて人材を取り逃がしてしまえば、本末転倒になってしまう。

 

 それに、ゼムトとしては、ほかに収穫が無かったわけではない。

「……それにしても、あんな理由があったとはな」

「フィロメナ様、いえ、勇者様の勇退の件ですか」

 ゼムトの言葉に同調するように、アーシャがそう言いながら頷いた。

 

 魔王を討伐したパーティのメンバーは、帰還後にそれぞれの先の道について、しっかりと宣言をしていた。

 その中で、やはりフィロメナの引きこもり宣言には、各国の者たちが驚きを示していた。

 一人で一国にも匹敵すると言われるほどの戦力が、いきなり田舎に引きこもって表舞台から姿を消すと言ったのだからそれも当然だ。

 当たり前だが、最初からそんなことを信じていなかった国や組織のほうが多かった。

 それを見込んで、当初はフィロメナのところに押し入っては、自分のところでその戦力を活用しないかという勧誘合戦が、頻繁に行われることとなった。

 ところがフィロメナは、それらのすべてを断り、それどころかこれ以上自分に纏わりつけば、未来永劫その国の為には動かないとまで言ってきた。

 その結果、波が引くようにしてフィロメナの周囲から、各国の引き抜き要員がいなくなったのである。

 

 そんなやり取りがあったにもかかわらず、フィロメナが勇退を決めた理由を知る者はまったくいなかった。

 かつてのパーティメンバーでさえ、誰も知らなかったというのだから徹底している。

 理由さえわかれば自分のところに引き込めると考えるのは当たり前のことで、それを知ろうと諜報員たちがうごめいていたこともある。

 だが、結局どこもその理由を知るところはなかったとされている。

 未だに、フィロメナが魔の森にたった一人で住んでいることからもそれは明らかだった。

 

 話の流れでゼムトとアーシャはその理由を知ることになったのだが、これはこれで面倒なことになるのは間違いない。

「言っておくがアーシャ、ここで聞いたことはほかに漏らしては……」

「わかっています。あんなこと、誰にも言えないですよ」

 まさか勇者が戦いに飽いていたなんてことは、口が裂けても言えるはずがない。

 何しろ、冒険者ギルドを始めとして、どこの国もそれを一番に期待しているのだから。

 

 そんなアーシャに対して、ゼムトは首を左右に振った。

「いや、それもあるのだが、それだけじゃない。あのシゲル……といったか。あっちの男についても、だ」

 ヒューマンでありながら精霊術師としての才能を持っているなんてことが知られれば、フィロメナほどではないにしろ各国が動くのは間違いない。

 それほどまでに珍しい存在なのだ。

「ギルドが優秀な人材を失いかねないですからね」

「それだけじゃない。下手に手を出せば、もれなくあいつが出てくるからな」

 ゼムトが言う「あいつ」というのが誰であるのか、先ほどの様子を思い出せば、わざわざ具体的に名前を出す必要はない。

 アーシャもすぐにそれが分かったのか、納得した顔で頷いていた。

 だれも自ら虎の子に手を出すことは、よほどのことがしたくはないのだ。

 

 そのアーシャに、ゼムトが真面目な顔になって言った。

「とりあえず、お前をあの男の専属に指定する。理由は……魔力検査で特殊な結果が出たとだけ言っておけばいいだろう」

 冒険者に聞かれたならともかく、職員相手であれば、そのくらいの理由で十分に通用する。

 むしろ、登録したばかりの相手に専属をつけるということ自体が異常事態なのだから、理由を聞いてくる者はまずいないはずである。

 問題があるとすれば、シゲルに専属がつけられていると知った冒険者たちだが、それはギルドとして説明する義務はなにもない。

「畏まりました」

 ゼムトの言葉に、アーシャが頷きを返したことで、シゲルの専属が決まったのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 一方その頃。

 冒険者ギルドを出て歩き始めたシゲルは、何とも言えない表情でフィロメナの横顔をチロチロと見ていた。

 そして、そのことに気付いたフィロメナは、不思議そうな顔になって聞いて来た。

「何という顔をしているんだ?」

「あ~、いや……うん。何というか、自分の為にあんなことまで暴露してもらって、ごめんなさい。……いや、有難う?」

 何というべきかと思案しながら答えるシゲルに、フィロメナは一瞬虚を衝かれたような顔をしつつ、すぐに破顔した。

「何だ。そんなことを気にしていたのか。わざわざシゲルから礼を言われるほどの事ではないぞ?」

 極めてあっさりとそう言ったフィロメナだったが、シゲルの表情が変わることはなかった。

 自分の事が無ければ、あの場でフィロメナが話すこともなかったのだから、シゲルが気まずい思いをするのも当然だった。

 

 とはいえ、フィロメナとしては、そんなことをいつまでもシゲルに引きずっていてほしくはない。

 なので、何も言ってこないシゲルに、相変わらずの調子で続けた。

「だから、シゲルが気にする必要はない。あんなのは理由のひとつでしかないからな。何しろ激戦に次ぐ激戦だったからな。しばらくのんびりしたいと思うのは当然だと思わないか?」

「のんびり?」

「そうさ。私は別に戦いが嫌いというわけではないが、バトルジャンキーというわけでもない。折角一区切りがついたのだから、これから先は自分がやりたいことをしたいと思っただけだ。今こうしてシゲルの相手をしていることだって、やりたいことのひとつというだけのことだ」

 何ということはないという顔で言ってきたフィロメナに、シゲルはようやく固くなっていた顔を多少ほころばせた。

 

 それがわかったフィロメナは、頷きつつさらに続ける。

「そういうわけだから、あの場で言ったことをシゲルが背負う必要はない。あんなものは、面倒を避けるための建前のひとつでしかないからな」

「そうか。わかった」

 シゲルとしてもいつまでも引きずるつもりはなかったので、フィロメナに頷きながら以前の調子に戻ってそう返した。

 それがわかったフィロメナは、満足そうに頷くのであった。

 

 

 シゲルにとっては気まずい状態から脱した二人は、再び町の店を巡っていた。

 今度の目的は、シゲルの為の装備・道具一式を揃えることだ。

 最初シゲルはそこまでしてくれなくてもと断ったのだが、フィロメナに説き伏せられた。

「何を言っているんだ。あの場でああまで言ったのだぞ。それを無視して今の状態でいさせるわけにはいかないだろう? 金の事が気になるんだったら、後から返してもらえればいい」

 そう言われてしまっては、シゲルとしても返す言葉がなかった。

 今この場で放り出されてしまっては、シゲルとしても困ったことになることはわかり切っているので、フィロメナの言う事に従ったほうがいいのだ。

 

 そんなわけで、町を巡りながらまずは装備から整えた。

 魔の森から出てくる魔物を相手にする冒険者が多くいる町だけあって、上から下まである程度の装備は揃っている。

 そもそも、戦闘に関しては、まったくのど素人であるシゲルには、高価な装備などまったく必要としていないのだ。

 まず防具に関しては、動きを制限したくないというシゲルの希望に沿って、全身タイプの物ではなく、胸や下半身の急所を守るための皮鎧になった。

 まずは鎧をつけるということに慣れるためにも、それでいいだという事で、フィロメナも納得していた。

 

 次いで武器に関しては、先のことを考えるとどうなるのかわからないという事で、まったく決まらなかった。

 何しろシゲルは、武器を持ったことが無い。

 ど素人の自分が今更剣を持ったところで、十分に使えるようになるとは思えなかった。

 だからといって、いきなり杖を使うのもどうかとフィロメナが難色を示したのだ。

 シゲルに精霊術師としての才能があるのはわかっているが、まだまだどうなるかはわからない。

 それならば、最初のうちから近接武器を持ってもいいのではないかというのが、フィロメナの意見だった。

 結局シゲルは決めることができずに、今回は解体用のナイフだけを買うことにした。

 剣を使うにしても杖を使うにしても、過去フィロメナが買いあさった物が倉庫に眠っているので、それを使えばいいということになったのだ。

 

 というわけで、一通りの買い物を済ませたシゲルとフィロメナは、再び魔の森にある家へと戻るのであった。

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