表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第五章 終わりの始まり
41/121

さようなら

数時間後―――


「乾杯!!」


 スラムの教会(この場合は役所)で凱旋したブリギッテら神官兵らは密かに祝杯を挙げていた。生真面目過ぎるリヒテルは節制を好み、戦勝祝賀会など開かない。あまりにも人的被害が大きく、言祝ぐ気が起こらないというのが理由だが、享楽でもって悲しみを吹き飛ばそうとする神官兵らは甚だ不満であった。

 彼らは長である竜司祭長ブリギッテに催促し、彼女は喜んでそれに答えた。その結果が現在の騒ぎである。並べられた料理や飲料は特別豪華というわけではないが、量が多い。大凶作による食糧不足が叫ばれている昨今だが、そんなことは彼らの知ったことではなかった。


「私は約束を守る女だ、好きなだけ食い、好きなだけ飲め、安心しろ、支払いは私が持つ!!」

「さすがは竜司祭長!!」

「ヤッホォォォ!!」


 狂喜乱舞する部下を見てブリギッテはご満悦だった。その笑顔は現在の会計を提示してくる御用商人相手でも崩れない。


「申し訳ないですが、一度会計を済ませてはいただけませんか。いえ、英雄殿を信用していない訳ではないのですが、こちらもあまり持ち合わせがなく、食材を仕入れられないのです」

「そうか、それは仕方がないな。どれどれ……っ!!」


 表情は変わらなかったが、ブリギッテの胃が突然冷たくなった。もしかすると酒の飲み過ぎかもしれない。


「……即金でいただきたいのですが」

「ツケて置け」

「はい?」

「お、お前は英雄殿に対する態度がなってないぞ。大丈夫だ、必ずいつか払う。スヴァルト共を倒し、金銭を巻き上げてやろう、ふははははは!!」


 高笑いでごまかそうとするブリギッテだがアールヴ商人がそんなことで引き下がる訳がない。それではリヒテル様に請求します、との捨て台詞をブリギッテは聞かないふりをした。つまりは問題を先送りした。


「よし、今日はとことん飲もうか……」


 引き攣った笑いを浮かべつつ、部下の下に戻ろうとする。宴席はたけなわで笑い合う彼らは二週間ほど前にハノーヴァー砦で死闘を演じたなごりは微塵もない。だがそれでいいのだ。根暗な副頭領のようにいつも戦争のことなど考えられない。酒におぼれて何が悪い。仲間の死に顔を忘れるには快楽しかなかった。

 やや興ざめしてしまったブリギッテはどことなく不機嫌そうに杯を掲げる。自分に酒を注ぐのが面倒臭くなったのだ。誰かしてくれないかな、怠け者の本性がチラチラ見えるなか、薄布を巻いただけの幼女がゆっくりとエールを注ぐ。


「お、お相手を務めさせて……ます」


 緊張して噛んだのか、名前が聞こえなかった。彼女らは司教府が飼っている少女奴隷である。スヴァルトと違い、アールヴには奴隷階級は存在しない。故に彼女らの扱いは奉公という形となる。神官らに奉仕し続け、年季が開ければ晴れて自由の身となるが、その割合は一割を切る。

 なんだかんだ理由をつけられる。あるいは奴隷商人に転売されて約束をうやむやにされる。この前など誰が考えたか知らないが、武器を持たせて殺し合いをさせたらしい。さすがに良心の呵責を感じたのか一人だけ自由の身になったそうだがそんな幸運など稀である。

 それでも幼い彼女は儚い希望を信じているのか、ブリギッテの関心を曳こうと盛んに膨らみかけの胸を押し付けて来る。その努力はどうあれ、しかし悲しいことにブリギッテにその手の趣味はなく、抱き枕にはしても性的な対象には見れない。よしんばあったとしても彼女には手を出せない切実な理由があった。


(もし、この子に手を出してヴァンにそのことを知られたら……)


 直接聞いたことはないが、鉄の首輪をつけているヴァンが奴隷あがりである可能性は高い。同じ奴隷を慰みものにしたら良くは思わないだろう。半日ぐらい説教を受けたるだろうか。いや、それよりも確実にリヒテルに報告がいく。生真面目過ぎる彼の報告はそれはもうブリギッテの人格を否定するような苛烈なものとなるだろう。直接弁明できない分、余計にたちが悪い。


「どうしたのですか、好みにあいませんか?」


 思い悩んで酒が止まったブリギッテを不審に思い、宴会の幹事を務めていた神官が近寄ってきた。彼は文官だ。この教会の長であり、奴隷たちの管理者なのだろう。ブリギッテにすり寄る少女が一瞬、びくりと震えた。


「いや、私、小さい子が苦手なんだ。ほら、ちょっと力を入れると怪我させてしまいそうで……」

「怪我をさせても別にかまわないのですが……替えの者はすぐに用意できます」


 少女を完全に物扱いした神官の台詞は、日和見主義のブリギッテの勘に触った。さすがに看過できなかったのだ。とはいえテレーゼのように暴力に訴えたりはしない。不機嫌そうに黙り込み、神官を無視するに留めた。

 神官はどうとったのか知らないが、そのまま話を続ける。


「遠慮などいりません。彼女らは全てグレゴール司祭長からの供物です。どのように扱おうと構いません」

「悪いけど、この後、私はこの後用事があるんだ。他ならぬ司祭長に呼ばれていてね」


 司祭長主催の追悼を兼ねた会食は秘密裡に行われる事となっている。時刻は秘匿性を重視するために未定。理由には一理あるもの、どこかきな臭い匂いを感じていたブリギッテは乗り気ではなかった。

 あの、バルムンクを罠に嵌めるために部下を殺してその罪を擦り付けた老人が追悼式を行うというのも信じられない。よって呼ばれない限り、彼女は時間ギリギリに向かうつもりでいた。無論、嫌がらせである。


「残念ながら会食は中止となりました。あの、リヒテルに気付かれたとか……」

「一応、様をつけろよ。どこで誰か聞いているか知れないぞ……まあ、私も人の事は言えないが……って中止?」

「そうです。あの盗賊に嗅ぎつかれました。盗賊……数百年に渡ってこの国を支えてきた我らにとっては野良犬に過ぎない男に」


 早口で自身の主張を述べる神官からは自己陶酔の香りがした。ブリギッテは酔いが急激に覚めるのを感じた。エルベ河での戦いで船に鎖を巻きつかれたときのような危機感が体を駆け巡る。


「この国は我ら神官の物です。スヴァルトでも、ましてやバルムンク如き盗賊のものでもない」


 神官の瞳はひどく倦んでいた。決して光の当たらない、地の底に潜む怪異。彼らはいつの間にか闇こそが楽園であると信じてしまった。

 戦勝の後、市民の祝福を浴びたブリギッテ達の選ばなかった、否、偶然進むことのなかった道を歩んだ者。コインの表裏、彼はブリギッテ達のもう一つの未来の姿であった。


「少し、話を聞かせてくれないか?」


 自分でも驚くほど冷たい声が出ていた。いつのまにか教会の快活な空気は一変していた。 


*****


「準備が整いました」

「よし、慣れない環境だが怯むなよ、もはや我らに残された道はこれしかない」


 リューネブルク市近郊、そこに先の攻城戦で無念に散ったボリスの生家、ゴルドゥノーフ家の騎士らが集結していた。領地の農奴一揆を鎮圧し、意気揚々と同市を攻略する準備を進めていた彼らに届いた当主ボリス戦死の報。嫡子はいない。残されたのは妹姫一人、だが女は戦場に出られず、家も継げない。

 団結していたスヴァルト軍は四散し、それどころか臣従を誓っていた諸侯はこの断絶の危機に付けこみ、領地の切り取りにかかったのである。残された手段は今やスヴァルト共通の敵リヒテルを殺し、その功績でもって大貴族より婿養子を迎えるしかない。

 かなり甘い希望である。広大な侯爵領を守り切れる人物が都合よく婿に来るはずがなく、それよりも同家を断絶させ、分割統治する方が現実的である。負担が分散され、何より皆が納得する。だが彼らは我らが父、ウラジミール公を信じていた。かの王ならば我らの嘆願を聞いてくれる。ただ功績さえあれば、リヒテルの首があれば家は守られる。


「感謝する、騎士セルゲイ殿。まさかこのような方法があるとは……これで奴らの眼前に躍り出ることができる」

「いや、全てはグスタフ卿の策……我らムラヴィヨフ家は何もしてはおりません」


 ハノーヴァー砦攻略戦で敗れたムラヴィヨフ家の私兵団は船で河を南下し、ぐるりとバルムンク勢力圏を東回りに迂回して領地に戻ることにした。その途上で彼らと遭遇したのだ。否、遭遇するように計画されていたのだ。グスタフによって。

 セルゲイの表情は暗かった。本来ならば彼は加勢したかったのだ。侯爵家と伯爵家は親戚同士。ムラヴィヨフ伯爵家はたまたま嫡子がいたからいいものの、一歩間違えれば立場が逆転した可能性も大いにある。明日は我が身、であるならばここで手を差し伸べるのは騎士の義務ではないか。


「気持ちだけでも助かるというものだ。卿の領土では未だ農奴の反乱が起こってはいない。急ぎ、準備を進めるのだ。幼き当主を危機に晒してはいけない。我らのようになるな」

「……ローベルト殿」


 大凶作を発端とした穀物不足はムラヴィヨフ家の領地をも静かに浸食している。ましてや500人もの難民を抱え込んでしまった分、食糧の減りも早い。遠征の余裕はもうないのだ。いや、遠征どころかこのままいっても……その先を生真面目なセルゲイにしては珍しく考えないようにした。


「ウッラー、ヴァール!! 我らが祖、不死王シグムンドの加護のあらんことを……」


 死地へ向かう同志をセルゲイは無念やるかたない視線で見送った。


*****


数時間前―――


 バルムンク連合軍の凱旋は市民の歓喜で彩られている。仇敵スヴァルトを打ち破った勇者を讃える声は市全体に響き渡り、人々はパンと塩を手に持って、歓迎していた。

 先頭を行くのは今まで蔑められていた神官兵達、白地に蒼い線が入ったサーコートをはためかせ、港から司教府への道をゆっくりと進んでいく。この祝福をどこか恥ずかしがるようなはにかんだ表情は彼らにとっての最大級の喜悦であった。


「……虐殺の情報が拡散するのが早いな」


 そんな彼らを遠目に、ヴァンはスラムと市街を隔てるエルベ川のほとりで冷静に市民の様子を観察していた。混血である彼は凱旋には参加しない。それどころか司祭長グレゴールの動向に警戒して市壁を乗り越えるという非合法な手段で市内に潜入していた。

 多額の金銭を支払われた守備兵はヴァンを見逃し、知らぬぞんぜりを貫いてくれるだろう。これが例えば褐色の肌を持つスヴァルトの間者でも同じ対応したかどうかは分からないが、兵達が弛緩しているのは間違いない。

 称えられる神官兵も中身は変わらない。ただ外見だけを取り繕っているだけなのだ。スヴァルトの非道、ヒルデスハイムの虐殺の〈偽〉報はヴァンの予想を大きく上回る速度で広がり、市民はようやく自分達がどのような危険に晒されていたかを理解した。そしてミハエル伯を倒したバルムンクを称える。

 最もミハエル伯を倒したファーヴニルらはハノーヴァー砦の城壁に押しつぶされて大部分がヴァルハラへ旅立ち、今目の前にいるのは二軍同然の神官兵なのだが、無論バルムンクはそんな都合の悪い情報を流すような真似はしない。


「別について来る必要はないですよ」

「じょ、冗談ですよね、あはは。市民がなんて言っているのか知っているでしょう。非道なスヴァルトに死を、ですよ。一人でいたら何をされるか分かりませんよ」


 ヴァンの後ろをアマーリアがついてきていた。仮面とマントで極力、混血の証たる小麦色の肌を隠すその姿は、臆病で弾圧されることに慣れた彼女らしい。だがそこまで市民を恐れながらもヴァンの隣に並ぶことはしない。隣にいるのは不死兵となり、ヴァンの傀儡とかしたアンゼルムである。

 人格を消失した彼は思考することがなく、アマーリアのようにヴァンを恐れることもない。ヴァンの最も忠実なる〈部下〉であった。


「これから私は司祭長の下へ行きます。あなたはどうしますか?」

「勿論、私も行きます。司教府まで行けばとりあえず襲われることはないですから」

「本当にそうでしょうか」


 ヴァンはリヒテルにバルムンク頭領アーデルハイドの暗殺の旨を聞かされている。そして現在、司教府は司教代行の地位にいる彼女の支配下だ。本来ならば司教不在の際は文官の長である司祭長が代行を務めるのだが、かの老司祭長は謙虚にも断っていたのだ(ヴァンはいざという時、責任逃れをするためと推測)。

 暗殺を試みる人物がその危機を察知していない保証はない。既に司教府は敵地だ。逆にヴァンが暗殺されても不思議ではなく、そんなところに戦闘力のないアマーリアを連れて行けるわけがない。ヴァンの肥大化した猜疑心は辞書から油断や慢心といった言葉を消去していた。


「あなたは司教府へ行かせません。今日からはここで生活してもらいます」

「ここは……」

「銀の雀亭です。」


 そこはかつてバルムンクが本部としていた酒場であった。店主であるリヒテルも、店員であるヴァンもいなくなり、常連であったファーヴニルらもまた今さらスラムなどにやっては来ない。一月も経ってはいないはずだが、どうやら家主であるアーデルハイドもこの家に未練はないらしく、中に退廃とした空気が充満していた。何日もの間無人であったのだ。


「あなたにはここを管理する権利(所有権ではない)を与えます」


 誰からも見捨てられてしまったこの廃屋はそれでもバルムンクの所有物であった。手を出した者には持ち主であるバルムンクの粛清対象となる。目端の利く賊ほど忌避する。


「加えて、ブリギッテ竜司祭長いお願いして侍祭の職を用意しました。統治階級である神官に危害を加えることは重罪。市井の人間もこれであなたにそうそう手は出せない」


 淡々とヴァンは奴隷である混血の少女に対して破格の待遇を提示した。安全な住居に確かな職。今、彼女は社会に生存権を与えられたのだ。だがそれを聞いてもアマーリアの顔は固い。まるで鉛を飲んだように、丘に挙げられた魚のように苦悶の表情を見せていた。


「少し早いですが退職金です。ここでお別れしましょう」

「あはは……やっぱりヴァンさんは私がお嫌いだったんですね? それとも憎んでいるのですか?」

「そんなことはありません。私はあなたが成したことに当然の代価を支払っただけです」

「いえ、そんなことはないはずです。私はあなたを裏切りました。助けてもらいながら命を狙い、し、司教府では拷問までかけて……」

「恨んではいません。それに食事に細工するのは拷問ではありません。あの程度では……拷問とは呼べない」


 恨んでいないのは本当だ。ヴァンはアマーリアを信用していないが、本当に恨んではいない。彼女の裏切りはブリギッテのそれと違い、バルムンクを直接害するものではなかったからだ。あくまでヴァンに対する裏切り。それは憎悪の対象ではない。

 そしてもう一つ、ヴァンもまた同じ混血なのだ。同じ苦しみを知るが故にわずかながらも同情の念はある。過剰な代価は彼なりの配慮でもあるのだ。決して口には出さないが


「で、でも……」

「何度でも言います。他意はありません……それともまさか、これで不足とは言わないでしょうね」


 瞬間、アマーリアの顔が羞恥と怒りで真紅に染まる。今のは明らかに挑発であった。テレーゼならば宣戦布告ととる。それより理性的なリヒテルでさえも看過しないだろう。平手打ちでも飛んでくるだろうと身構えたヴァンだが、アマーリアは幾分かの後、ゆっくりと握りしめた拳を解いて、全身から力を抜いた。腰が砕けたように倒れこむ。


「殴りかかれないのです、怖くて。もし殴ってヴァンさんの気が変ったらどうしよう。侍祭の職がなかったことにされたら……この酒場に住めなくなったらどうしよう。そんなことを考えると手が出ないんです」


 伏せた顔の表情は髪に隠れて見えない。その合間から滴が垂れる。泣いているのだろうか……ヴァンはあえて気付かぬふりをした。


「醜いです。浅ましいです。自分が嫌になります。あはは、剣一本で生きるファーヴニルになればこんな自分を変えられますか。今から修行すればなれますか?」

「……無理だ」


 引き絞るような声でヴァンが呻いた。ファーヴニルに限らず、武を司る世界は非情である。体格、反射神経、柔軟な身体……生まれ持った才能。剣を教える師、学べる余裕、切磋琢磨できる相手……環境。努力は必要だ。だが努力など誰でもしている。同じ努力をしたのならば才能など本人の介在できない要素で優劣が決まる。努力では決して越えられない壁が必ずどこかにあるのだ。学問との大きな違いである。

 血が滲む努力を繰り返し、それでも天与の才に敗れ、むなしく躯を晒したものの何と多いことか。だがアールヴならばまだマシである。職業選択のないスヴァルトでは、武門に生まれた虚弱児は間引かれるとも聞く。

 翻ってアマーリアは武人を目指すには遅すぎた。未だ十代半ばであるが、それでも遅すぎるのだ。食うや食わずの生活の結果である痩せっぽっちの身体。まったく磨かれなかった感性。その臆病な性格。何もかもが足かせとなる。武を目指してはいけない人間なのだ。


「そうですか……やっぱりそうですよね」

「……どうやら迎えがきたらしい。もう行く」

「はい……いってらっしゃ、いえ」


 アマーリアは言葉を途中で切り、顔を伏せてしまった。その続きをヴァンは待たない。すぐに外へと向かう。

 銀の雀亭の入り口で待っていたのは、ヨレヨレのチュニック(上着)と毛皮のローブを自己流に着崩した二十歳ぐらいの女性であった。全体的に堕落した雰囲気がにじみ出ている。だが薄汚れた印象がなく、髪も小ざっぱりとしたものだ。小金で雇われた貧民の類ではない。


「僕の名前はツェツィーリエ、これでも医者だ……おっとこれは今、関係なかったね」

「ええ、関係ありません。さあ、先導してください。会食に遅れてしまう」


 ヴァンは振り返ることなく、入り口に向かう。背中に向けられた視線は考えないようにした。彼女はどのような目で見ているのか、ツェツィーリエは呼び止める。


「彼女を置いていくのかい。君とは只ならぬ関係にあるようだけど……」

「清算は終わった。これ以上は彼女が損をする」

「損得とは何を指していうのか、目に見える物だけが利害とは限らないだろうに。まあ、男女の関係に口を挟むほど僕も野暮ではない。会食にお連れしよう、皆待ちくたびれている」


 ツェツィーリエの動作は隙だらけだ。戦闘に関する訓練をまったく受けていないのだろう。ヴァンは安心しつつ苦笑した。自分はもう末期であるらしい。周りの全てが敵に見えて仕方がないらしい。

 アマーリアもまた敵だ。決して傷つけてはいけない敵。自分があるいは迎えるはずだったもう一つの未来。せめてまともな人生を送るがいい。自分の分まで……

 

「あはは、さようなら」


 それが断絶であるとヴァンは悟った。これで二人目。何もかも切り捨てていく人生。だがそれでいい。目指すのは破滅へ至る道程。その地獄の先には確かに一つの安息がある。そこを目指してヴァンは歩いていく。決して物怖じすることなく、淡々と……。


ツェツィーリエの一人称を差別化のために私から僕に変えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ