第6話 手違いみたいです
「ラナ、そろそろアンタのドレスが届くよ。アンタの綺麗な金色の髪に合うように仕立てたからね」
そう言って、ソフィアが優しく微笑む。
ラナは目を輝かせた。
ソフィアがラナの「水揚げ用」のドレスを誂えてくれたのだ。
水揚げの際、姉からお祝いのドレスを贈るのがこの館の慣わし。
半畳ほどもある豪華な布箱に、大きなリボンとネームカードを添えて贈られる。
その箱は捨てず、独り立ちした後も大切な道具箱として使い続けるのだ。
……だが、ラナには予感があった。 ラナが喜ぶようなとき、必ず冷水を浴びせてくる奴がいる、と。
(……ねえさん、コソコソ)
(え? ……ゴミ袋……?)
◇
従業員通用口から、衣装屋のジャンが恭しく大きな箱を運び入れてきた。
彼はそれを台の上に置くと、もう片方の手に持っていたゴミ袋を無造作に床へ放り投げる。
……そこへ怪しい人影が近づいた。
ラナがエプロンで手を拭きながら談話室に入ると、中央の台にラナ宛ての衣装箱が置かれていた。
真っ白なジャカード織の生地で作られた、豪華な布箱。 本来なら、幅広の赤いビロードリボンが美しく結ばれていたはずだった。
……だが、そのリボンは乱雑に解かれ、少し開いた上蓋からはドレスが覗いている。
そこには、明らかに異常な「黒いしみ」が広がっていた。
静かに蓋を開ける。
中のドレスはボロボロに切り刻まれ、ドス黒いインクが容赦なくぶち撒けられていた。
「あーら! そのドレス、ソフィア姉さんからの贈り物かしら?どうしたの? かわいそうに〜!」
わざとらしい声を張り上げてやってきたのは、カーラだった。
「ソフィア姉さんはなんでアンタみたいな『色なしの生まれ落ち』を構うのかしら?」
「みんな噂してるのよ? 独り立ちすればソフィア姉さんの後ろ盾もなくなって……ヴェルヴェット館から追放されるのも時間の問題だってね!」
勝ち誇った顔で、カーラは言葉の毒を撒き散らす。
「きっと豪華なドレスを着られるのも、それが最初で最後だったでしょうにねぇ。一体、誰の仕業かしら? お、気、の、毒さま!」
「アンタの水揚げを楽しみにしてるわね。いったい幾らの『最安値』を叩き出すのか!」
醜い優越感に顔を歪め、アハハと嗤うカーラ。
ラナはそれを聞き流し、無言でボロボロのドレスの『タグ』を静かに手に取った。
そこに縫い付けられていた、所有者の名前——。
「……これ、あんたのドレスみたいよ、カーラ」
ドレスを箱から取り出し、名前が縫い付けられたタグを突きつける。
「——え……!?」
顔面を蒼白にして絶句するカーラに、ラナは切り刻まれたドレスを押し付けた。
「——『手違い』だったみたいね?」
そして、本物のラナのドレスが入ったゴミ袋と真っ白な空き箱を抱え、悠々とその場を後にしたのだった。
◇
一部始終を聞いた双子たちが、お腹を抱えて大爆笑している。
バイオリンと弦をもち譜面台の前に立つラナの向かいには、長椅子に両サイドに双子のミーナとルーナを侍らせて姉さんが腰掛けていた。
「きっと、今日のソーレで着るつもりだったドレスですわ。」
「ええ!ずいぶん前からしつこく自慢していましたもの!」
「自業自得ってやつね…」
呆れ顔で付け加えるソフィア。
ラナは鼻を高くしていた。
『水揚げ』——それは、少女が初めて客と夜を共にし、一人前のプロとしてデビューする重要な通過儀礼だ。
その夜は、厳格な「三三九度の盃の儀式」が執り行われる。
店が厳選した水揚げ客は、豪華な儀式の費用と少女の花代を、破格の「水揚げ料」として店に支払い、少女の「最初の夜」を買う。
ラナはバイオリンを脇に抱えると、胸を張って腰に手を当てた。
「皆さん、とうとう私のプロダクトが完成しました!」
◇
「はい、撮りますよー」
ラナが両手に抱えた四角い箱のボタンを押し込む。 カシャリ、という軽い機械音とともに、箱の隙間から一枚の四角い紙が吐き出された。
数秒後、じわじわと浮かび上がってきた映像。 そこには、長椅子に腰掛けた三人の姿が、まるで鏡で映し出したかのように鮮明に描き出されていた。
「な……ッ!?」
「なにこれ……!? 私たちが、紙の中に……!?」
三人は目を丸くし、絶句している。
「これは『カメラ』。こっちに映ってるのを『写真』と呼びます」
胸を張って言い放つラナ。
「これを使って、街中に私の『写真』をばら撒くんです!」
◇
『ヴェルヴェット館に、未だ人の目に触れぬ金髪青眼の少女がいる』
『彼女はまだ何の色にも染まっていない。清廉でありながら、男たちを掌上で転がす悪魔の蕾だ』
『あの子の「色」を染めるのは誰か、色変わりを果たした時、一体どんな極上の娼姫になるのか……』
噂は尾ひれをつけて街中に広まった。
ラナが仕掛けたもの——それは、前世の記憶に眠る知識、「ブランディング」と「インフルエンサー手法」だった。
館に出入りする商人や印刷屋を巧みに巻き込み、最高に映えさせた自身の「写真」を街中に流通させる。
さらに、小さな娯楽紙へのリークや、街の酒場で流す「噂」に至るまで徹底的にコントロールしたのだ。
写真という、驚異の写実性で描きだされた、「黄金色の髪を持つ、幻の美しい少女」。
その存在は、男たちの好奇心と独占欲を留まることなく煽り立てていった。
ある日、館の廊下を歩くだけで、一階のサロンに集まる貴族や富豪たちの熱い視線が突き刺さるのが分かった。
「噂の金髪の少女か……!」
「おい、あの子の初夜の権利は一体誰が買うんだ!?」
ふ、と口元が歪むのを抑えられない。
狙い通りだ。
ラナの価値は今、まだ色変わりすらしていない下働きの身でありながら、街中の男たちが金を積みたがるほど跳ね上がっている。
ラナの様子を見て、ソフィアは心配そうにラナを見つめた。
「街中に自分の顔をばら撒くだなんて、大丈夫なの?変な奴が集まって来たりしない?」
「大丈夫ですよ!入札資格を設けて、審査を通すようにしますから!」
ラナの自身ありげな表情の明るさに反比例するように、ソフィアの心にいいしれぬ不安が立ち込めた。
何の危機感も持っていないかのようなラナの様子を見て、ソフィアは両腕を固く抱くのだった。
◇
真っ白な形のよい長い指。
その指が『写真』の端を掴んでいる。
ラナの顔が全面に捉えたその写真には、右耳の三つ星のほくろまでが鮮明に写しだされていた。
冷たく温度のない群青色の瞳が、それを静かに見据えていた——。
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