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「悪いけど許容してもらわなければならない事が二つある。ひとつはしばらくの間、最低限中国を出るまでは空路も海路も使えないという事、逃げ場が無いからね」
「政府はやっぱりそういう立場なんだな」
「朝鮮と思いきり共闘しちゃってるからね、もうこそこそ外交する必要もない。実を言うと昨日からずっと身柄引き渡し要求が来てる」
「それを本気で要求しちまう所が中国らしいといえばそうだが……」
ここに来たとき登った駐車場への階段を今度は降りて行く、ここへの移動に使ったトヨタダイナ防弾仕様車改造済みをラッセが指差し、まずあれを1台と宣言
「大丈夫なの?無視したらここの経営危なくなったりとか」
「あははそれは絶対に無いね、うちがどれだけ中国共産党の汚れ仕事請け負ってると思ってるのさ。むしろ脅しをかけるのはうちの方」
海をひとつ渡っただけでここまでやり方が違うのか、日本では要人警護や物品運搬で利益のほとんどを占めていたのだが
「それでもう一つの話だ。まず説明しなきゃいけないのは、ASEANとインドが急速に開戦準備を整えてるという事」
「まぁ領土問題抱えてたしね」
「ついでに言うとパキスタンもインドに向かってケンカふっかけてるけど、南に逃げられなくなった事に変わりはない。諸外国が必死に落ち着かせようとしてる所に油を注ぐのはまずい」
「じゃあ北に向かってロシアへ抜ける?」
「それもダメだ。アレクセイの話だと、スペツナズを擁するGRUはまだ諦めていないそうだ、入国した途端に襲ってくるだろう」
「となると…」
「西へまっすぐ、カザフスタン方向へ抜ける。中国大陸横断ツアーだ、国境越えまで苦労が続くだろうけど、越えてしまえば空路も使えるようになると思う」
駐車場を奥まで歩いて、シートをかぶった1台の車まで辿り着いた。かなり大きい、4メートルはある
「それにあたってうちが用意できるのはこれが限界だ、どうかな、正宗君」
無言を貫いていた正宗にラッセが言い、シートを引っ張って取り去った。ボディからホイールまで黒で統一した悪者臭い車体は一切の汚れが無い新品で、まだ一度もマトモに走った事が無いことを表している。4ドア5人乗りのセダン型、付いているエンブレムは三菱のもの
「ランサーエボリューションX GSR。なかなか良い車だと思うよ、お金もかけてるし」
正宗は無表情のまま、いや無表情なのだが何か目に光が入ってるような気もする。ラッセから鍵を受け取って外観をざっと眺め、運転席を解錠し中に滑り込んだ。内装はかなり高級感があってスポーツカーとしては違和感がある
「えーと…4B11型オールアルミブロックエンジンは最大出力300馬力、メカニックに頼んでチューンして貰ったら450馬力まではね上がった。車全体に防弾プレートを張り巡らせたから車重1600kgをオーバーしちゃったけど、タイムトライアルでは鈴鹿を2分15秒から20秒」
「……マニュアルか」
「ああうん、そうなんだよね。俺はオートマ…いや…ツインクラッチSST…?の方がいいって言ったんだけど、うちのドライバー、マニアでさ…」
「大丈夫だ、問題が出るようなものでもない。サスペンションの調整はどうなってる?」
「えー…それは俺にはわからないなぁ……」
自身が持っている情報をすべて吐き出したらしい、今まで見ていた携帯電話をしまって溜息をつくラッセ。その間に運転席から降りてタイヤを確認しだす正宗さん
「正直こいつを取り上げるのには苦労した、代わりに何を買わされる羽目になるのか検討もつかないよ」
「ネガティブキャンバーがおおよそ2度、トー角は無し。悪路を走るなら車高はもっと高い方がいいな、後で工具を借りれるか?」
「それはどうぞご自由に、そのドライバーも手伝わせよう」
運転席に戻ってようやくエンジンを点火、重低音のストロークが響き渡る
「……何語話してるかわかるか?」
「私は古代ヘブライ語か何かに聞こえたけど……」
隊長と副隊長を置き去りに何回かエンジンを空焚きし、ハンドルの固さを確認してからエンジン停止した。キーを抜き取って中から出てくる
「悪くない」
「ならよかった。工具はすぐ用意するから明日の朝までには調整しておいてくれ」
車の確認完了、ラッセはこちらに顔を向け
「という訳だ、なんとか陸路で中国を抜けてくれ」
「お、おう」
これが必要になる状況は避けさせて頂きたいたいが
「ねぇ、大丈夫なの?勝手に抜け出しちゃって」
「大丈夫、どうせ明日の朝までやる事もないし」
会議のような何かが終わった時点で明梨を連れて支部から出た、危険なのは承知しているが気分転換のひとつもしなければ殺される前に壊れてしまう
「見た事ある?天安門広場」
「中国は何度も来たけど、観光はしなかったかな…」
支部から少し歩いただけでルカと明梨の前に巨大な広場が広がった。普段は外国人観光客が山ほどいるのだが、戦争中という事もあって目に付くのは中国人ばかり
「ここがこの国の象徴、この先の天安門で中華人民共和国の建国宣言が行われたし国章にも描かれてる。輝かしい事ばかりではないけど」
「天安門事件?」
頷いて、中央に向かって歩き出す、花崗岩の敷石が良い音を鳴らした。気分転換なら歩くだけでも効果はある
「生まれる前の事だから資料でしか知らないけど、民主化を求めたデモ隊が武力鎮圧を受けた。それからこっち、この国で政府に逆らう事は死を意味する。最近も強引な土地開発に反対した地元民がロードローラーで轢き殺された」
広場のどこにも血の跡は残っていない、だがここで確実に虐殺が行われた。情報統制が敷かれているため国民全員が知っている訳ではないが
「僕は入社してからまだ1週間足らずだけど、会社全体が思想家の集まりみたいなものだからね、下手な事は言いたがらないけど。それでもやっぱり"絶対的な悪"というものは存在すると思う。そういう簡潔な解釈じゃないと説明できないものは何度も見てきた」
「納得してるの?それで」
「納得とかじゃないな、僕が思ってるのはそういう場合もあるっていう、ただそれだけの感想」
「じゃあ家族が殺された時は?」
「どうだろう、早いうちに答えを見つけないといけないとは思ってるけど……でもまぁ、そうだね、無意味という結論は出したくない」
「……強いよねルカは、私はそんな事考えられなかった」
「それは違う、自分で答えを出すのを諦めてるだけだ。それにもう、君みたいにマトモな感覚は残ってない」
「そんな壊れてるみたいな言い方…」
「壊れてるよ。生まれてからずっと一緒だった家族が、目の前で肉の塊になったんだ、壊れなきゃ人間じゃない」
「っ……」
「あー…結局言いたいのは、君はこうならずに自分で答えを出さないといけない。戦場に絶対的な解なんて無いんだ、他人の主張で自分の意思を曲げる必要はない」
話し込んでいる間に広場中央まで来てしまった、かなり注目を浴びている、危険を伴う性質のものはまだ少ないが
正面にあるのが天安門。一応、平和の象徴となっている
「惑わされるな、自分を見失うな。それだけだよ」
平和を求めるなら一貫しろ
戦争はこちらの領分、足を突っ込むべきではない
「さて、もう少しゆっくりしたかったけどまずい事になりつつある、襲われる前に戻ろう」
「…うん……」
反転、来た方向を逆戻りする
そうしたら、透き通った銀髪の少女と視線が合った。Tシャツ短パンの無表情、武装もなし。だが、間違いなく一般人ではない
気になりつつも歩みは止めず接近、ほどなく少女の真横を通り過ぎ
「人は何故悩みたがる?」
微かにそんな呟きが聞こえてきた




