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(20)ラウラの立ち位置

 ラウラがフィロメナの家に来た翌朝。

 シゲルは満を持して(?)、味噌汁をラウラたちに勧めた。

 ちなみに、昨夜はホルスタット王国で一般的な塩味をベースにしたスープにしていた。

「これは……なんというか、温かさを感じますね。いえ、温度ということではなく、温もりといいますか……?」

 自分でも言っていて意味が分からなくなったのか、ラウラは首を傾げながらそんな感想を漏らした。

 その表現はともかく、味噌を好意的に受け止めて貰えたらしいと、シゲルは内心でホッと安堵していた。

 フィロメナたちは喜んでくれていたが、他の者の意見も聞いてみたかったのだ。

 その国では一番の味を口にしているはずのラウラが受け入れてくれたので、本当に大丈夫なのだろうと安心したのである。

 

 もっともそれは、シゲルの誤解が多分に含まれている。

 シゲルは、フィロメナたちは魔王討伐の旅は、各地にあちこち出向いて魔物を倒していっていたというイメージがある。

 それは間違いではないのだが、その各地の討伐の際には、ほぼ確実に王やら代表者に招かれてパーティなどに出ていた。

 そのため、当然のように各地の美味しい料理を口にしてきているのだ。

 下手をすれば、王族であるラウラよりも、フィロメナたちのほうがそういう意味では多様な食事を食べてきているといえるかもしれない。

 

 それはともかく、何やら感じ入ったように味噌汁を飲んでいるラウラに、シゲルが改めて聞いた。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。――フィロメナたちも言っていたけれど、やっぱり売れるのかな?」

 シゲルがそう聞くと、ラウラ……ではなく、同じように勧められて飲んでいたビアンナが勢いよく頷いていた。

「勿論売れます! これまで塩味しかなかったのに、全く別の味が出来るのですよ!? これは革命です!」

「あ、そ、そう。それはよかった」

 詰め寄りながらそう言ってきたビアンナに、シゲルは思わず身を引きながらそう答えた。

 

 それを見て、ビアンナはハッとした様子になって頭を下げてきた。

「……申し訳ございません。少し興奮しすぎました」

 そう言っていつもの通りの表情になったビアンナを見て、ラウラがくすくすと口元に手を当てながら笑っていた。

「ビアンナがそこまで興奮するのは珍しいですね。それはともかく、ビアンナがそこまで言うのならその通りなのでしょう。実際私も売れると思いますから」

「そうか。やっぱりそうなんだ」

 ラウラの説明を聞いて、改めてシゲルは納得した顔で頷いていた。

 

 そもそも味噌や醤油の話は、王との話し合いの際に出すはずだった。

 ところが、フィロメナたちも含めて、すっかり忘れてしまっていたのだ。

 はっきりいえば、もともとの話である遺跡のことを詰めただけで、完全に調味料のことは頭から抜けていたともいえる。

 ついでにいえば、謁見の間で新しい調味料の話をするような雰囲気でもなかった。

 シゲルたちの中では、味噌や醤油は自分たちだけで楽しめればいいという考えもあったので、完全に後回しになってしまったのである。

 

 ここで、味見用の味噌汁をもう一口飲みながら感じ入ったような顔をしているラウラたちを見ながら、様子を見ていたフィロメナが混じってきた。

「だから言ったであろう? 世に出回れば売れると。……まあ、話をするのはすっかり忘れていたのだが」

「はは。忘れていたのは自分もそうだから、それについては何も言えないよ」

 シゲルは笑いながらそう返したが、ラウラたちは真剣な表情になっていた。

「ということは、シゲル様はこちらの調味料を売り出すおつもりなんでしょうか?」

「そこが微妙なところでねえ……」

 そう前置きをしたシゲルは、以前フィロメナたちと話し合った内容をラウラにも話し始めた。

 

 

「――――なるほど。そういうことですか」

 シゲルとフィロメナから一通り話を聞いたラウラは、そう言いながら何度か頷いた。

「そういうわけで、シゲルとしては大陸中に味噌を広めたいのだ。其方はどう思う?」

 そう聞いたフィロメナの視線は、何かを確認するような顔になっていた。

 その顔を見れば、ラウラが王家とシゲルのどちらを優先するのかを見極めようとしているのはわかる。

 しかも敢えてそれを見せることによって、ラウラに対するプレッシャーも与えているのだ。

 

 そんなフィロメナの思惑を当然理解したうえで、ラウラはごく自然な顔で答えた。

「フィロメナさんが仰っていた通りに、この話は各国に持ち込んだ方がいいでしょう。その後で、どう国内に広めていくかは、それぞれの判断に任せたほうがよろしいと思います」

 ラウラの答えを聞いて、フィロメナはにやりと笑って頷いた。

「やはりそうなるか」

「はい。シゲル様が一番楽で、ほぼ確実に大陸に広める方法となるのは、それでよろしいかと思います」

 各国に伝えた後で、それぞれのトップが広めなくてもいいと判断したのであれば、それはそれで構わない。

 シゲルも無理に味噌や醤油を広めようとは考えていないのだ。

 

 探るような顔で自分を見てくるフィロメナに、ラウラは苦笑しながらさらに続けた。

「何を仰りたいのかはわかりますが、今の問題は大して難しくありませんよ? 何しろ、王国にも利益があることですから」

「これはこれは」

 ラウラの言葉を聞いて、フィロメナは苦笑しながら肩を竦めた。

 

 ラウラの立場は微妙なところで、下手にシゲルに肩入れをしていざというときに戻ることになった場合、それまでの行動で変に縛られることになりかねない。

 それ故に慎重に行動しなければならないのだが、今の場合はそこまで悩むようなことではなかった。

 何故なら新しい調味料の利権に、多少なりとも関わることが出来るのだから。

 場合によっては、ラウラがいたからこそ王族に利権をもたらしたという話し方もできるので、プラスにはなってもマイナスになることはない。

 問題なのは、完全にシゲルと王国の利害が対立するときだが、そんなことは滅多に発生しないだろうとラウラは考えていた。

 勿論、いざ発生したときのことも考えてはいるが、それはそれ、その時の状況により判断することにしている。

 

 ラウラがそんなことを考えている一方で、フィロメナは別のところで感心していた。

 もしこの場でラウラがシゲルだけを優先すると宣言すれば、その後の行動も疑ってみることになっただろう。

 フィロメナは、自分のことを棚に上げて、ラウラがシゲルに一目ぼれをしたなんてことは欠片も考えていない。

 そもそもほとんどが王家の都合で結婚することが多い王族は、だからこそ結婚した後の生活でそれぞれが好きになっていくように努力をして行くものなのだ。

 勿論、中にはずっと反発し合って生きて行くパターンもあるが、そこまで極端な例は多くないのも事実である。

 というよりも、そういう話が目立って噂として流れているだけで、王族に限らず貴族同士の結婚も似たようなものだ。

 会談の場でラウラがシゲルのことを好ましいと言ったことは本音だろうが、だからといって惚れているわけではないことは、十分に承知している。

 だからこそ、フィロメナもマリーナも、ラウラのことを注意深く見守っているのだ。

 

 

 フィロメナとラウラのやり取りを苦笑しながら見守っていたシゲルは、その雰囲気を変えるように言った。

「とにかく、味噌や醤油に関しては追々ということで。別に焦って広める必要はない……ない、よね?」

 シゲルがそう問いかけると、フィロメナとラウラは同時に顔を見合わせて難しい顔になった。

「どうだろうな。こうなった以上は、出来るだけ早めに広めてしまったほうが良いかも知れない」

「私も同感です」

 先ほどまでの空気はどこへやら、あっさりと同調してそう言ってきたふたりに、シゲルは首を傾げた。

 

 そんなシゲルに、ラウラは頷きながら続けた。

「新しい調味料をシゲル様が持ち込んだとなれば、それだけ注目度は上がります。シゲル様にとっては余計なことかも知れませんが、ただの渡り人だけではないと知らしめるためには必要なことだと思います」

「はっきりいえば、味噌や醤油を武器に、いろいろなところで立場を作れれば、それだけシゲルにとっての盾になるということだな」

 謁見の間では上級精霊がついていることを見せて、直接的な攻撃の盾を見せた。

 その次は、直接的なものではなく、人の繋がりという意味での立場を作っていくべきだというのが、フィロメナとラウラの意見なのだ。

 

 今ならアマテラス号の所有者という事で、貴族たちの注目も集まっている。

 その上で新しい味を国内に広めることが出来れば、大精霊に関係しないシゲル自身の価値も知られていくことになる。

「あ~、なるほど。そういうことね」

 フィロメナとラウラの言い分に納得したシゲルは、大きく頷きながら出来るだけ早く味噌や醤油のことを話しに行くことを了承するのであった。

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