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担任の先生は言った。万永さんは何者かに突き落とされた。
保健室の先生は言わなかった。崇城さんのことを。
「オレたちは保健室の先生に、先輩は突き落とされたと報告した。だけど、崇城の名前は出していない。……先輩。先生には、コイツに落とされたって言わなかったんじゃないですか」
「…………」
万永さんは沈黙する。
「わけわかんねーっすよ、それ。結局、コイツに落とされたってこと、オレにしか言っていないんじゃないんですか」
國寺くんは続ける。一向に先輩は口を閉ざしている。
「……って、國寺くん。なんでそれでそういう結論になるの?」
指摘をすると、苛っとした目で一瞥される。慣れた。
「オマエのクラス、担任は特にコイツのことを聞かなかったんだろう」
崇城さんを指差す。
「うん。でも、それは当たり前じゃない? こういうとき、犯人って秘密にされるんじゃないのかな?」
「にしても淡白だろう。連絡もなく休んでるんだぞ。三年とかならまだしも、まだ一年だぜ」
そう言われてみるとそうかもしれない。
「それから、突き落とされたとするなら大きな疑問もある」
崇城さんが國寺くんを見上げる。万永さんが悲しそうに見詰める。
「先輩。どうして、叫んでからと転がりはじめるまでに時間が掛かったんですか? それに、よく、ほとんど無傷で済みましたね」
予定通りな感があるんですよね――
ぼくは思った。万永さんはきっと、死ぬ思いをしたんだと。
ぼくは思った。万永さんが無事だったのは奇跡なのだと。
「先輩は階段の上の方にいた。僅か五段ほどだったかな。突き落とされたのが前からにしろ後ろからにしろ、よくそれだけの落差で済みましたね」
万永さんは口を噤み、目をちょっと伏せた。崇城さんが自分の先輩を労わる目で見る。
「……君の言うとおり。私は、かえちゃんをはめようとしたの」