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 気づけば朝市の時からアリスが見繕ったシラユキ姫様用の装いは、全て青系のドレスになっていた。

 理由を聞けば「姫様には青が似合うからですよ」と返されたので、ユキの本当の姿が見えるアリスがいうのであれば、そういうものかと考えるようにした。

 そうでなければ期待してしまう。

 だって、青はエリスの美しい瞳と同じだから。


 国王陛下毒殺未遂事件から大人しくしていた王妃だが、日に日に美しくなっていくユキに嫌がらせをするようになった。

 ユキの義理の母美玲と違い、王妃は本気でシラユキ姫のことを嫌っているらしく、隙あらば何かと嫌味を言ってくるのが鬱陶しかった。


 ユキからすればそれは想定内なのでスルーをしていたが、どうやらそれが気に入らなかったらしく、国王陛下に「母として認めないシラユキから無視をされる」などと嘘の告げ口をしたのだ。


 義理の母と娘の仲違いを悲しむ父から直々に呼び出されたユキは、王妃が嫌がらせをしてくるからだという本当のことを言えなかった。


「シラユキ、王妃は献身的に私を支えてくれているのがおまえも分かるだろう? 私は家族三人で仲良くしたいんだ、分かってくれるね?」

「……はい、お父様」


 マナー講師のおかげで身についた最上級の礼をして、頭を垂れた。いくら本当の父ではないとはいえ、この世界ではユキの父親なのだ。事実を言えないことがもどかしくて悔しくなる。

 目頭が熱くなるが、ユキは必死に堪えた。


 私室へと戻るとユキは耐えきれずに泣いてしまった。守りたいと思う人からは誤解をされ、狡賢い王妃の策にまんまと嵌まってしまったユキは、己の無力さを嘆いた。

 勉強や剣術を学んでも、知略に長けた王妃にはまだまだ敵わないのだと思い知らされたのが悔しかったのだ。

 静かに泣くユキにハンカチを差し出したアリスは「よく堪えましたね、ご立派でした」と背中をさすり、励ましの言葉をくれた。


 王妃にも手下がいるように、ユキにも信頼できる仲間がいる。こうして泣くのは今回限りにしよう。強く生きると決めたのはユキ自身なのだから。


「ありがとう、アリス。あなたがいてくれて本当によかった」

「私も姫様に救われております。いいですか、ここで折れてしまっては王妃の思う壺です。お辛いでしょうが今は我慢の時なのです」

「うん、分かってる。泣くのはこれきりにする、だから、アリスは見守っててね」

「もちろんでございます」


 王妃を打倒するべく彼女の身辺調査を手鏡を通してやってきたが、いかんせんうまくいかなかった。

 ただ一つ分かっていることは、白雪姫の物語では毒を操ることができるということだけだ。


 王妃は魔法が使えないという話をアリスから聞いたが、ユキは嘘だと思っている。王妃の魔法こそ、毒を操るものではないかと推測しているのだ。

 毒殺未遂から時間が経っているのに何もしてこないのは、魔法を使うにあたり条件があるのではないかと最近思うようになった。


 狙おうと思えばいくらでもチャンスを作るのが王妃である。それをしないということは、魔法発現の条件があるという裏付けになるのではないかとアリスに言うと、彼女(彼)は賛同してくれた。


「確かに魔法発現に条件があるのであれば、この二ヶ月半大人しくしているのも納得できます。嘘をついているのはなんとなく想像できましたが、毒を操る魔法が使えるのならば、確かに秘密にしておくのが賢明ですね」


 毒や医術の魔法が使える者は、王宮に申請をして使役の許可を国王陛下からもらわなければならないのだと勉強したユキは、敢えて登録を行なっていないと思われる王妃に嫌悪感を抱いた。

 あくまで仮定にすぎないが、王妃が大人しくしている今のうちに出し抜くことを考えなければならない。


 唐突にアリスが「そういえば」と切り出した。


「フレッドの件ですが、父に説明したところ、快く協力してくれると聞きました。もし、本当に王妃から命令が下っても我々の味方でいることを約束したそうです。また、何かあった場合彼を守ることも約束しております」


 狩人のフレッドを完全に味方につけたユキとアリスは、これで一歩前進した。打倒王妃までまだまだ頑張らないと。



 今日も今日とて青系のドレスを身に纏うユキは、耳飾りまでもが青になったので嫌でも意識してしまう。気にしすぎ、気にしない、期待しない。


 ユキがこの世界に来てから三ヶ月以上経ち、夏だった季節も秋めいて肌寒くなってきた。朝晩は冷え込むのでショールを羽織ったりケープを着けたりと以前よりオシャレを楽しむことができるので、ある意味ではプリンセスライフを満喫していた。


 家庭教師とアリスのおかげでユキにはなかった王族としての心構えも少しずつ芽生えてきた頃、冷えと疲労のせいか風邪を引いてしまった。


 最初は咳が出るだけだったのだが、熱も出て医者に診てもらうとどうやら免疫が落ちたことで流行り病に感染してしまい、普通の薬では治らないそうだ。


 願いが叶う魔法を使えるユキは、一応自分の身体のために魔法を使ってみたが、自分のためとなるとうまく発動しないらしい。


 流行り病に効く薬草はシュタイン城の裏にある森に生息しており、緑色の花を咲かす薬草なのだそうだ。


 この流行り病は人に感染するため、ユキは隔離されてしまい、侍女のアリスだけが付きっきりでお世話をすることになった。

 病に伏した母の看病をしていたからか、病人の扱いに慣れているアリスは布製のマスクをして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのだ。


「ここのところ急に冷えてきましたからね、それが影響しているのでしょう。姫様は風邪を治すことだけを考えてくださいね」


 マスクをしていても穏やかな微笑みをしていることが分かるユキは、小さな声で「ありがとう、アリス」と返した。


「いいえ、お気になさないでください。これも私の仕事ですから」


 仕事。確かにアリスは表向きはシラユキ付きの侍女だ。友達だと思っていても、主従関係は変わらない。ユキが気に病まないようそう答えただけなのだろうが、アリスの口から事実を聞かされてショックを受けてしまった。

 熱で朦朧とする意識のせいで、ユキは余計なことを考えてしまう。だめだと分かっているのに口が勝手に開く。


「そうだよね、仕事だから優しくしてくれるんだよね。『夢』のために頑張ってる仲間が倒れたら、使いものにならないようケアするのも仕事のうちの一つだよね」


 ものすごく嫌なことを言っている自覚はある。 

 でも、口は止まらなかった。ユキは泣きながら本音がぽろりと零れ落ちていく。


「私だけが親しく思ってたようでばかみたい。 ……今は、一人にして」


 このままでは嫌なことしか言わないだろうし、アリスを傷つけたくないユキは彼女を下がらせた。

 顔を見たくなくて背けてしまったが、「……承知しました」という覇気のない声がして、彼女(彼)を傷つけてしまったのだと自己嫌悪に陥る。


 完全に一人きりになったユキは、アリスのことしか考えられなかった。もうだめだ。

 ユキは、アリス──エリス──のことが好きだ。

 だから、仕事だと言ってほしくなかったし、その延長でお世話されているのだと思うと苦しくて嫌なことを言ってしまった。

 アリスの事情を知っているくせに、それを利用しているような気もして全てが嫌になってくる。

 ユキは布団を頭から被り、これ以上考えなくて済むよう目を閉じて眠ることにした。眠っていたら、幸せな夢だけを見ることができるから。



***



 アリスの何気ない一言がユキを傷つけてしまったようで、罪悪感に囚われるアリスは侍女の仕事をしながらユキのことしか考えられなかった。

 何がユキの逆鱗に触れたのか自覚はある。

 けれど、それは絶対にあってはならないことなのだ。


 隔離された離宮に訪問者が尋ねてきた。

 それは、王妃付きの侍女だった。彼女は先触れを寄越し、この離宮までやってくるという。

 だから、準備をしておくようにとのことだった。


「姫様は流行り病に感染されているのに、王妃は何をしに来るんだ……?」


 アリスのひとりごとは空に消えていく。答えるものは誰もいない。ここは完全に隔離された離宮なのだから。



 それから三十分ほどしてマスクをした王妃が現れた。もてなしをするアリスに王妃は「よい、おまえは話だけを聞きなさい」と言った。


「シラユキの薬草探しだけれど、なかなか見つからなくて難航しているらしいわ。このままだとあの子の命が危ないの。アリス、おまえは確か薬草に詳しかっただろう? だから、おまえが直々に探しにお行き」


 これは、王妃の罠かもしれない。

 だが、勅令で薬草探しが行われている今、この離宮に薬草が届けられないのは本当に薬草が見つからなくて、届けることができないからなのだろう。

 薬草に詳しいアリスが行けば、もしかしたら見つかるかもしれない。


 しかし、アリスが行くとなれば、ユキは一人きりになる。アリスの代わりにお世話係の侍女を付けられるだろうが、その者が王妃の息がかかった者だとユキの命にかかわる。

 どうしたものかと必死に考えて何が最善なのか頭をフル回転させても、ユキのことが気がかりで頭が回らない。


 何も答えないアリスに痺れを切らした王妃から「おまえは勅令を無視するのか?」と問われたら、アリスの出す答えは一択のみだ。


「薬草探しに参ります」


 アリスの答えに納得した王妃は頷き、「着替えて森へ行きなさい。シラユキには別の侍女を付けるから、早く支度をおし」と言って、そのまま王宮へと戻っていった。


 ユキには一人にしてくれと言われたし、主人の命令には背けないアリスは一人悩んでいた。

 王妃が寄越す侍女は絶対に信用してはならない。今のユキなら命を落としてもおかしくないし、それを利用して何かしら仕掛けられても流行り病のせいにされるだろう。


 しかし、ユキには願えば叶う魔法がある。彼女が強く願えばきっとシラユキ姫様が力となってくれるだろう。

 一縷の希望に縋り、アリスは着替えて森へと向かった。



 領地からアリス宛てに手紙が届き、検閲をクリアしアリスの元に来るはずだった手紙は一足遅く、アリスの手元には届かなかった。

 そして、その手紙にはこう記されていた。


──アリスが大切にしていた薔薇園が枯れてしまった。残念だが、おまえの大切なものだから手紙を届けたのだ──



***



 ユキが目覚めると、そこにはアリスがいなかった。一人にしてくれと言ったのだから当然だろう。アリスは約束を忠実に守ってくれる人だから、悪いことをしたと反省したユキは、謝りたくて彼女を呼ぶ。


「アリス」


 いつもなら呼べばすぐに来てくれるアリスだが、今日はそれがない。やはり不愉快な想いをさせてしまったのかと不安になると、見知った別の顔がユキの寝室へと現れた。

 その者は、王妃付きの侍女マリーだった。


「マリー? なぜあなたがここにいるの? アリスはどこ?」


 マリーは「アリスは領地へと戻りました」とにべもなく答えた。

 もはや一心同体であるとまで考えていたアリスの帰郷にユキは動揺した。戸惑うユキをよそに、マリーは手紙を差し出した。

 そっと中を確認すると、驚きのことが書かれており、ユキはこれ以上ないほど後悔した。



 ──拝啓 シラユキ姫様


 あなた様のわがままに振り回されて、私は疲れてしまいました。突然のことで戸惑われるでしょうが、もう我慢の限界です。今までお世話になりました。さようなら。


 敬具──



 アリスにしてはそっけない手紙で、感情すら込められていない文章にユキは泣き崩れる。

 マリーはハンカチを差し出して「王女殿下にあるまじき振る舞いは避けてくださいませ」と冷たく言った。

 眠ったおかげで身体は少し楽になったが、心は苦しくてたまらない。

 確かにマリーの言う通り、侍女が一人辞めただけで泣き崩れるのは王女には相応しくない振る舞いだ。

 けれど、主従を超え異性として好きになってしまったエリスに見放されたのかと思うと、どうしてもショックで立ち直れない。


 熱でろくに考えることのできないユキは、普段のアリスならこのようなことは絶対にしないと断言できるのに、病で心細くなり傷つける言葉を言ってしまったがために、正常な判断ができなかったのだ。


 涙が止まらないユキに、マリーはそっと甘い言葉を囁いた。


「今なら間に合うかもしれませんよ」

「え……? どういうこと?」

「アリスの領地は森の奥を超えたところにあるのです。本来なら森を迂回して領地へと行くのですが、時間がない今森を通って行けば間に合うかもしれません」


 にこりと微笑むマリーの甘言に唆されたユキは、「行くわ」と言ってマリーに支度を整えてもらった。


「マリーはお母様の侍女だから、連れて行くわけにはいかないわ。お願い、私のことは見逃してくれる?」

「もちろんですとも。今はシラユキ姫様の侍女です、あなた様のおっしゃることなら何でも従いましょう」


 ユキは熱でおぼつかない足取りの中、森の奥へと一人アリスを追って探索に出かけた。

 アリスを見つけたら、謝りたい。また一緒に朝市に出かけたい。デートじゃなくてもいいからそばにいたい。

 その一心でアリスを追いかけた。

 それが罠だとも知らずに──。



***



「王妃殿下、シラユキ姫様は森へと向かわれました」


 王妃にそう報告したのは他でもないマリーだった。知らせを受けて、王妃は美しい顔を歪ませほくそ笑む。


「フレッドを呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


 王妃の呼び出しに応じたフレッドは、黒髪に白髪の混じった中年男性だが、元々は狩りの名手として王宮に仕えていた過去がある。

 今はアリスの領地で領主一家に仕えているが、王妃の命令で呼び出され再び王宮仕えとなった。

 アリス宛てに送られた『薔薇園が枯れたという』手紙の真の意味は、フレッドが王妃からの呼び出しで屋敷を出たと示していたのだ。


「待っていたわ、フレッド。顔をお上げ」


 フレッドは顔を上げ王妃を見つめると、彼女はたった一言だけ言葉を発した。


「シラユキを殺し心臓を持ってきなさい」

「御意」



***



 王妃から命令を受け、森の奥深くまでやってきてようやく薬草を探し出したアリスは急いで帰城すると、離宮のまわりには人が集まっており、そこには国王陛下もいた。

 嫌な予感がしたアリスは王に近づくと、彼も気づいたのか王が口を開いた。


「シラユキがおまえの帰りを待ち切れず薬草探しに出かけたそうだ。アリスよ、シラユキを見てはおらぬか?」

「姫様は見ておりません。ですが、薬草を見つけたのですぐに帰城しました」

「そうか、おまえも見ておらぬか……。シラユキはマリーが目を離した隙に、アリスの後を追うと置き手紙を残したらしい。だが、よくぞ薬草を見つけて戻ったくれた。早速薬剤師達に調合させよう」


 なかなか帰ってこないアリスを眠りから目覚めたユキが心配するのは分かる。

 かといって、そんな考えなしの行動を取るほどユキは馬鹿じゃない。

 しかし、アリスの代わりに付けられた侍女が王妃の命令通りに従い唆し、不安を煽るようなことを言ったのであれば話は別だ。


 陛下を支えるように寄り添う王妃は心痛な面持ちをしていたが、内心ほくそ笑んでいるに違いない。

 アリスは手に血が滲むほど強く握り込んだ。


 アリスと入れ違いになったユキを探すべく、捜索隊が組まれ森へと向かったが、丸一日経ってもユキが見つかることはなかった。

 ユキは行方不明になってしまったのだ。


 そして、フレッドは『心臓』を持ち帰り、王妃へと進呈した。

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