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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第五章 終わりの始まり
42/121

あの頃を思い出してください

数日前―――


 ヒルデスハイムのファーヴニル(盗賊)は馬の生産地が近いこともあり、乗馬が出来てこそ一人前であった。羽飾りつきのベレー帽にスラッシュの入った袖、左右非対称のズボンに派手な彩色の服。頬には傷があり、顎には立派な八の字髭。

 弱者を虐げる悪党にまるで宣戦布告をしたように奇襲をかけ、慌てふためく奴らを皆殺しにし、武器と食糧、そして奴隷にされていた女を奪い返す。女達は彼らファーヴニルを祝福し、ぜひ夫にと詰めかける。だが彼らは流浪の身。キスだけを受け取り、再び荒野に帰るのだ。

 偉大なる民衆の味方、ファーヴニル。いつか戦いの果てに力尽きる時、胸に去来するのは助けた弱者と女の笑顔。望んでそれでも得られぬ夢、それを信じた少年は叶えられるまま老人となり、そして民衆が彼らを本当は恐れていたことにようやく気付いた。

 老人の名はエルンスト・バーベンベルク。ヒルデスハイムの現支配者である。


「さすがはヒルデスハイムの狼男、いや、その地方に限定した呼び名でさえまだ不足だ。ここまで各地のファーヴニル組織や傭兵団が応えてくれるとは思いませんでした」

「何、少し飲み仲間に声をかけただけじゃ。あいつらは酔狂な奴でのう。まるで昼飯を取る感覚で戦場に赴く」


 エルンストに対面するのはバルムンク副頭領にして今や西北地方の支配者、リヒテル・ヴォルテール。戦力増強を画策した彼は各地の傭兵団とファーヴニル組織に募集をかけた。 

 基本的に尚武なスヴァルトは自分達以外の武力を他者が持つことを嫌う。治安維持を兼ねている神官兵を廃止にはできないが、その分、ファーヴニルや傭兵に対する締め付けは厳しい。ミハエル伯がバルムンクに行おうとしたように弾圧するなど序の口、構成員を皆殺しにすることさえある。

 傭兵に関しても、この十年間でおよそ十万人以上(法王府調査)が奴隷階級に落され、逆らった者は磔にされた。当然、彼らの怒りはすさまじく、バルムンクの蜂起成功に合わせて各地で反乱を引き起こしたのだ。その大方は計画が稚拙で、強大かつ強固なスヴァルト軍に鎮圧されたが、リヒテルが各地で知られた(最も、その半分は女性関係でのトラブルによる悪名だが)エルンスト老の名で広げた募兵は彼らに一つの指針を与えた。

 曰く、バルムンクを頂点としたアールヴによる独立国家の建設。その希望を鎹として盗賊と傭兵は一つにまとまりつつある。


「恐らく、一カ月以内にグラオヴァルト法国、この西北地方に万の軍勢が集結するでしょう。そのぐらいの数があればいかに強力なスヴァルト貴族であっても手出しはできない。これで当面の平和は確保される。後は……」

「身内の粛清じゃな」


 リヒテルの計画は完成を見ようとしている。神官兵を味方につけてミハエル伯爵を打倒、隣接するヒルデスハイム司教区と合併するためにハノーヴァー砦を攻略。犠牲は大きかった。失ってはいけない者を失った。だがその代わりに戦わねば手に入らなかった物を手に入れたのだ。

 決して奪われることのない自由と安寧。孤児たちが理不尽な死を受けなくてもいい社会。親がいないのであれば私が養父となる。一人立ちできるように食べ物と家、そして戦う術を与えよう。昔、姉であるアーデルハイドに全てを守ることはできないと忠告されたことがある。それは真実だ。私は神ではない。全てを守ることはできない。だが、抱きしめるその腕を外に広げることはできる。


「アーデルハイドと、グレゴール司祭長率いる裏切り者たる文官を抹殺する。感情的には日和見主義のブリギッテら武官も粛清したいところだが、彼女らは今や軍の要、先の戦争では少なからず犠牲が出ている。看過すべきだろう」

「……できることならば犠牲は少ない方が良いのじゃがな。隠居を進めるわけにはいかないのかのう?」

「……アーデルハイドはあのグスタフの傀儡となっている可能性があります。あの男は危険だ。例え隠居のみであっても彼女をうまく使うでしょう。我々を破滅させるために」

「そうじゃな。殺すしかあるまい。すまん、いつかお主の姉を共に誅しようと誓っておきながら不甲斐ない有様じゃが、この頃、人を殺すのが恐ろしくて仕方がないのじゃ。わしがもっとおとなしくしておれば、わしの息子たちは殺されることはなかったのではないか。そう思えて仕方がない」

「あれはグスタフの策略です。あなたが何をしようと抑えられたわけではない」

「慰めてくれるのか、本当にお前は優しい」


 エルンスト老は老いていた。五十に近づき、年齢的には老人と呼んで差支えないものの、息子たちの死を知る前は老いに逆らう気概があった。服装に洒落っ気があり、女を口説き、酒を嗜む。

だが今の彼は本当の老人だった。思い出に浸り、過去にばかり目を向ける彼はひどく〈罪〉を恐れた。己の罪が現在の状況を生み出したとして贖罪を求めているのだ。もう彼は戦場に出て来ることはあるまい。だが皮肉なことに武を尊ぶファーヴニルとして無能となった彼は為政者としては優秀だった。

 市民は哀れな老人に同情し、先日までの殺し合いにまでなった殺伐とした空気を忘れた。そもそも市民はファーヴニルにとって日常であるそんな殺伐とした空気に長くは耐えられない。全てを水に流し、表向きは忠誠を誓った。それを予想し、あえてエルンスト老をヒルデスハイムの支配者として抜擢したのだが、それをリヒテルが口にすることはない。彼は恥を知っている。


「今から言うことはわしが独り言じゃ。全て聞き流してくれ」

「分かりました。それであなたの心が少しでも楽になるのであれば……」


 リヒテルは頭をわずかに下げて先を促した。その顔は苦渋に満ちている。彼の苦しみを理解してくれた同胞がまた一人いなくなった。


「ゴルドゥノーフ家を知っているな。侯爵の地位にあり、スヴァルトにとってはリューリク公爵家に告ぐ大貴族じゃ」

「存じ上げております」

「当主、ボリスが死亡し残るは妹姫一人、スヴァルトの法では女は家を継げん。本来ならば同家は断絶じゃ。しかしアールヴの法では女でも、というか性別で相続が差別されることなどあり得ん。じゃからここでお主がその妹姫と婚姻し、ゴルドゥノーフ侯爵家の婿養子となって西北地方を治めれば名目上は侯爵領、スヴァルトの報復は大義を失う。ファーヴニルや傭兵の支持は失われるじゃろうが、誰も犠牲にならん。良い考えじゃと思わぬか?」

「……」

「……答えてはくれぬか」

「それがどれだけ夢物語であるかあなたならばお判りでしょう。我々は貴族を殺めているのです。スヴァルトにとって貴族とは特権を与えられた不死王の眷属、それを害するのは神への冒涜に等しいのです。それに……兄を殺した男を婿にはしないでしょう」


 リヒテルはまっすぐにエルンスト老を睨み据える。老人は狼狽えた。勿論、エルンスト老とて自身の考えがどれだけ荒唐無稽であるかは理解している。だが彼はあえてそれを口にした。口にしてその考えを拒否したのはリヒテルの罪、エルンスト老の罪ではない。


「忘れてくれ……ボケただけじゃ」

「分かっております」


 リヒテルはあえて何でもないようにふるまった。それしか出来なかったのだ。父を殺し、妹を見殺しにし、今、姉を殺そうとする男が息子を失った老人に何ができるのか。平素を保つことができることの全てであった。


*****


現在―――


 ツェツィーリエに連れられたヴァンは、彼女が向かう先が司教府ではないとすぐに気付いた。だがあえて気付かぬふりをする。

 司教代行アーデルハイドがこちらに敵意を持っていると推察ではなく偏見でもって予測していたヴァンだったが、どうやら真実を当てていたらしい。

彼女は南、港の方に向かっている。恐らくそこに私兵か何かを潜ませているのだろうが、今やこのリューネブルク市全体がバルムンクの勢力範囲。バルムンクがスラムに引き籠っていた、かつてのように事態を隠蔽するのは容易ではなく、また逃走も困難ではない。

 あからさまな罠、穴だらけの計画といい、アーデルハイドは何を考えているのか。何か裏があるのか、あるいは病による衰えで判断が鈍っているのか。後者だとすれば幸いだが、無論、そんな楽観はできない。


「……道を間違えているようですが、このままでは会食が行われる司教府ではなく港についてしまいます」

「場所が変更になったのさ、ゲストの我儘でね」

「そのゲストがどなたか教えていただけますか?」

「当ててみてよ」

「……アーデルハイド頭領」


 少し考えるふりをしてヴァンは頭領の名前を出した。カマをかけたのだ。同時にそっと周囲を伺う。いつの間にか港と市街の中間、倉庫群に差し掛かっていた。

 英雄を歓迎する市街とヒルデスハイム司教区を吸収したことにより大量の物資が流れ込み、猥雑となった港、その間に位置する裏道。建物を一つ跨いだそこは奇妙な程静寂に満ちている。誰もいない。何があっても気づかれない。輝かしい光の裏、光と同じくらい濃い闇がそこにあった。


「正解……と言いたいどころだけど、それは違う。ぜひとも会食の前に君に会いたいという人たちがいてね。その方たちの我儘さ」

「それは本当にお客人ですか?」

「ん……?」

「私の盾となれ」


 ヴァンは振り返ることもなく、アンゼルムに指示を出した。件の木偶は命令(指令)された通りにヴァンは右側に立ち、放たれた矢の的となる。薙ぎ払うことはできない。単純な腕の問題ではなく、屍兵や不死兵は命の通わない遠距離武器に対して反応できないのだ。目が見えている訳でも耳が聞こえている訳でもない。


「あ、兄貴!!」

「てっめえ、兄貴にあてやがって!!」

「仲間割れなら他でやってください」


 物陰に隠れていた数人の男が姿を現した。いずれもその野卑な仕草や表情から堅気とは思えない。またその顔や体がひどく傷ついているのも印象的だった。片目が潰れている者、腕の動きに乱れがある者、足を引きずっている者。

 恐らく戦傷だ、それも白兵戦の結果ではなく、投石器やバリスタなど、人を超える暴力で蹂躙された者、例えば城壁で押しつぶされたりとか……


「アンゼルムの部下ですか……全滅したと思っていたのですが」

「何人か息を吹き返したのだよ、そして私の〈癒しの力〉である程度体の修復ができた。戦えるくらい……」

「俺らは!!」


 ヴァンとツェツィーリエの会話を遮るように男たちは声を張り上げる。彼らは必死だった。その表情はヴァンにはわからなかったが、特攻をかけたスヴァルト兵に酷似していた。


「俺らはスヴァルトの貴様から兄貴を取り戻すために剣を取った」

「死ね、蛮族が……地獄に落ちろ、クソ野郎!!」

「スヴァルトに死を!!」

「何かと思えばくだらないことを……」


 彼らの言っていることは全て間違いだ。アンゼルムは部下を失った悲しみに耐えきれず、死に場所を欲して木偶と化した。人格が消失したのは確かにヴァンの死術士としての技術の低さが原因だが、それは根本的な問題ではない。

 そしてスヴァルト……ヴァンは純粋なスヴァルト人ではない、彼らアールヴとの混血、故にスヴァルトではない。混血とはアールヴ、スヴァルトとって人ではなく、ヒトモドキだ。故にそれは虐げるモノであって打倒するモノではない。彼らは間違っている。その間違いは正さなくてはならない。


「悪いね、僕は彼らに脅迫されたんだ。痛い目に合わすぞ、と言われたら言うことを聞くしかない」

「癒しの力とかなんとかで助けておきながら白々しいですよ、あなたも共犯です。彼らを排除したら全てを吐いてもらいます」

「それは困る。僕は痛いのが嫌いだ。頑張ってくれ、アンゼルムの舎弟達」

「不可能です。彼らと私の実力差は圧倒的だ」


 ヴァンは死術士だが、別段、術自体にそれほど執着はない。今ならば言える。彼は死術士としての仮面が欲しかったのだ。混血というヒトモドキ、その顔を隠すために死術士という仮面が欲しかったのだ。だがもうその必要はない。必要とは思えなくなってしまった。

 いつからだろうか、思い出せない。だがバルムンクという組織の歯車に、生者をひき潰す石臼になると覚悟した今、仮面は必要ない。切り揃えた耳を隠すために女のように髪を伸ばす必要もない。そして敵にかける情けはもとよりなかった。


「殺せ、アンゼルム……お前に奴らは手出しできない。そのままひき肉にしてしまえ」

「……」

「や、止めてください。あ、兄貴!!」


 慌てふためく舎弟達はいっそ無様というしかなかった。仇を目の前にして、助けるべき兄貴分を前にして何をしているのか。オロオロと狼狽える者が半数、残りの者も武器を構えているものの、動作から見るに腕や足など致命傷とならない部位ばかりを狙っているのがまるわかりだ。

 再生能力を持つ不死兵アンゼルムを倒すには心臓や脳を潰すか、核となっている苗木を除去するしかない。もっとも後者の手段を行使できるのは同じ死術士のシャルロッテぐらいだ。真に兄貴をヴァンから解放するには彼を殺すしかない。それが理解できない彼らを待つのは敬愛する兄貴直々による処刑であった。


「目を覚ましてください、俺ら同じ農村で育った仲間でしょう」

「あの頃を思い出してください、あ、がぁぁぁぁ!!」

「無駄です、彼の目は何も見えず、耳も聞こえない。ただ生者と、ミストルティン(苗木や種)を見分けるのみ」

「くそ、この粉を飲めば……」

「その粉は一度に一摘みだけですよ。せっかく紙で分けたんだ、僕の努力を無にしないでくれよ」


 ヴァンは何もすることがなかった。ただ己の体に埋め込まれたミストルティンの苗木を介してアンゼルム、正確にはアンゼルムに埋め込まれた苗木に指令を送るだけ。ちなみにいちいち指令を口に出す必要はないのだが、ヴァンのイメージする司令官の姿はリヒテルであり、彼は勿論死術士ではないので、命令は口に出す。リスペクトしているヴァンはなかなか死術士らしい態度が身につかなかった。

 閑話休題、一方的な展開になると思われていた戦闘だが、彼らが黒い〈粉〉を口にした辺りから膠着状態に陥りつつあった。わずかだが動きが俊敏になり、心なしか腕力も向上しているように見える。力負けしているとはいえアンゼルムの人外の怪力が振るう剣を受け止めている。その隙に他の者が助太刀に入るのでとどめを刺せない。押し切れない。


「あの粉は何ですか?」

「さあ、大麻の類では……」

「黙秘は死を意味します」


 知らばっくれるツェツィーリエの腹にヴァンはカトラスを突きつける。その途端、がらりと態度を変えて彼女はしゃべり始めたが、ヴァンは彼女が少しも震えていないことに気付いていた。これは演技だ。例えばブリギッテのような心の底からの恐怖がこの女には感じられない。


「……あれは僕が開発した新薬でね、身体の強化ができる。本来は〈剣〉と合わせて使うんだ。だけど奴ら全然、同調してないじゃないか、がっかりだよ。やはり文字の読み書きもできない、名前の代わりに〇とか×とか書くファーヴニルは駄目だね」

「誰にとっての教訓でしょうね」

「え、なんのこと?」


 一瞬、ツェツィーリエの足首が光を放った。彼女はゆっくりと後ろ向きに倒れていく、右の足を残して。

 ヴァンは彼女の足を斬り落としたのだ、逃げられないように。彼女には聞きたいことがある、殺してはいけない。足首を狙ったのは太い血管を避けて出血死を避けるためであった。


「……っ!! ……っ!!」

「一人では埒が明かないのならば……二人でやるまで」


 ヴァンは死術士であると同時にファーヴニルであった。いつかの死術士兼神官や、シャルロッテのように後方で術を行使するタイプとは毛色が違う。その手に持つ剣で屍を築いてきた武人。自身を過小評価するヴァンは自覚していないが、スラムで彼の実力を知る者、知らぬとしても勘が鋭い者ならば蔑みこそすれ武器を向けることは決してするまい。その癇に降れれば死、逃げることすら敵わない。それだけの威風を身に纏っているのだ。


「……馬鹿な、奴が来る」

「先生もやられた」

「殺される、ここは一端体勢を整えて……」

「馬鹿な……チャンスは一度だぞ、俺らは一度だけ〈頭領〉にチャンスを与えられたんだ。今回を逃せばもう次はない。兄貴を助けられなくなる」

「でも、このままじゃ……あっ!!」

「なんですか?」


 狼狽えるばかりの彼らが一斉にその表情を変えた。茫然とするような、それでいて歓喜に満ちているような。だがどちらにしろ大きすぎる隙だ。この瞬間に攻撃しよう。アンゼルムはヴァンと意識レベルで同調している。同時攻撃で彼らを一網打尽にできる。


(変だな……アンゼルムの反応が鈍い。なぜだ……)


 どうもまとわりつくような不快な感覚をヴァンは胸に感じた。こんな感覚は初めてだ。故に理解できない。何が起きているのか分からない。そして対処も遅れた。致命的なほど遅れた。

 茫然とする彼らを斬り払うべくヴァンは疾走する。手始めに先頭に立つ、長髪の男の首を跳ねるべく剣を薙ぐ。リヒテルに及ばないにしても、並のファーヴニルでは反応できないほどの疾風。

 ヴァンには彼の生首が宙に舞うビジョンが確かに見えた。だが次の瞬間、ヴァンは背中に激痛を感じる。背骨は切れていない。狙いも何もない力任せの一撃……だから辛うじて致命傷は避けられた。いないはずの背後の敵、考える前に瞬時に反撃に転じる。


「涙……馬鹿な!!」


 気合一閃、ヴァンの刃は敵を断ち切った。

首の代わりに宙を舞う二つの腕、だが彼にとってそれは大きな傷とは言えない。人外の再生力で腕もまた合わせれば再び機能するだろう。

 ヴァンの背後から襲い掛かった敵はアンゼルムであった、その仮面の隙間からは涙が漏れている。仲間の死を悼んで……違う、何もかも偶然だ。たまたま思い出したに過ぎない。彼は目も見えず、耳も聞こえない。外界の情報が遮断されているのだ。だからそれはもっと別の理由からで……


「知っているかい? 死術士に植えられるミストルティンは、樹木であり、親である。そして不死兵の核となる苗木は子である。子は親に従うもの。では親が二人であれば……苗木はより強い親に従う」

「ツェツィーリエ……あなたは死術士」

「意外と感が鈍いようだね。怪しげな身体強化の粉を使うのは死術士ぐらいさ、そして君は死術士としての技術が低い。私よりも」


 ツェツィーリエは立ち上がっていた。いつの間にか切断した足がくっついている。人外の再生能力だ。彼女は人間ではない、恐らくは不死兵。どういう訳か、不死兵でありながら人格を保っている。

 だが今重要なことはそんなことではない。彼女は死術士としてヴァンより上手、ヴァンはアンゼルムを奪われた以上、死術士としての優位を完全に失った。前方には復讐に燃えるアンゼルムの舎弟、後方には死術士ツェツィーリエ。万に一つも勝機はない。ならば逃げるべきなのだ。もはや自分ができることは何もない。しかしそんなヴァンの判断をあざ笑うように三番目の死神が降臨した。

 それはまるで精霊のように美しい少女であった。整った顔は絵画か彫刻のようであり、儚げな表情は深窓の姫君のようだ。クセのない髪は清水のように流れている。そして彼女は蒼かった。

 晴天の空のように透き通った蒼い髪と同色の瞳。それは失われた思い出、彼女のためにその身を盾とし、その命を燃やしたのではなかったのか。混血の出自を暴露されて引き離され、そしてついに守り切れなかった……


「テ、テレーゼお嬢様……」


 ヴァンの口から絶望の声が漏れた。


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