第16話「失われた英雄の記憶」
王都アストリアを覆う黒い紋章。
そして、完全な解放へと近づく魔剣グラディウス。
レインはリリアのペンダントとの共鳴をきっかけに、五百年前の戦争にまつわる不思議な記憶を見ることになる。
そこに現れたのは、レインとよく似た銀色の瞳を持つ青年だった。
英雄レオン・アルディスと、魔剣グラディウス。
二つの存在には、いったいどんな秘密が隠されているのか。
一方、黒紋教団は王都への総攻撃を開始する。
過去の記憶が目覚めるとき、レインは何を知り、何を選ぶのか。
第16話「失われた英雄の記憶」。
五百年前の真実へと続く、新たな扉が開かれる。
王都アストリアの空を覆う巨大な黒い紋章。
その光景を見上げながら、レインは拳を強く握りしめていた。
「五百年前に終わった戦争が……再び始まる?」
老魔導士の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
地下神殿には、重苦しい沈黙が流れていた。
魔剣グラディウスは、今も宙に浮かんでいる。その刀身には亀裂が走り、封印の光はかつてないほど弱まっていた。
「国王陛下。すぐに王都全域へ避難命令を出してください」
老魔導士が静かに告げた。
「黒紋教団の目的がグラディウスの解放であるなら、次の攻撃はここに集中する可能性があります」
国王アルベルトは険しい表情で頷いた。
「わかった。王国兵を各地区へ派遣する。民を守ることを最優先とせよ」
兵士たちが神殿から駆け出していく。
その背中を見送りながら、レインはリリアへ視線を向けた。
「リリア。そのペンダント、少し見せてもらえるか?」
「うん……」
リリアは胸元のペンダントを外し、レインへ手渡した。
淡い青色の石が埋め込まれた、小さな銀のペンダント。
一見すると普通の装飾品だったが、中央には見覚えのある紋様が刻まれていた。
「この模様……」
レインは自分のネックレスを取り出した。
二つの紋様は、細部こそ異なっているものの、同じ形をしていた。
まるで、ひとつの紋章を二つに分けたかのように。
「やっぱり、関係があるんだ」
リリアが不安そうに呟く。
「私のおじいちゃんは、このペンダントをずっと大切にしていたの。でも、どこから手に入れたのかは教えてくれなかった」
「おじいさんなら、何か知っているかもしれないな」
その言葉に、リリアは小さく頷いた。
しかし、老魔導士は二つのペンダントを見つめながら、険しい顔をしていた。
「その紋様は……間違いない」
「知っているんですか?」
セレナが尋ねる。
老魔導士は、ゆっくりと口を開いた。
「五百年前、英雄レオン・アルディスが身につけていた紋章だ」
「レオンが……?」
レインの胸が大きく脈打った。
「では、このネックレスは……」
「おそらく、英雄の時代から受け継がれてきたものだろう。しかし、なぜ二つに分かれているのかまでは、わしにもわからぬ」
その瞬間。
二つのペンダントが同時に輝いた。
「うっ……!」
レインの視界が白く染まる。
身体の奥底から、何かが呼びかけてくる。
聞いたことのない声。
それなのに、なぜか懐かしい。
『ようやく、ここまで来たか』
レインの目の前に、見知らぬ景色が広がった。
燃え盛る城。
黒い雲に覆われた空。
無数の兵士が倒れ、地面には巨大な魔法陣が刻まれている。
そして、その中心に一人の青年が立っていた。
銀色の鎧を身につけ、白く輝く剣を握る青年。
その顔は、レインによく似ていた。
「……誰だ?」
青年が振り返る。
その瞳は、レインと同じ銀色だった。
『お前がここへ来ることは、わかっていた』
「待ってくれ! あなたは誰なんだ!」
青年は悲しげに微笑んだ。
『私は……』
その声が途切れた。
背後から、巨大な黒い影が迫ってくる。
空を覆うほどの翼。
赤く輝く瞳。
そして、その影の中心には、黒い剣を握る人影が立っていた。
『レイン。決して、同じ過ちを繰り返すな』
「同じ過ち……?」
青年が手を伸ばす。
『魔剣を信じるな』
次の瞬間、世界が崩れ落ちた。
「レイン!」
セレナの声が響いた。
レインは、はっと目を覚ました。
目の前には、心配そうに自分を見つめるセレナとリリアがいた。
「大丈夫か? 急に倒れたんだぞ」
「俺は……何を?」
レインは額に手を当てた。
頭の中には、先ほど見た光景が鮮明に残っていた。
燃える城。
銀色の瞳を持つ青年。
そして、黒い剣。
「レオン・アルディス……」
レインが呟くと、老魔導士の表情が変わった。
「今、何と言った?」
「夢の中で……五百年前の戦争を見たんです。そこに、俺とよく似た人がいました」
老魔導士は息を呑んだ。
「まさか……英雄の記憶を見たというのか」
「英雄の記憶?」
「アルディス家に伝わる力には、過去の記憶を受け継ぐものがあるという伝承が残されている。だが、それはあくまで伝説にすぎなかった……」
レインは、自分の手を見つめた。
「じゃあ、俺が見たものは……本当に五百年前の出来事なのか?」
老魔導士は答えなかった。
ただ、魔剣グラディウスを見つめていた。
そのときだった。
「……嘘だ」
低い声が神殿に響いた。
全員が振り返る。
魔剣グラディウスが、黒い光を放っていた。
「魔剣……?」
レインが一歩近づく。
すると、剣から声が聞こえた。
『我が主よ。何を見た?』
レインは剣を睨みつけた。
「五百年前の戦争だ。銀色の鎧を着た青年と、黒い剣を持った敵がいた」
一瞬、沈黙が流れた。
そして。
『……そうか』
グラディウスの声が、わずかに低くなった。
『あの記憶が、まだ残っていたとはな』
「お前は知っているのか?」
『当然だ』
魔剣の刀身が揺れる。
『私は、その戦争の中心にいたのだから』
レインは息を呑んだ。
「どういう意味だ……!」
『いずれ知ることになる。だが、今のお前にはまだ早い』
「ふざけるな! 俺に何を隠している!」
レインが叫んだ瞬間、ネックレスが強く輝いた。
グラディウスが震える。
『……その光』
魔剣の声に、初めて動揺が混じった。
『まさか、封印の記憶まで目覚め始めているのか』
その直後、神殿全体に轟音が響いた。
ドォォォン!!
天井から砂埃が舞い落ちる。
「何が起きた!?」
セレナが剣を構える。
老魔導士が神殿の外へ視線を向けた。
「王都の外壁が……!」
空に浮かぶ黒い紋章から、無数の黒い光が降り注いでいた。
その光は地面へ落ちるたびに、黒い魔物へと姿を変えていく。
王都の防衛線が、次々と突破されていた。
「黒紋教団が、総攻撃を仕掛けてきたのか……!」
国王が叫ぶ。
そのとき、神殿の入り口に一人の兵士が駆け込んできた。
「ご報告します! 東門が突破されました! さらに、敵の中に巨大な魔物を確認!」
「なんだと……!」
「魔物の胸部には、巨大な黒い紋章が刻まれています!」
レインは剣を握った。
先ほど見た記憶が、頭の中をよぎる。
五百年前にも、同じような戦いがあったのだろうか。
そして、あの黒い剣を握っていた人物は何者なのか。
「レイン」
セレナが隣に立った。
「行くぞ。今は、目の前の人々を守らなければならない」
レインは頷いた。
「ああ」
リリアもペンダントを握りしめる。
「私も行く」
「危険だ。ここにいたほうがいい」
レインが言うと、リリアは首を横に振った。
「私のペンダントも、きっとこの戦いに関係している。何も知らないまま、守られているだけなんて嫌なの」
レインは少し考えたあと、静かに頷いた。
「わかった。でも、絶対に無理はするな」
三人は神殿を飛び出した。
その背後で、魔剣グラディウスが再び黒い光を放つ。
『レイン・アルディス……』
誰にも聞こえない声が、暗闇に響いた。
『お前は、あの男と同じ選択をするのか』
魔剣の刀身に刻まれた亀裂が、ゆっくりと広がっていく。
『それとも……今度こそ、私を解放するのか』
王都アストリアの空では、黒い紋章が不気味に輝いていた。
そして、はるか遠く。
黒い玉座に座る人物が、ゆっくりと目を開いた。
「レオンの記憶が目覚めたか……」
その人物の手には、一本の黒い剣が握られていた。
「ならば、計画を早めるとしよう」
赤い瞳が、闇の中で輝く。
「再び始めようではないか。五百年前に終わらなかった、英雄たちの戦争を」
その言葉とともに、黒い玉座の間に笑い声が響き渡った。
第16話「失われた英雄の記憶」・完
第16話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、レインが五百年前の戦争にまつわる記憶を目にし、これまで謎に包まれていた英雄レオン・アルディスとの繋がりが、少しずつ明らかになっていく回でした。
レインとよく似た銀色の瞳を持つ青年。
英雄の紋章が刻まれた二つのペンダント。
そして、戦争の中心にいたと語る魔剣グラディウス。
それぞれの謎が繋がり始める一方で、グラディウスはレインに何かを隠しているようです。
さらに、黒紋教団による王都への総攻撃も始まり、レインたちは再び厳しい戦いへと向かうことになりました。
五百年前の英雄は、いったい何を選んだのか。
魔剣グラディウスは、なぜ封印されているのか。
そして、黒い玉座に座る人物の正体とは。
まだ明かされていない謎は数多くありますが、これから少しずつ真実に迫っていきます。
次回、第17話では、東門を突破した巨大な魔物との戦いが始まります。
レインたちは王都を守り抜くことができるのか。
引き続き『エルディア・クロニクル』をよろしくお願いします!




