1話 ステータス社会
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現代の日本ではステータスの数値が全てにおいて重視されるようになっていた。
ステータスとは、自らの能力を数値化して見られるものであり、人間であるならば誰でも見られる。
元々それは自分にしか見られないものであったが、科学の進歩により、特別な機械を使用することによって他者であってもその数値を見ることができるようになっていた。
そして、その機械は非常にわかりやすい序列を生み出した。
企業などはその数値を元として合否が決まるという非常に効率的な面接を行った。
恋愛においても、数値の高い者がモテ、低いものは見向きもされなかった。
数値こそが真実であり、数値こそが価値なのだ。
……だが、やはりそれはなんだか冷たすぎる。
数値社会の現代で、俺は愚かにもそんな事を本気で思っていた。
勿論そんな考えは時代遅れだ。人によってはステータスの低い負け犬の遠吠えだ、と嘲笑うレベルの妄言だ。
しかし、それでも私は人間にとって1番大事なのはステータスという機械の弾き出した冷酷な数値よりも、人間の内面、性格や信条などなのだと考えていた。
そんな事を考えるようになってから俺はある事を継続するようになった。
一日一善。
毎日小さな事でもいいから、人の為になるような善いことをおこなうというものだ。
俺のステータスは正直そこまで高くは無い。平均よりも少し上程度だ。特に突出したステータスも無く、低いところも無い、所謂凡人と言われる類の人間だ。つける職業も普通のもので、コンビニの店長をやっている。
そんな人間に何か世界中に影響力を与えるような事ができるはずもなく、この行動は単なる自己満足なようなものだ。
それでも、俺はそれを続けていた。
道に落ちているゴミを拾う、困っている人に声をかける、重そうな荷物を持っている老人を手伝う。どれも些細なことだ。
ニュースになるような出来事でもなければ、誰かに称賛されるようなことでもない。
そもそも、この社会では善行など評価されない。
なぜなら、それはステータスに反映されないから。
……それでも俺は一日一善を続けていた。
もしこの社会で、誰もが数値だけを信じて生きるのだとしたら、もし人の価値が本当にステータスだけで決まるのだとしたら。
……あまりにも冷たすぎる。
だから俺は、せめて自分だけでもそうはならないようにしようと思った。そんな、些細な意地だった。
そんな事を続けながら十数年が経ったある日の事だった。
その日もいつもの通りに出勤しようと自分の店への道を車で走行していた。
俺の住む北海道ではまちから少し離れた田舎にあるコンビニにはバカでかい駐車場があり、従業員は来店するお客様とのトラブルを防ぐ為に車をできる限り端の方に停める。
車をおりると、春先の早朝という事もありまだかなり寒く、特に防寒着を着込んでいるわけではない。俺はそれに耐えかねて足早に店の裏口へと足を進めようとした。
しかし、裏口に人影があることに気が付き、俺の足が止まる。
よく見てみると、高校生か大学生くらいの女の子が裏口の扉にもたれかかって座っているようだ。
はっきり言えば面倒くさい状況だろう。
やはり俺みたいなおっさんは女性と相性が悪い。下手に関わりを持って何らかの弱みを握られれば即座に搾取の対象になってしまうだろう。
だから、道端で女性が困っていてもおっさんは関われないというのが最適解だろう。
ただ、裏口のドアを塞がれている以上、そこを通らないことは不可能だ。それに、どうやらあの女の子は俺の車の音に気が付いてか俺の事を完全に認識したようで、向かってくる俺の事をじっと見つめている。
……仕方がない、ここはひとつ声をかけよう。
もし、本当に困っていて助けを求めているのだとしたら、可哀想だしな。
俺は少し警戒しながらも声をかけた。
「……えっと、どうかしましたか?」
「あ……えっと」
声をかけられた女の子はしどろもどろになりながらも声を発する。
「あ、貴方がこのお店の店長さんですか……?」
「え、あぁ、うん、そうだけど」
俺がそういうと女の子は媚びるような仕草をしながら立ち上がり俺の方へ向かってもたれかかってこようとしてきた。
身の危険を感じ、咄嗟に数歩後ろへ退き女の子を躱すと、女の子は少し驚きつつもそのまま話し続ける。
「その、込み入って頼みがあるんです!」
「頼み?」
女の子のその真剣な眼差しを見て、俺は頭に浮かんでいた美人局という文字にとりあえず斜線を引く。
この子が本当に困っているなら助けてあげたい、今日の一善はそれにしようかなと考えながら女の子の話の続きを聞く。
「はい、頼みっていうのがその……私をこの店で雇って欲しいんです!」
「……あ〜、そう来たか」
どうしてこの子がここに居るのか、彼女の一言を聞いて俺は完全に理解した。
と、言うのも、実は俺の店ではステータスが低くてどこの企業にも入れなかった人を雇ったり、親が死んでしまってまともに教育が受けられずステータスをあげることが出来なくなってしまった子を住み込みで働かせたりなどしているのだ。
恐らく、その噂を聞いて俺のところを頼ったのだろう。
つまり、この子もあのくそったれた機械の被害者ということだ。
「うん、君の頼みは分かったよ」
「じ、じゃあ……!」
「……だけど、本当に申し訳ないんだけど、君を雇うことはできないんだ」
「…………え?」
この子には申し訳ないが、雇い入れる事は難しい。
理由は簡単、もうシフトがギチギチなのだ。
俺の店で雇っている従業員は所謂訳ありな人達が多いため、皆生きるために必死に働いている。
今どきステータスが低ければアルバイトにさえ採用されない為、うちのような少し低いくらいならば受け入れるような場所は珍しい。
だから、うちの従業員はここだけでしか働いていない人も多い。
となると、そのシフトを削ってまで新しい従業員を雇うというのはさすがに厳しいのだ。
「も、もうどこにも雇って貰えなくて、ご飯もまともに食べれてないんです……ここで雇って貰えなかったら死んじゃいます!」
「……うん、雇ってあげたいのも山々なんだけど、流石にもう厳しいんだよ」
「そ、そんな……!」
この子を雇ってあげられないのは事実だ。けど、俺にもできることはある。
例えば、同じ地区内の同系列のコンビニを紹介するとか、知り合いで面倒を見られるかもしれない人を当ってみるとかだ。俺は特段お金持ちでは無いから仕事が見つかるまで家に置くとかそういうのはちょっときついがこのくらいならできる。
「とりあえずさ、他の店舗紹介するから、ステータス鑑定表とか諸々の物を用意して……」
「だ、ダメです! ステータス表は……!」
「大丈夫、俺以外にも少しぐらいならステータスが低くても雇ってくれる人は珍しいけど居ないわけじゃ……」
「…………」
俺がそういうと、女の子は返事もせずに黙り込んでしまった。
うーむ、これはやってしまったか?
ステータスの話が地雷の子も多い。それのせいで苦労してきている子達はそういう話をするだけでトラウマがフラッシュバックしてしまったりするものだ。
とりあえず落ち着かせるために何かしなくては。
「とりあえず寒いし中入ろっか昨日の廃棄少し残ってるから、とりあえずそれ食べよっか」
「…………」
「えーっと、アレルギーとかないよね? 確かわかめおにぎりがあったと思うんだ」
「…………か」
「え? 何か言った?」
女の子は俯いてブツブツとなにか呟いている。
ステータスの話がそんなに嫌だったのだろうか、だとしたらもうし訳ないことをした。お詫びに廃棄じゃないコーンポタージュか何かを買って飲ませてあげよう。
裏口の鍵を開け、女の子を招き入れるべく一足先に店内へ入る。
「ほら、とりあえず入って、本部と繋がってる監視カメラもあるから危険は無いからさ」
そう言ってできる限りにこやかな表情を見せてあげると、女の子はすんなりとこちらに向かってきてくれた。
地雷を踏まれたとしても空腹には勝てないということなのだろう。申し訳ないことをしてしまったし、誠心誠意謝って今後の話をしよう。
そう決めたからにはあの子のためになることをしっかりとやってあげよう。俺は頭の中で今後の流れを考えながら、事務所の奥へと向かう為、女の子に背を向け歩き出した。
……その時だった。
「……ぐっ」
背中に鋭い痛みを感じ、思わず呻き声が漏れ出す。
その痛みの激しさに、そういった感覚に慣れていない現代育ちの俺は堪らず膝をついてしまう。
「お前が……お前が悪いんだ……!」
「な……なに……?」
背後から聞こえるヒステリックな女の子の声。
俺は……あの子に刺されたのか?
理解が追いつかない俺の背に女の子は更なる追撃として蹴りを入れ、そのまま俺は地面に倒れ伏す。
「わ、私の精神のステータスが低いのを知っておきながらステータスを見せろなんて、バカにして……!」
何を言っているんだこの子は、そもそも初対面だし、ステータスの数値なんて知るはずもない。それに、もし知っていたとしてもそのことについてバカにしたりなんてするわけが無い。
そう伝えようにも、あまりの痛みに口からはうめき声しか出ず、その上、地面と熱烈なキスをしているためうめき声さえも満足に出ない。
そんな状態で意思が伝わるはずも無く、女の子は俺の上で馬乗りになる。
「はぁ……はぁ……もう、もう終わりだ……もうどこも私を雇ってくれない…………お前の……お前のせいだぁ!」
「がはっ……!」
背中に鋭い痛みが何度も何度もはしる。
命の灯火をかき消さんとすべく何度も何度も。
俺の体からなにか温かいものがどんどんと流れ出していくのを感じる。血だけでなく、俺の命が、流れ出ている。
どんどんと、冷たくなっていく。
俺は一日一善を繰り返し、せめて少しでも周りが温かい世界になる事を祈って暮らしていた。
ステータスが低くても高くても関係無く、幸せに暮らせる世の中を望んでいた。
だが、それは巡り巡って俺の熱を、命を奪った。
やはり、俺の行動の意味なんて…………。
「……いや……ちが、う」
「っ!?」
最後の力を振り絞って何とか起き上がる。
死んだと思っていたのか俺を攻撃する手を止め、俺から離れていた女の子は意表を突かれて驚いたような声をあげる。
そして、目を見るとよくわかった。
……やっぱり、この子も被害者なんだ、加害者にしてはいけない。
女の子は手に持った血濡れたナイフを再び俺に向けて歩み出す。
「……大丈夫、だよ」
「っ……!?」
彼女の動きが止まる。
「君が……悪いんじゃ、ない……」
掠れた声だった。ほとんど音になっていないかもしれない。
それでも、伝わったのか、彼女の呼吸が乱れる。
「……違う……違う……違う……!」
何度も首を振りながら、彼女は後ずさる。ナイフが手から滑り落ち、乾いた音を立てた。
「わ、私が……私がやったのに……!」
泣き崩れるその姿を、俺はもうはっきりとは見られなかった。
視界が暗くなっていく。音も遠ざかっていく。
俺に温かさはもうほとんど残っていなかった。
そして最期に俺は願った。
もし、生まれ変わるのなら、その時はあのくそったれた機械の……いや、ステータスの無い世界に生まれ変わりますように……!
その願いを機に俺の意識は更に遠のいていく。
あぁ、でも、最後に一つだけ……。
今日も一個、善い行いができて良かった。




