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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
64/76

第三十一話 正義に生きるための決意(前篇)

 いまは闇深き、ショッピングモール専門店街の最奥。四階南側ホール。

 スポーツショップ、シネマ、本屋と並んだ、大型店舗の集う空白の休憩スペース。


 そんな闇の中でクロスは、一人、肩に突き刺さった高枝切りバサミを抜いて、そこらに投げ捨てた。


 刃はそこそこ深く突き刺さっていたとはいえ、出血はほとんどない。

 ハードレザーのロングコートの防御効果は高い。元はただのファッションアイテムだが、上下セットで重量6キロというふざけた肉厚さはほとんど皮鎧である。


「…………」


 クロスは肩からわずかに滴る自分の血を、まるでホコリでも払うかのように手ではたき落とす。

 するとクロスは静かに考え始めた。


 イエローの事である。

 イエローは迷っている。ジャスティス・イエローという自分のあり方について。


 これまでの言葉を分析して、イエローの言葉には戸惑いが見られていた。


 それは決意と現実の解決策の齟齬から生まれるものだろう。自分は何者か、そんなありきたりな悩みだ。

 世界を守れるかどうかなどではない。そのためのイエローのたくらみは現時点でほぼ成功している。


 アメリカからの介入者である、プロフェッサーの陰謀はすでに阻止した。ヒーロー戦隊とキューティクルズが戦争状態になることはなく、ダークネスイエローという悪役の登場によりキューティクルズは正常なヒーロー活動へ移行している。

 懸念していたクロスオーバーも、イエローの強制変身解除装置による制約によって完全な成立には成っていない。


 このままダークネスイエローがキューティクルズの手によって撃破されれば、ヒーロー戦隊による技術革新は起こり得ないまま問題解決することができるだろう。


 だがその後の問題は山積みだ。


 クロスは知っている。CIAなどへのハッキングにより、ヒーロー戦隊の必殺技による技術革新が世界に及ぼす多大な影響はもちろん、人類が知り得るヒーロー戦隊のあり方となり立ち、および危険性の全てを。


 さらにはトップシークレットに含まれる、世界を滅ぼしうる【1.027個の可能性】というデータをもクロスは確認した。


 そんなほぼすべての情報を把握しているからこそ、イエローという存在の重要性をクロスは多聞(たぶん)に理解している。イエローという存在は、これからの未来にも影響する転換点なのだ。


 だが当のイエローは迷っている。果たして自分は、正義なのか、正義を名乗る悪なのか、と。


 怪人王に求められるのは、悪としての立ち回り。


 ヒーロー戦隊というものに限らず、正義の味方は倒すべき悪がいないと正常に機能しない凶悪な暴力装置(・・・・)だ。


 イエローの父、怪人王ゾシマもヒーロー戦隊との融和を模索していたが、ジャスティスレンジャーを掌握しておきながらも死を選ばざるを得なかった。その全てはこの正義の大原則に起因している。


 イエローはまだ、この正義と悪のシステムを用意している最大の要素(・・)について気付いていない。それはいずれクロスが教えるか、もしくはイエロー自身が調べて知ることになるだろう。


 だがそこで問題になるのは、イエローの心だ。


 イエローは今後もヒーロー戦隊の(かたき)役として機能し続けなければならない。そうでなければ、ヒーロー戦隊は自動的に新たな悪役を見つけようとするだろう。もし悪がいなければ、その刃は愛すべき隣人に向けられることになる。


 今回の戦いも、ヒーロー戦隊の悪役の座に空白が生まれたから発生した事件。イエローの対応が遅ければ、ヒーロー戦隊の悪役の枠にはキューティクルズが収まっていただろう。

 ヒーロー戦隊にとって、悪役の不在とは非常に危険な状態なのだ。イエローは怪人王でありながらちょっかいを出さずに見守っていたという、職務怠慢ともいえる些細な平和が、キューティクルズという敵役候補を引き寄せた。


 だが、悪役であり続けて正義の味方を名乗り続けることは欺瞞である。正義の味方を名乗りたくとも怪人王という悪の役職がその居場所を奪う。

 だからイエローは迷うのだ。自分は悪にならねばならない、と。


 だが悪役になったからには、ジャスティスレッド如きにたったの一敗もしたくない、そんなプライドがある。


 ゆえにイエローはクロスを、自分を打倒(うちたお)すヒーロー役に抜擢した。


 クロスが相手なら、苦湯を飲まされても納得できる。悪である自分を打倒すのなら、それがきっと、自分の目指した本当の正義の味方なのだから。本当の正義の味方が相手なら、負けても悔いはない。


 そんな言い訳にも似た心理が、イエローの心に巣食っている。


「…………」


 クロスは立ち構えた。そしてポケットからメモ帳を取り出し、メモをつづって、そしてなにもせずイエローを待った。


 この四階の、広いだけで何もないステージから、隠れようとすることは決してなかった。



        ▼       ▼



「……っう! ……ぐぅぅ!」


 イエローは目を覚ました。


 ショッピングモール一階のソファーの上だ。失神したのは一瞬だったような気もするが、時間の感覚はまるでない。


 イエローが上を見上げると、五階建ての吹き抜けに、割れていない天窓がみえる。それと投げ飛ばされた四階の手すりに視線を向け、ふと左を向くと枝の折れた観葉植物があった。


「やってくれるじゃねえか、クロスっ!」


 右手の薪割り斧を杖がわりにして、イエローはソファーから立ち上がる。


 すべてはイエローの油断だ。


 高枝切りバサミの攻撃を回避させ、クロスが回避不可能な体勢になるまで追い詰めて、とっておきの一撃をくれてやるつもりだった。

 だが高枝切りバサミの初撃をクロスに肩で受け止められ、逆に右フックと、吹き抜けからの投げ落としというダブルカウンターをイエローは喰らう羽目になった。


 肉を切らせて骨を断つとはこのことだ。回避してくれるだろうという先入観が、イエローの目を曇らせた。


 全身の激しい痛みはその代償。骨まで折れていないので問題はないが、全身に無数の内出血が出来ていることは確実だった。深淵の力に防御性能まではない。


「(……全身がいってぇ。だが、四階から投げ捨てられたにしては被害が軽い。強制変身装置も無傷か。……手加減しやがったな、あのクソ野郎!)」


 イエローは苛立たしく眉根をひそめた。


 クッションになった観葉植物は、クリスマスツリーにも活用される枝葉のしっかりした中型のモミの木だ。その枝を折りながらイエローは転がり、ソファーの上に落下するように計算されて、四階から投げ捨てられたのだ。


「(私とした事が軽率な行動だったか? 防弾仕様のこの装置が簡単に壊れることがないとはいえ、これが壊れたら一巻の終わりだってのに。……クロスが私の意図を読み取ってくれているのはありがたいが、手加減されるのは癪だな。……どうやってあいつをぶっ殺してやろうか)」


 イエローは激痛を無視して歩き出し、動きの止まっているエスカレーターに足を掛けた。


「(本気になってもらわなきゃ意味がねえ。この戦いは私の覚悟の為の戦いだ。私がまだ(・・)、正義の味方であるための覚悟。絶対に勝利するという、正義の流れを、私は掴まなくちゃならない。負けた瞬間から私はやられ役だ。このタイマンで勝利を掴み、私は正義の味方へと返り咲く。そうじゃなければ、私は世界を守れない。悪役として戦いながら、正義の味方として戦うのなら、どんな敵にも打ち勝つ強さが必要だ。能力ではなく、心の強さが。しっかりと教えてくれよクロス? 悪役(・・)として生きなきゃならない私に、本当の正義があるという、希望を)」


 イエローは肩に斧を担ぎ、エスカレーターの階段を踏みしめるように登り始めた。


 すると、突然めまいに襲われたように立ちくらみを起こしてよろめいた。


「くっ……! これは、接続が、切られた? 思ったより自立が早かったな」


 イエローは背後を振り返り、まるで視認できないキューティクルズとダークネスとの戦いに意識を向けた。


「(深淵王、もう自我を手に入れてくれたか? これで私とのつながりは無くなった。きちんとキューティクルズ専属の悪役になってくれただろうな? とにかく、肩の荷が下りた気分だ。これだけ段取りを組んでやったんだからもう充分だろう。あとは私の自由時間だ。しかし……)」


 イエローは二階にまで上ると、エレベーター先の床に手のひらを向けた。

 すると床に影が渦巻き、這いあがるように雌獅子のシャドウが一匹だけ現れた。


「(……深淵の力はほとんど持っていかれたか。今の私に残っている力は、この一匹だけの私の分身に、少しだけの筋力強化。もう深淵王は名乗れないか。だが、完全に無くなるよりはましかな)」


 イエローは片手で自分の肩を揉む。来るクロスとの決戦に備えてストレッチをしながら、さらに力強くエスカレーターの階段をのぼりはじめた。


「(私の今のカードを確認しておくか。自前のシャドウが一体。深淵の権限による筋力強化が少々。この薪割り斧(あいぼう)に、閃光手榴弾(スタングレネード)が一個。スティレットナイフが一本。ジッポーライターに偽装した手製爆弾が一個。可燃性の催涙スプレーが一本。それと、背中に隠した秘密兵器に。袖に隠した必殺技……。まるで武器(カード)が足りねえなぁ。特に私愛用のリボルバーを捨てられちまったのが悔やまれる。クロスはゲリラ戦をしてくるはずだから、どこかでペースを奪い返せるような逆転技が必要だが……。最悪、シャドウに持ってこさせておいた四階のガソリン缶を爆破させるか?)」


 イエローは不思議と穏やかな気持ちでエスカレーターを上っていく。

 まるで旧知の友人と再会するような微笑みを見せ、手に持った斧の刃部分を撫でながら、クロスとの決戦を楽しみそうに歩んだ。


 そしてついに、イエローは四階のホールに再び帰ってきた。


 意外な事に、ホールにはまだクロスが背中を向けて立っていた。


「……へえ。こいつは驚いた。逃げなかったんだな?」


 イエローは面食らったように言う。


 今後の戦闘の事を考えれば、クロスは闇に潜んで奇襲を狙ってくるだろうと予想していた。その方が圧倒的に有利であるし、クロスの能力的にもその戦法は合致している。


 だがそんな合理的な戦法を捨ててでも、クロスはなにをすることもなく立ち構えている。


 ゆえにイエローは思った。罠を仕掛けてやがるな? と。


「罠か? 次はどんな仕掛けで私を楽しませてくれる? 言っておくが、私はどんな罠だろうと食い破ってやれるぜ? なにせ、()ヒーロー戦隊なんだからな!」


 イエローはそう自信満々に言った。そして罠に怯えることなく一歩前に踏み出す。


 するとクロスが振り返った。


 黒いロングコートが重々しく揺らめく。互いに正面に向きあうと、イエローも足を止めた。


 するとクロスは、用意していたメモ帳の一ページを掲げて見せた。


『罠は用意していない』


 完全にイエローの思考を読み取った上での記述。


 クロスはメモ帳を手に持ったまま、どういうわけだか顔を隠していたフードを後ろに落とした。


「……なにをするつもりだ?」


 イエローは疑念を持って答える。


 クロスのやけどで黒くただれた頭部をイエローは見た。

 さらにクロスは顔を隠しているマフラーとラバーフェイスガードを取り外してそこらに投げ捨てると、筋張ってクレーターのように潰瘍の穿たれた素肌を空気にさらした。


 赤黒く、粘質な質感の焼けた地肌。剥き出しになった表情筋。頬には格子状の穴が空いており、白い歯と顎骨が見え隠れしている。眼球には白目が見えなくなるほど積み重なった毛細血管が赤く輝き、その眼はこの世のものと思えないほど闇に映えていた。


 だが、いまさらその顔をイエローが恐れることはない。


 なぜ今になって素顔をさらすのかとイエローは疑問に思っていると、クロスはメモをめくり、新たな言葉を掲げて見せる。


『これ以上 邪悪なものはないだろう?』


 クロスは頬肉の隙間から白い歯と顎骨をチラつかせて笑顔らしきものを見せると、さらにもう一枚メモをめくった。


 そのメモは短い一文ながらも、全てを語っていた。


『かかってこい 正義の味方』


 ゾクリ、と、イエローは背筋を震わせた。


 この瞬間、イエローが何者か、確定した。


「ふっ! ふはは、はははははははっ!」


 イエローは笑い出した。これほど素晴らしいと思えることはなかった。


 正義の味方、その偉大な名称が、自称ではなくなった瞬間だ。

 霧が晴れたように心がすっきりしていった。怪人王などとさほど好きでもない名称を名乗らなくてもよくなった。ずっとこだわりたかった、正義の味方として戦うということを、認められたのだ。


「そうか! 邪悪を名乗るってんなら、私が処刑してやるっ! 正義の味方がやってきたぞっ、恐れおののけこの悪党っ!」


 イエローは昂ぶった心持ちのまま駆け出した。片手に握った薪割り斧をジャスティスアックスであるかのように肩に担ぐと、雷電の如き熱したテンションのまま無策でクロスに振り下ろす。


「うおおおおお!」

「ヴォォォォォォ!」


 当然、その斧はクロスに手の甲で弾かれた。斬撃がむなしく空を切った瞬間、クロスの左フックがイエローの頬を貫く。


「がっ! ……くはははははっ! あはははははは!」


 イエローは楽しげに笑い、切った唇から流れる自分の血の味をかみしめながら、前蹴りを放った。

 だがその蹴りも足首を掴まれ、クロスに持ち上げられると、イエローは後方に転倒した。


「うっ!?」

「ヴォォォォォォ!」


 クロスは掴んだ足を振りまわし、低空のジャイアントスイングでイエローの体を浮かばせる。


 イエローは僅かに地面から浮き、一回転半したところでベンチの堅い鉄柱に頭部を叩きつけられた。


「ぐぁっ!?」


 乾いた金属音が大きく響く。

 イエローの側頭部から血が噴き出した。


「ウゥゥゥ、オォォォォォォ!」


 クロスはさらにイエローの足を掴んだまま、地面に転がっていた金属バットを攫うように掴み上げ、イエローの頭蓋骨目掛けて勢いよく振り下ろした。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 途切れかけた意識の中、イエローは本能的に斧を振り払って金属バットをはじく。


 さらにイエローはとっさに地面を左手で押しのけて体を浮かし、掴まれた足首を支点にして体を引き上げると、見事クロスを飛び越える勢いで跳躍した。


「グッ!?」


 クロスはイエローのキックを金属バットでガードする。

 

「わははははは!」


 イエローは僅かによろめきながら少し離れた場所に着地すると、間髪いれずに駆け出して肩をめがけて斧を振り下ろした。


「ヴォォォォォ!」


 だが斧の攻撃はやはり途中でクロスの手に受け止められ、逆にクロスの拳がイエローの顎に叩きつけられた。


「ぐっ!?」

「オォォォォォ!」


 クロスは金属バットを手放すと、イエローの首根っこを掴むみ力強く締めあげる。


 イエローの体がゆっくりと持ちあがっていく。


「ぐっ! ぐぅぅぅぅ!」

「ウォオォォォォォォ!」


 イエローがクロスに反撃する間を置かず、クロスは背負い投げというにはあまりにも粗雑な投げ落としで、イエローを四階ホールの真ん中に叩きつけた。


「ぐぁっ!」


 イエローは受け身すら取らせてもらえず背中から落ち、肺から空気をはじきだして、視界には火花を散らして背中をよじらせた。


「……フゥーッ!」


 クロスは格子状の頬から勢いよく蒸気を吹かせ、一息つく。


 イエローを投げた姿勢からゆっくりと姿勢を整えると、クロスは地面を転がるイエローを見下ろした。


「ぐぅっ!」


 イエローも仰向けから両手足を付いて起き上がると、即座にクロスに向き直った。


「……」


 クロスはすぐに追撃することなくイエローの様子を見ていた。

 するとクロスはイエローに対して、挑発するかのように手のひらを上に向けて、指をクイックイッと引いて見せる。


 その様子が、イエローを例えようのないほど喜ばせた。


「……くくくく! ハハハハハ!」


 イエローは楽しげに笑った。

 まるで勝てない強敵が目の前にいることが、あまりにも楽しくて仕方がないのだ。


 勝ちたい。心からそう思える。


 忘れかけていた情熱。理解者の胸を借り。勝つためには手段を選ばなくていい。邪悪な悪役を打倒す正義の味方に、イエローは戻れる。


 イエローは斧を捻じり切らんばかりに強く握りしめ、前傾姿勢で斧を一振るいし、クロスに対峙した。


 見た目だけなら憤怒の化身のようなクロスの表情に、笑顔らしきものが浮かんでいた。


 イエローは切った口の中の血を笑顔で噛み締め、一歩を踏み出した。


キャラクター紹介一覧も作成していたため今回は短め

(後編)のクロスさんとイエローのいちゃラブはまたの機会に持ち越し


キャラクター一覧は近日中に公開します

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