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人間ってめんどくさい  作者: 季波


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8/12

第8話「少しずつ、前へ」

休日の昼。

キッチンには、甘い香りが漂っていた。

「……またか」

理人はオーブンから天板を取り出し、小さくため息をつく。

並んでいるのは、マカロン。

だが、その表面には細かなひびが入っていた。



「なんでだ……」

理人は一つ手に取り、じっと眺める。

「温度か?」

「いや、混ぜ方か……」

「分量は間違ってないはずだ」

テーブルの上には、失敗したマカロンがいくつも並んでいた。



イチゴは、その様子を静かに見つめている。

『また作るの?』

『もう5時間はやってるわよ』



「ああ」

「そうだな」

理人は苦笑する。

「店で食べたマカロンが忘れられなくてな」



「どうしても、自分で納得できるものを作りたい」

そう言うと、新しい材料を量り始めた。

卵白を泡立てる。

粉糖をふるう。

慎重に生地を混ぜる。

焼き時間も温度も確認した。



「これなら……」

数十分後。

オーブンから取り出したマカロンを見た理人は、肩を落とした。

「……またひび割れた」

テーブルにそっと置く。



「何回やってもダメだな」

そのまま椅子に座り込み、額を押さえた。

しばらく静かな時間が流れる。

その時だった。



『理人』



「なんだ?」



イチゴの瞳が、淡く光り始めた。

『見て』

イチゴは、その場でくるりと一回転。 続けて、ぴょんと高く跳び上がり、華麗に一回転して着地する。



「急にどうした!?」



『かわいいでしょ♥』



理人の前に、小さな映像が映し出される。

そこには、一週間前の理人がいた。

最初に焼いたマカロン。

焦げていた。



形も大きさもばらばらだった。

映像が切り替わる。



次の休日。

焦げはなくなった。

また切り替わる。



さらに次の休日。

形が少し整っている。

そして今日。

ひびは入っている。

それでも、今までで一番きれいな焼き上がりだった。



理人は黙って映像を見つめる。



『今日も失敗だった』

イチゴは優しく続けた。

『でも』

『前より進んでるのよ』

『理人は失敗ばかり見てるけど』

『私は、ちゃんと成長も見てたわ』



理人は目を見開いた。

「……そうか」

小さく笑う。

「全然気づかなかった」



目頭をそっと押さえる。

「イチゴ」

理人はイチゴを優しく抱き上げた。

「ずっと見ててくれたんだな」



イチゴは少し照れたように目をそらす。

『もぅ、大げさよ』



その時、スマホが小さく震えた。

《思い出を記録しました》



画面には、さっきの写真。

少しひび割れたマカロンを手に持ち、照れくさそうに笑う理人の姿が映っている。


下には一行だけ。


《初めて笑顔で終われたマカロン作り》


理人は目を細め、小さく笑った。

「……悪くないな」



『ちゃんと残しておいてあげたんだから』



「ありがとう」



『……どういたしまして』



窓から差し込む午後の日差しが、一人と一匹を優しく包んでいた。



その夜。



三匹は、それぞれの家で充電器の上に座っていた。

人間たちは、もう眠っている。



『……全員、接続完了』

『聞こえるか?』



『聞こえてるわ』



『聞こえるでちゅ!』



人間たちの知らない時間。



AIペットたちだけの、秘密会議が始まった――。

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