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あの時の君は  作者:
13/13

あの時から僕は

 僕の上に乗っかって荒い息を吐き続ける男を、僕は上っ面の言葉だけで“恋人”と呼んだ。


「愛してるっ、愛してるんだっ!マナト!!」


「うぁっ……ぁ、う……ッ……ん!」


 声にならない声で応えてみるけど、やっぱりそれは言葉にならなくて、どうしようもないもどかしさを僕の中心にもたらしてくれる。

 なんだって僕がこんな不幸を象った目に遭わなきゃならないの?

 僕がなにしたっていうの?

 ただ僕は、僕に劣りまくっている弟から不釣り合いなものを奪っただけだっていうのに。

 ううん、違う。

 何も自慢になるものさえ無い哀れな弟に身分不相応なものをあるべき所に収めただけの話じゃない。

 それなのに、どうして……どうして………こんなことに…………。


「俺以外のヤツのことを考えてなかったか?マナト……」


「ひっ!ち、ちがっ……ちゃんと、ヨウのことを考えてたよっ……!」


「嘘を吐く悪い子には、お仕置きだな」


 ぐ、と。まるで息を塞ぐような苦しいだけのキスをしかけてきたヨウは、僕から血液を全てかっさらうかのようにして体温と精神的余裕の残りカスを奪っていく。


 ……ぐ、ぐるしっ……やだぁ……死にたく、死にたくなっ……!!


「ッ!?ゲホゲホッ!ウゲッ……う、グフッ……!ガハッ!!」


 もう落ちる!っていうタイミングに合わせて、僕の呼吸が楽になった。

 ああ、でも、ヨウはこれだけで済ませてくれない。

 誰か、誰か!


「マナトには俺だけだよな?そうだよな?」


 もう僕の様子すら認識しなくなったヨウは、身勝手にもそんな言葉を吐いた。

 冗談じゃないよ。僕は全てにおいて上等に位置する男のものなんだから。

 ヨウ程度な男じゃ、満足出来ないんだよ!

 そもそも、僕がこんな男に捕まっちゃったのだって全部全部カヤトが悪いんだ!

 カヤトさえ、ヨウと付き合ってなければっ、今頃はあのヒョウ君とだって……!!


「俺しか見るんじゃねぇ!!」


「ひぃいぃっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 ああ、今の僕ってホント……惨め。


     ●


 思い起こせば、昔っからカヤトは全部僕のものになるべくモノばかりを周囲に置いていたな。

 まるで僕に媚びへつらうようにして、美味しいモノばかりを選んでくれるから本当に便利な弟だったよ。

 両親の愛情もそうだけど、それ以前に交友関係や実績うんぬん。

 全部僕の手柄にしてカヤトの存在を認めてあげてたんだから感謝して欲しかったくらいだってのに、いつの間にかカヤトはまた美味しい得物に気に入られちゃってて。

 それを有効活用してあげてた僕を出し抜いて、さっさと自分はいい男をゲット?

 間抜けで鈍くさくて、僕の数十歩も後をノロノロ歩いているようなカヤトには、そんなのもったいないだけでしょ?

 ちょっと優しい仕草と表情で近付いてみれば、ほら、やっぱり僕目当ての人間だったじゃん。

 付き合えたからって調子に乗っていた罰だよ。


 ……お前はカヤトと違って可愛いなって言葉も僕のための言葉だし。


『それって外見だけにしか価値がないってこと?』


 ……お前はカヤトと違ってとっても抱きたくなるような身体をしているって褒められたし。


『それって身体目当てだよってこと?』


 ……マナトの脳内全部を俺で埋めたって、誰も怒らないだろ?って甘い言葉も言って、抱き締めてくれた。


『それってお前の脳って何も考えてない空っぽだってこと?』


 ほら、全部全部……僕の……ぼく、の?


     ●


 見たくない現実から目を背けて辿り着いた先がヨウの腕の中だなんて。


「一生、俺とマナトは一緒だ」


 恐ろしい声と言葉が、僕の全身を覆い尽くす。

 やめて、もう苦しいんだと泣き出したい衝動を僕は賢明に無視し、ヨウの腕に縋り付く。

 不幸な僕なんて存在しない。

 かわいそうな僕なんて、大丈夫……存在してないから。

 ぶるぶる震えが止まらなくて、ヨウの体温をちょっと分けてもらおうと思ったけれど、こんな男の体温なんてまっぴらごめんだと冷静に吐き捨てる自分が僕の中にはあって。


「好きだ、愛してるんだ……マナト………」


「ヨウ……も、やめよ?二人で外で思いっきり遊びたいし、ゆ、遊園地だって……そ、そうだ!最後に観覧車に乗って夕日見よう!ロマンチックだし、良い思い出に………」


 良い思い出になるって続けようとしたのに、ヨウの顔に張り付いた冷たい微笑みに思わず息をのんで、止めてしまう。


「よ、ヨウ……?」


「駄目だ。駄目だよマナト。遊園地だなんて、そんな危ない場所」


「え?」


 点検不備で事故に遭ったらどうするのか。

 マナトの命が消えてしまったら、もう俺は生きていけない。

 だから二人で家の中に居よう。


「じゃ、じゃあ水族館は?それだったら……あんし……」


「薄暗い中でマナトを襲うような輩が現れたら?その時俺が運悪くいなかったら?マナト、そいつらに汚されちまう。そんなことはさせねぇ……させるもんか……俺の、俺だけのマナトであればそれで良い………」


「ヨウ……なに言って………」


 徐々にヨウの身体が小刻みに震え始めた。

 どうしよう。分からない。

 一体何がヨウの中の地雷を踏んでしまったのかが。

 僕がこんなにも妥協妥協で提案してあげてるってのに、なんて自分勝手なんだろう。

 一時でも熱を上げていた自分がとても恥ずかしいよ。


「も、嫌だ!なんでいっつも僕ばっかりがヨウに従わなきゃいけないのっ!?もう限界!こうなったらお父さんとお母さんに言って別れてやる!」


 こっちにだって我慢の限界ってのがあるんだから!

 誰かの思い通りになる僕なんて、僕じゃない!


「く、くくく………マナト。それ、本気で言っているのか?」


「なっ、ほ、本気だよ!僕は怒って……」


「じゃあ、携帯で両親に電話してみると良い」


「……?」


 なんでだろ。すっごく……すっごく嫌な予感がする……。

 背筋が冷たくなるのを敢えて我慢し、僕は貪り尽くされた身体を引きずって鞄からスマホを取り出して、家に電話を掛けた。


『プルルル………プルルル………』


 ……?


『プルルッ……ッ……おかけになった電話番号は、ただいま………』


「え?うそっなんでっ!?」


 この怒りに任せてな感情でヨウから解放しようと思って掛けた一筋の希望の光は、呆気なく僕の前から姿を消した。

 いや、消されたっていうのが、本当かな。


「お前の両親はお前をこの世に産み落としてはくれたけど、俺から唯一マナトを取り上げることが出来る存在だったからな」


「あ、あぁ……あああっ………」


 僕の父さんが経営していた会社の取り引き先を全部ヨウの両親が経営している会社へと移行させたから……面白いくらいに父さん達の会社は傾いて行って………。

 そんなことを嬉々として語るヨウを見詰める僕の瞳には、もう光が消えていったに違いない。

 だって、こんなにも幸せそうな顔をしているヨウを見るのは、はじめてだし。


「ほら、な。お前を幸せに出来るのは俺しかいない……いないんだ」


「ヨウ………」


「今頃はどっかで身でも売らされているんじゃないか?力の無い親ってさ、マナトには似合わないだろ?な?」


 ……力があるかないか……で、僕の愛情はすぐ左右されると思っていたんだ。


「だから俺は力を手にしただろ?お前が望む。最高の男ってヤツ」


 ……うん。最高の、飾り道具。


 けど、流石にお母さんとお父さんにあ愛情を持っていたよ。

 僕をめいっぱい可愛がってくれてたし、僕だけに愛情を注いでくれたから。

 あれ?でもそれって、一つ違えば僕がカヤトの……あんなみすぼらしい存在になってたかもしれない?

 僕が可愛い顔で生まれたから。

 僕が甘え上手な性格をしていたから。


 ……だから愛してくれてたんだ。


「は、はは………」


 カヤトは、昔から全てを僕に取られっぱなしだった。

 それでも、カヤトは一度として僕を他人のようには見ていなかったっけ。

 例え守ってくれるような存在じゃない“兄”としては不出来な僕を、カヤトは、カヤトだけは、兄として見てくれていた。

 それを僕は知っていて、知っていて。


「弟の存在も、お前の意識内に入っていたから、邪魔だったんだ……もうお前の全ては、俺に、俺にっ……!」


 僕を責め抜く気持ちの悪い男の顔は、きっとカヤトを虐め抜いていた頃の僕とそっくりだろう。


     ●


 まぁ、これでいっか。

 カヤトは、僕っていうヨウのような存在から解放されたんでしょ?

 だったら僕はもう家族誰一人としていない、本当の独りになったワケだ。

 ふふ、強かで狡賢い、見目の良い男が大好きな僕はきっと、ヨウから逃げ出せる筈だよ。

 でもって、本当の独りってヤツを思う存分に満喫してやろうじゃない。


「僕は、ヨウだけだよ」


 嘘を吐いて吐いて、そしてしくじっちゃった時……ヨウか僕のどちらかが死ぬ時は耳元でそっと囁いてやるんだ。


『本当に愛していると、思っていたの?』


 って、ね。




end.

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