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読切短編 予感、解約済み

作者: 黛 文彦
掲載日:2026/05/19

 「予感サブスク」のバナーを初めて見たのは、電車の中吊り広告だった。


『あなたの直感、買い取ります。月額三千円。』


 胸騒ぎや虫の知らせを「データ化」して売買するサービスらしい。登録者の予感を収集・分析・再販する、新しい感情プラットフォーム。私はその場で申し込んだ。利用規約は長かったが、ほとんど読まなかった。当たるかどうかも曖昧な第六感なんて、売れるなら売ってしまえばいい。


 翌朝から、何も感じなくなった。もともと私は、妙に勘が当たる方だった。事故を避けたことも、別れ話を言い当てたこともある。


 最初は気のせいだと思った。いつも感じていた「今日は何かある」という朝の空気が、ない。満員電車で隣に座った男が妙に気になる、あの感覚がない。コンビニで新商品を手に取る直前の、根拠のない確信もない。


 頭の中が、不自然なくらい静かだった。店員が話しかけるタイミングすら、読めなくなっていた。


 不快ではなかった。むしろ、生きやすかった——最初の三日間は。


 四日目の朝、私は道を渡ろうとして止まった。赤信号だった。青になって歩き出したとき、右から自転車が飛んできた。


 衝突は免れた。以前なら、もっと早く足を止めていたはずだった。


 だが私は気づいていた。一週間前の自分なら、自転車が来ることを曲がり角の手前で感じ取っていた。今は赤信号という「データ」だけで止まった。もう、勘では動けなくなっていた。


 アプリを開いた。使用状況のページに、こう書いてあった。


『今月の提供予感数:147件 受取人満足度:98.3%』 プレミアム会員は、他人の予感を受信できるらしい。


 誰かが私の胸騒ぎで傘を持ち歩き、誰かが私の直感で株を買い、誰かが私の胸騒ぎで、告白を決めていた。私の予感は生きていた。ただ私の中には、なかった。


 解約しようとした。


 解約ページを開くと、こんな文章が表示された。


『解約の前に:あなたは本当に解約したいですか?』


 よくある引き止めだと思った。「はい」を押した。


『確認します。あなたは今、解約したいという「予感」がありますか?』


 私は手を止めた。


 考えた。解約したい、という気持ちはある。だがそれは、「予感」なのか。根拠のない確信なのか、それとも単なる判断なのか。それが直感なのか、不安なのか、広告に植え付けられた欲求なのか、もうわからなかった。


 嫌な感じがした。久しぶりの感覚だった。


『予感が確認できません。解約手続きを続けるには、有効な予感の提示が必要です。』


 画面が切り替わった。


『あなたにおすすめの予感があります。』

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