笑顔を取り戻せ!
「えーっと、何々。『今回の最終試験の合否をお伝えします。厳正なる審査の結果、貴殿の類まれなる才能を遺憾なく発揮されました。その結果、合格といたします。つきましては、1ヶ月後に笑神へと昇格していただきます。また笑神の担当は当日お伝えいたします。以上』ほんとだ。合格だね」
笑友使は笑望使から受け取った合格通知の内容を読み上げた。
「悲劇や、まさかあのレベルの笑いがわかる笑神が居ったとは。完全に誤算や。クソじじい共が。爆笑神が居らんと思って油断しとったわ。笑友使、これって辞退できるんかな?」
「『なお、辞退や逃亡等の辞退相当と判断可能な行為をされた場合は地獄行になります』って書いてるよ」
「厳し過ぎるやろ!」
「いやいや、神になることを拒む天使はダメだろ。そもそも俺たち天使が神に昇格なんて滅多にないことだしな」
「あっ!そや、待て、確か天使って神になられへんって聞いたことがあるで!」
「いい質問ですねぇ」
「い、池○彰...?」
「確かに創造神様のように始まりの神々になることは不可能だよ。でも天界で『神』と言えば、始まりの神々に認められた天使に与えられる『神の称号』を持つ天使を指すからな。だから正確には『始まりの神々』にはなれないけど、『神』にはなれるんだよ」
「何やねん!それ、ややこしいわ」
「いや~、鬼塚さんに会えるのも後1ヶ月だな、ということは、あと1ヶ月で鬼塚さんを爆笑させないとな。頑張れよ」
「笑友使?代わりに笑神になれへん?推薦するで」
「お前、地獄に行きたいのか?」
「ぐっ!」
笑望使に選択権はなく、黙って1ヶ月後に笑神になるしか道はなった。
「くそ。こうなったら、1ヶ月でひとみさんを爆笑させたる!」
「当てはあるのか?」
「ひとみさんを爆笑させるには、感情を揺さぶらなあかん。でも、ひとみさんは疲労し過ぎて、ほとんど感情が動かへん。感情を動かす方法で一番手っ取り早いのは夢に入り込むことや。でも、ひとみさんは殆ど寝る時間がない。寝ても眠りが深過ぎて、夢を見せることができへん」
「八方塞がりじゃないか?」
「ただ、ひとみさんは、ちょっとした出来事が立て続けに起こることで、わずかに感情が動くんや。それに、ひとみさんの笑いのツボは、一般的な人と同じや。特殊な笑いや、マニアックな笑いやない。特別でなくてええんや。普通の笑いでええんや。それに確率は低いけど、長時間寝る日があるんや。そこを狙う」
「なるほどね。で、結局どうするの?」
「押し切る!夢の中に入り込んで押し切るんや、それが一番確実や」
「結論が『押し切る』って。話を聞いてた俺の時間を返せ!」
「問題はいつ実行するかや。仕事中はあかん。ひとみさんが怒られる可能性がある」
「じゃぁ、自宅にいる時か」
「せや。そこに一縷の望みを賭けるんや」
――笑望使は焦っていた。鬼塚ひとみは全く自宅に帰らない。帰っても一瞬で出社してしまう。
作戦が実行できないまま、1週間、2週間と無駄に時間だけが過ぎていった。
「あかん。ジリ貧や。どないしょう。笑友使」
「えっ何?やめるの?」
「ちゃうわ!どうしたら、ひとみさんは家に帰ってゆっくりするか聞いてんねん!」
「俺にわかるわけないだろう。あぁ~はやく天界に帰りたい。毎日毎日飽きないねぇ~」
「あと、3週間しかない。何とかせなあかん!」
笑望使の焦る気持ちに反して、鬼塚ひとみは一向に帰宅する様子はなかった。
「あと1週間しかない。ほんまにあかんで。このままやったら何もでけへんまま、終わってしまうやん」
残り2日となった日、事態が急変した。
オフィスが入居しているビルの電力機器のトラブルで、急遽残業ができなくなり、帰宅命令が出たのだ。
「よっしゃー!最初で最後のチャンスや!今日の夜に実行や!。いくで笑友使!」
「どこに?」
「ひとみさんの家や!先に戻って準備するんや!」
そう言い残し、笑望使は転移した。
「ふぅー。手間かけさせやがって。これは貸しだからな」
電力機器のトラブルは笑友使の天使力で強制的に発生させていたのだ。
笑望使は、この瞬間のためにありとあらゆるものを準備していた。
鬼塚ひとみが驚かないように、ましてや恐怖することが無いように慎重に小道具を選んでいた。
二人の天使は鬼塚ひとみの部屋でじっと機会を伺っていた。
「やっと夢が見せれる眠りのフェーズに入ったみたいだな」
「ついにこの日。この時が来たで。俺はやる。やったるで!!」
「気合十分だな」
「よっしゃ。笑友使、ひとみさんに夢を見せるんや!」
「はい、はい。天使づかいが荒い奴だ。...オーケー。準備できたぞ」
「見とけよ。笑友使。ひとみさんが爆笑する姿を!...よっしゃ!出陣や!」
笑望使は天使力を使い鬼塚ひとみの夢に入り込んだ。
鬼塚ひとみの夢の中で、壮絶な死闘とも言うべき笑いの戦いを繰り広げていた。
それは偶然出会った、心が疲弊し笑えなくなった女性に笑顔を取り戻すため、一人の天使が全てをかけた戦いでもあった。
笑望使は鬼塚ひとみの感情を揺さぶるため、昔、彼女が子供の頃に見ていたお笑い番組や、漫才、コント、漫談、一発ギャグなどを夢の中で上映し続けた。さらに家族と暮らしていた頃や、友人との楽しい思い出も呼び起こしていた。
彼女の感情を動かすことができれば、彼女を爆笑させ、彼女の笑顔を取り戻せると確信していた。
夜が明け始めたその時、ついに鬼塚ひとみの感情が動き始めた。
「やった。ようやく感情が動き始めたで。ここからが勝負や!一気に押し切るで!」
鬼塚ひとみは色々なキャラクターのフィギュアを集めていた。このキャラクターの力を借りるしかない。
彼女の心に近い者たちの力を借りることが、最善の策だった。
笑望使は、鬼塚ひとみの夢の中で、このキャラクター達のお笑いネタ番組を開催した。
それは初めて鬼塚ひとみが笑顔を見せたときと同じだった。笑望使はこの方法が一番、鬼塚ひとみと思いが共有できると思った。各キャラクターの番組や背景を一言ネタで表したり、同じ番組のキャラクターが複数いる場合はコントや漫才を披露した。
初めは鬼塚ひとみは、ぼーっとその風景を見ていたが、あの赤ちゃん人形が登場した時、鬼塚ひとみの表情に変化があった。僅かに口角が上がり、無表情だった顔がわずかに微笑んでいるように見えた。
「勝負や。ここしかない!」
笑望使は満を持してステージに立ち、思いの全てを込めて叫んだ。
「ひとみさん!...あなた愛しています!」
あの時みた不細工な人形が突然、自分に愛の告白をしてきたその光景は衝撃的だった。だが、その衝撃は彼女の瞳に光を取り戻すには十分だった。
笑望使はお笑いのセオリーどころか、ネタ番組でネタをせず愛の告白をするという暴挙にも近い方法をとったのだ...
――2日後、笑望使は笑神になるための式典に出席していた。
「笑望使、前へ」
司会の言葉に従い、笑望使は一歩前へ歩み出た。
「笑望使、本日から笑神の一人として『神の称号』を与える。その称号は『爆笑神』だ。誠心誠意尽くしなさい」
「ありがとうございます。謹んでお受けします...」
笑望使はこの瞬間から爆笑神となり、鬼塚ひとみに二度と会えなくなった瞬間だった。
――数ヶ月後、笑友使は人間界に来ていた。それは鬼塚ひとみの状況を確認するためだった。
「ひとみってさ、最近よく笑うようになったよね?」
「うん。この人形のおかげなの」
鬼塚ひとみはあの不細工な人形を嬉しそうに見せた。
「何その不細工な人形?どこで買ったの?」
「私もいつどこで買ったかわからないの。ある日突然、会社のデスクの上に居たの」
「何それ、で大事にいつも持ち歩いているの?」
「うん。この人形が私に笑顔を取り戻してくれたの。私の宝物よ」
「そうなんだ。でもすごい不細工だよね」
「そこもまた良いんだよ」
鬼塚ひとみの顔は笑顔で溢れていた。
「よかったな。笑望使、いや爆笑神か。『お前の』ひとみさんは笑顔を取り戻しているぞ。でもまぁ、爆笑神って聞いたときはびっくりしたけど、そっちの意味だったとはな...」
笑友使は式典のことを思い出していた。
「...笑望使よ、お主が最もこの名にふさわしい。お主は笑神試験の間ずっと他の候補者のネタで爆笑しておったからのう。ぴったりじゃよ」
「何でやねーん!」
笑望使、いや新たな爆笑神の魂の叫びが会場響き渡っていた。




