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 シラユキになってから二ヶ月近く経つが、手鏡で見た狩人と七人の小人とは未だにコンタクトが取れず、ユキは焦っていた。

 城下に下りることもままならないプリンセス生活はあまりにも窮屈で、現代日本で生きていたユキにはどうしても不満が溜まってしまう。

 いつもの深夜のティータイム(主従関係なく席に着くことをユキが許した)にユキは愚痴をこぼした。


「ねえ、今度城下に行ってみたいんだけど、だめかな?」

「だめです。 ……と申し上げたいところですが、姫様は最近鬱憤が溜まっていらっしゃるのでしょう? 私の認識齟齬の魔法を使って足を伸ばすのはいかがでしょうか。もちろん、限られた時間になりますが」


 絶対にだめと言われると思っていたのに、まさかのOKがもらえてユキはうれしくなりアリスに抱きついた。


「ありがとう、アリス!」

「な、姫様……! はしたないですよ!」

「あ、ごめんなさい。そうだよね、私は『シラユキ姫』なんだもんね、気をつけるよ」

「そうしてください」


 アリスは若干顔が赤くなっていたが、急なことで驚いただけだろう。悪いことをしたと反省した。


「次の日曜の朝市にでも出かけましょうか。朝市なら早朝から出店が出ておりますし、日曜の早い時間なら問題ないでしょう」

「分かった、楽しみにしてる! ついでに狩人と小人達を探したいんだけど、それはさすがにだめだよね……?」

「そこまでする時間はございません。それと、前から思っていたのですが、姫様の魔法を使えばよいのではないですか? 姫様は願えば叶う魔法が使えます。それは大小様々ですが、人探し程度ならばできるのでは?」


 目から鱗だった。顔だけは見ることができたが、どこに住んでるのかまではユキの力では調べられないと勝手に決めつけて、実行していなかったのだ。

 ユキの身体は元はシラユキ姫のもの。願えば叶うのなら、やってみるほかない。


「分かった、今やってみるね。『味方になってくれる狩人と七人の小人はどこにいますか?』」


 手鏡が映し出したのは、以前見た黒髪に白髪混じりの男性だった。ユキはどこに住んでいるのか教えてと強く願うと、大きな屋敷のようなところが映し出され、眠る支度をしているようだった。

 アリスは手鏡を覗き込むためユキに近づいた。至近距離になるのは初めてじゃないのに、なぜかドキドキとするのはどうしてだろう。吐息が耳元にかかり、くらくらしそうだ。

 そして、アリスは「お借りします」と断りを入れて手鏡を拝借した。


「どうしたの? まさか、知り合い?」


 そういえば手鏡に映った人を直接見せたことはなかったと思い出したユキは、食い入るように手鏡を見つめるアリスに声をかけた。

 すると、まさかの返答が返ってきた。


「私の家に仕えている使用人です」

「ええ!? アリスの家の使用人なの!? この人、凄腕の持ち主なの?」

「昔は弓の名手として名を馳せていましたが、足を悪くしてしまい狩人を引退したのです。元々我が領地の生まれでしたので、信頼できる人柄ということもあり父が雇うことにしたのです。今は庭師として働いており、名前はフレッドといいます」


 道理で城に居ないわけである。この人がどのように助けてくれるのか分からないが、もし、未来が見えるのならやってみよう。


「『フレッドさんがどんな風に助けてくれるのか教えて』」


 手鏡はユキを映すだけだった。

 やはり、未来を見ることはできないらしい。数ある選択肢の中で、最善のものを見極めて選ぶしかないのだ。


「やっぱり未来は見えないかあ。じゃあ、今度は七人の小人について魔法を使うね。『味方になってくれる七人の小人はどこにいますか?』」


 手鏡は小さな家を映し出した。日本の戸建てより一回り小さいサイズのようで、小人が住むにはちょうどいい大きさだった。七人はそれぞれのべッドで眠っているようで、見た目はおじいさんなのになんだか可愛らしく見えた。


「『このひと達はどこに住んでいますか?』」


 見覚えのある城が見えた。

 それは、どこからどう見てもユキの住まいであるシュタイン城だった。シュタイン城の裏にある森の奥深くに彼らの家があるようだ。たとえ森の中で迷ったとしても、前のように動物が助けてくれると信じたい。


「でも、前に行った時となんか雰囲気が違う……?」

「確か彼らは炭鉱夫なのでしょう? 稀少な宝石類を人間達に奪われないよう、妖精やエルフが魔法を使って結界を張っているのかもしれませんね」


 それならば、以前足を踏み入れた時に辿り着けなかったのも頷ける。いくらドワーフ達が優しくても、妖精やエルフは人間を毛嫌いしているから守ろうとしているのだろう。


「妖精とエルフの魔法がかかっているところに私達が行けるのかな?」

「姫様の力は願いを叶える魔法です。手鏡に映し出されることは、きっと意味があるのでしょう」


 アリスにそう言われると自信が持てるが、あくまでこれはユキの力ではなくシラユキのものだ。

 人の力を借りているような気がして、魔法を使うことを躊躇うようになってきているのも事実だった。


「アリスは私の、ユキの力だって言ってくれるけど、これはシラユキ姫様のものなんだよ。だから、ちょっと……」


 「シラユキ姫様に申し訳ないと思うの」と、最後まで言葉を紡げなかった。俯くユキは自身を映し出す手鏡を見つめる。そこには泣きそうな顔をしている美少女が映っていた。ユキはユキなのに、シラユキという姿になっていることが負担になっていたのだ。


 すると、手鏡を握りしめるユキの手を優しく包み込む温かい手が目に入った。その相手はもちろんアリスだった。


「俺はシラユキ姫様をお守りできなかったことをすごく後悔してる。でも、そのシラユキ姫様がユキを連れてきてくれたんだ。だから、俺はおまえを守りたい。その力を使うことに躊躇いがあるのなら、それはシラユキ姫様からの贈り物だと思えばいい」


 姿はアリスのままだが、エリスとしてユキに真摯に応えてくれる彼の優しさに涙が出た。頬を伝う雫を指で掬い取るアリスはいつもの優しい顔をしていた。


「アリス、今だけはエリスでいて」

「ユキが望むのなら」


 エリスは魔法を解き、本来の男の姿になってくれた。ユキの本当の姿が見えているエリスがそばにいてくれるからこそ、どうにか踏ん張って頑張ることができているのかもしれない。


「とりあえず、フレッドのことは父に報告しておきます。フレッドは義理堅い性格をしているので、私達を裏切ることはないでしょう。王妃に頼まれごとをされても、表向きは手伝うようにして、いざとなれば彼を守ることも視野に入れておきます。領地の民を守るのも、貴族のさだめですから」


 責任感が強いエリスはノブレスオブリージュの精神も強く持っているらしい。こんなに立派な人が味方でいてくれることが何より心強く思うユキは、「お願いします」と彼に託すことにした。


 これからのことはどうなるか分からない。未来が見えなくても、物語を知っていたらきっと回避できる運命もあるはずだ。

 くよくよしていても何も始まらない。ユキにはエリスという頼もしい仲間がいるのだ。気合いを入れ直し、明日も明後日も、その先もずっと頑張ることをやめなければ、明るい未来を引き寄せることができるのだと証明してみせる。



 約束していた日曜日の前日。

 ユキは楽しみにしておりどんな服装にするか悩んでいた。アリスの認識齟齬の魔法があれば、たとえどんな恰好をしていても『シラユキ姫様』が城下にいるとは気づかれからだ。

 ささっと動けるようなラフなドレスを選び、鏡の前に立ってあれでもないこれでもないと唸っていると、いつものティータイムの時間がやってきたようで、アリスが寝室をノックした。「どうぞ」と入室の許可を出すと、静かにドアを開けてアリスは入ってきた。


「このようにたくさん散らかして……。よほど楽しみにしていらっしゃるのですね」


 苦笑しながらカップに紅茶を注ぐアリスに「いいじゃない、初めてのお出かけだもん」とユキは唇を尖らせた。


「そうでしたね、毎日頑張っていらっしゃる姫様には息抜きも必要ですね。出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「いいよ、謝ってほしくて言ったわけじゃないから。本当に楽しみにしてたんだよ。だって、私アリスのこと友達だと思ってるし、明日は友達と遊びに行くんだよ? こんなにわくわくすることってないよ!」


 共闘の仲間であり、友達でもあると思っているユキは、思ったことをそのまま伝えた。アリスは瞬いて、くすりと微笑む。


「友達……ですか。私達は主従関係であり共闘仲間であり、友達でもある。色々な肩書きを頂戴し光栄です」


 本来ならば、侍女と友人関係になることは許されないのかもしれない。

 けれど、信頼できるのがアリスしかいないのだから、自然と親しくなるのも仕方ないだろう。


「友達とのお出かけなんて本当に久しぶり。だから、アリスも楽しみだと思ってくれたら嬉しいな」


 照れるように言うユキにアリスは再び瞬いた。そして、にこりと微笑み「楽しみにしてる、ユキ」と朗らかに笑って応えてくれたのが、なんだかこそばゆかった。


「こういう時だけエリスになるのずるいよ。私がエリスに弱いの知っててやってるでしょ?」


 最近になって気づいたのだが、どうやらユキは『エリス』という絶対的な味方に弱くなっている。

 完全に二人きりの時、このティータイムの時間になるとエリスとしてからかうようになってきたのだ。


「姫様の反応がよいので、つい。申し訳ありません」


 全く申し訳なく思ってない謝罪の言葉を口にするエリスに「はいはい、お子さまでごめんなさいねー」と返しカップに口をつけた。

 明日着ていくドレスをまだ迷っているユキは何がいいかなと考えていると、不意にアリスが「こちらの青いワンピースはいかがですか」とユキに差し出した。

 ユキはカップから口を離し、青いワンピースを受け取る。村娘風の装飾が少ないものではあるが、素朴ながらも可愛らしいデザインだし、アリスが選んでくれたのが存外嬉しくて、身体にドレスをあてて「似合う?」と聞いた。


「ええ、似合いますよ、姫様」


 服も無事決まり、あとは明日に備えて早く寝るだけだ。寝坊なんてしていられない。

 ユキはアリスに挨拶をして、すぐに眠りについた。



 翌朝、いつもより早い時間にアリスに起こされたユキは、アリスの服装を見て笑顔になる。侍女の恰好ではなく、ユキ同様村娘風のワンピースを着ていたからだ。

 昨日アリスに選んでもらった青いワンピースと色や形が似ており、友達として楽しみにしていると言ったユキの気持ちを汲んでくれたことがとても嬉しかった。


 それから素早く支度をして、アリスに認識齟齬の魔法をかけてもらった。本当の姿が見えているアリスは、いつもと違う顔形をしているユキを伴って城下へと連れ出す。


 朝市は庶民で賑わっており、早朝だというのに人で溢れかえっていた。人にぶつかりそうになりながらも必死でアリスの隣に居ようとするが、人混みに慣れていないユキはこのままだとアリスとはぐれてしまうかもしれない。

 不安になったユキの手を取ったのはアリスで、きゅっと手を握りしめてはぐれないようにしてくれたのだ。

ユキは小声で「ありがと、アリス」と呟くと「ユキとはぐれたら大変ですから」と笑って応えた。


 アリスは前もって朝市を調べてくれたようで、何がおすすめなのか教えてもらいながら出店を練り歩く。

 朝から串焼きを食べることになるとは思わなかったが、炭で焼いているからか、ジューシーで肉汁がたっぷりとしており美味しかった。

 きのみのジュースを飲み、甘すぎないその味にクセになりそうだ。


 隣を見れば上品に食べたり飲んだりするアリスがいて、目が合えばにこりと微笑んでくれる。

 美人な女の子の姿をしていても本当は男の子なのだと思い出したユキは、これってもしかしてデートなのではと考えてしまった。

 そうすると繋がれた手の体温や優しい微笑みまで意識するようになり、とても心臓に悪い。


 様子のおかしいユキを見てアリスは顔を覗き込み「体調が優れませんか?」と尋ねてきた。至近距離で見る青い瞳はやはり美しい。

 どうしてこんなに親身になってくれるのだろうと思ったが、ユキはプリンセスでアリスはその侍女。お仕えしているシラユキ姫様の心配をしているだけなのだと気づき、胸が苦しくなった。ツキンと痛む心に覚えがある。

 しかし、それを認めてしまうと苦しくなるのはユキだ。それには気づかないふりをして、そっと微笑んだ。


「ううん、大丈夫だよ。ちょっと人酔いしただけ」

「それならよいのですが……。そろそろ時間ですし、城に戻りましょう」


 アリスに手を引かれ朝市を回り歩くのは楽しかったはずなのに、今は落ち込んでしまう。気にしないようにしなければならない。アリスはアリス、ユキはユキ。王妃を打倒すべく共闘を組んだ仲間なのだと自分に言い聞かせた。

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