5. 副会長リンスティー
「この階段……普段使ってる人って、いるんですか?」
「ん? ああ、生徒会メンバーは結構使う人も多いよ。近道だし、いい運動になるからね」
教室棟から続く階段は、クィアシーナの想像以上に急勾配で、階数も多かった。
ここからアリーチェが突き落とされたと聞いていたが、この傾斜を考えると、怪我だけで済んで本当に良かったと思う。
自分が突き落とされる立場だったら……そう考えるだけで、背筋が寒くなった。
階段の形状は、ダンテの説明通り、幅が狭く、高い壁に挟まれた造りになっているため、横道に逃げることもできそうにない。
アリーチェを突き落とした犯人は、階上か階下か……そのどちらかに逃げたことは確実だろう。
クィアシーナは数段上るだけで息が切れてしまったのに対し、ダンテは慣れているのか、全く疲れた様子が見えない。
「私、次は坂道のルートにします……足の筋肉の変なところが痛い……」
「はは、それがいいかもね」
ダンテに涼しい顔で言われ、クィアシーナは少し悔しくなった。
そうこうしている間に、生徒会館へとたどり着いたらしい。
小高い丘の上に建てられている生徒会館のその豪華な見た目は、学校というより貴族の別荘という感じに見えた。
「あれ、あの箱は何ですか?」
会館の正面扉の前に、小さな木箱が置かれていた。歪な形のそれは、誰かの手作りというのがすぐわかる見た目をしており、会館の綺羅びやかな雰囲気からは見事に浮いている。
「ああ、あれは相談箱。生徒からの相談ごとや要望を、匿名で受け付けているんだ。対面でも相談はできるけど、苦情なんかは言いづらいだろう? だいたい一週間に二、三件くらい入るかな。
相談箱の対応は庶務の仕事だから、詳しくは同じ庶務のマグノリアンに聞いてみてね」
「……了解です」
(生徒が生徒の悩み相談なんてするんだ。しかも庶務の仕事だとか……マグノリアンさん、ちゃんと私に教えてくれるかな?)
ダンテが会館の正面扉を押し開け、中へ足を踏み入れる。内観も外観の期待を裏切らず、豪華絢爛そのものだ。高い天井が広がり、廊下の床には柔らかな絨毯が敷き詰められている。
「一番手前の扉のある部屋は応接間だよ。ソファーがあるから、来賓やみんなで談話するときに使う。正面玄関を挟んで反対側が執務室で、生徒会メンバーは普段そこで業務をしている。さらに奥の部屋が会議室。一階のこの三室が主に利用する部屋で、二階は普段ほとんど立ち入らないけど、庶務ならよく出入りするかな。興味があるなら時間のあるときに館内を探検してみて」
ダンテが建物内の説明を終えると「ちょっと休憩しようか」と応接間の扉を開けて中へと入る。
開け放たれた扉の奥には、革張りのソファーが部屋の半分をぐるりと囲むように並べられ、その中央には丸いローテーブルが据えられていた。
クィアシーナはダンテの後ろにいたため、よく見えなかったが、誰か先客がいるようだった。
「げ、リンスティー……」ダンテがこれまで聞いたことのない声音で呟く。
「あら、遅かったじゃない」
ソファーでくつろいでいたらしいその人物は、立ち上がった。
リンスティーと呼ばれた女子生徒は、ダンテよりも長身で、肩にかかった白銀の長い巻き毛を片手で掻き上げ、鋭くこちらを睨みつけている。
薄水色の瞳はやや釣り目で、きつめの顔立ちだが、ダンテに並んでも見劣りしない、かなりの美人だった。
「第二カフェテリアで女子を攫ったんですって? もしかして、後ろにいる小リスみたいな子?」
「さすが情報が早いね……そうだよ。私がさっき攫って来た子だ。転校生のクィアシーナさん。これからアリーチェの代わりに生徒会に入ることになった。よろしくね」
ダンテの淡々とした説明に、リンスティーは眉を吊り上げて声を荒げた。
「はぁ!? あんたいきなり何言ってんの!?」
彼女はダンテに掴みかかるかのように詰め寄る。
「アリーチェの件はしばらくそっとしておくって言ってなかった!? なんで代理なんかあてがうのよ。そんなことしたら、この子がどんな目にあうか……」
「リンスティー、ちょっと落ち着こうか」
「私は落ち着いてる! あんたこそ、アリーチェがやられて冷静さを失って、変な方向に走ってんじゃない!」
「まぁまぁ、私にも考えがあるんだよ」
「じゃあ、その崇高な考えをぜひお聞かせ願いたいわ」
クィアシーナは彼女の剣幕に圧倒され、身動きひとつできなかった。
そもそもリンスティーには、クィアシーナの存在自体が視界に入っていないのかもしれない。
「はぁ……ほんとはリンスティーにも黙っておくつもりだったんだけどな……」
ダンテは頬を掻きながら、小さく息をついた。
「彼女は、単にアリーチェの埋め合わせで生徒会に入ったわけじゃない。アリーチェを襲った犯人をおびき出すための協力者として、一時的に生徒会に加入するよう、私と契約した」
リンスティーはダンテから視線を外し、クィアシーナの姿をじっと見つめた。
「あなた……正気?」
「え、いや、はい」
クィアシーナはおずおずと頷く。
(だって褒美くれるっていうし……)
リンスティーはさらに質問を重ねる。
「ちなみに、何年生? 実家の爵位は?」
「一年Dクラスです。うちは先祖代々の平民家系です」
「一年で、Dクラスの平民……!!!! ほんと……彼女に決める前にちょっとは相談してよ……」
リンスティーは頭を抱え、黙り込んでしまった。
まあ気持ちはわからなくもない。少しでも相談していたら、クィアシーナ以上の適任者が見つかったかもしれないのだ。
今朝の話では、学園長しかクィアシーナの生徒会加入の理由を知らない。完全にダンテの独断で決めてしまったのだろう。
「他のメンバーには、このことは内緒で。それと、悪いんだけど、犯人をあぶり出すまで、彼女のことを守ってやって欲しい」
「……そうなると思った……」
リンスティーはクィアシーナの前まで来て、正面からじっと見つめる。見つめるだけで、彼女は何も言葉を発しない。
二人の間に沈黙が流れる。
……どうしたらいいかわからず、クィアシーナも、普段見慣れない美人をここぞとばかりに見つめ返すことにした。
リンスティーは小柄なクィアシーナより頭二つ分は背が高く、その分余計に迫力がある。
そんな存在感のある美人だが、首元にしている黒いリボンのチョーカーが可愛らしい。
もしかしたら、見かけによらず可愛いもの好きなのかもしれない。
(ええと、これ、私から話しかけたほうがいいの?)
沈黙に耐えかねたクィアシーナが、口を開こうとしたその時、
「うん……見れば見るだけ、普通の子ね」
と、ため息混じりで言われてしまった。
「よく言われます」
むしろ見ただけで普通でない奴にお目にかかりたいものである。
「度胸はありそうね」
「度胸もだけど、彼女の特技と経歴がとても面白いんだよ。あ、ごめんね。アリーチェの代理を探すのに、全校生徒の名簿を学園長から見せてもらってたんだけど、そこで君の入学書類も見させてもらったんだ」
経歴が面白い……
ただ、学歴欄が数多の国の学校名で埋まっているだけで、なんの面白味もないと思うのだが。
高貴な人の感性はクィアシーナには分かりそうもない。
「まぁいいわ。ダンテが見込んだ子なら、大丈夫なんでしょう。私はリンスティー。三年Sクラスで、副会長よ。ダンテの補佐……みたいなことをしているわ」
「クィアシーナです。一年Dクラスで今日が転校初日です。一つ前はダントリアス校に通ってました」
「あら、ダントリアス校に? 私もダンテも、半年間だけ留学してたのよ」
「あ、リンスティーさんもだったんですね。でもダンテ会長から話を聞く限り、私と時期は被ってなかったみたいです」
「そうなのね。でも、あそこで過ごしていたんなら、Dクラスと言えどなかなか骨はありそうね?」
見た目は高貴なお嬢様だが、意外にもリンスティーはクィアシーナに対して自然に接してくれている。
「今日の放課後なんだけど、みんなを集めてクィアシーナのことを紹介するつもりだ。
彼女の生徒会入りの表向きの理由は、私が彼女を一目みて気に入ったから勧誘したということにする」
「え、ちょっと待ってください!」
ダンテの発言に、堪らずクィアシーナは声をあげた。
「すいません、自分でいうのも何ですが、一目みて気に入るっていうのはちょーっと無理があるかと……」
自分で言うのもなんだが、自分の容姿は他人の記憶に残るか残らないかといった平々平凡なものである。
そんな自分にひと目惚れしただなんて、奇跡でも無ければ限り起こりようもない。
「そうかな?」
「私から生徒会に入りたいって詰め寄ったことにしたほうが、まだ説得力があると思います」
「私も彼女の意見に賛成よ。この子が転校初日に生徒会に入りたいって学園長に頼み込んだことにしたら?それで学園長からダンテに話が行って、ダンテは学園長からの頼みでやむなく代理加入を認めた。どう?」
「それっぽいと思います」
「君はそれでいいの?」
「かまいません」
クィアシーナは所詮転校生。
まだ誰も彼女の人となりを知らないため、いかようにもキャラ設定が可能だ。
「じゃあその案でいこうか。リンスティー、みんなに伝言を送れる?」
「もちろんよ」
リンスティーは返事をすると、パチンと指を鳴らした。
『次のメッセージを、この学園内にいる生徒会役員全員に届けること。ただし、このメッセージが聞こえるのは本人のみとする。"今日の放課後すぐ、生徒会館に集合すること。会長より重大な話有り"』
言葉を言い終えると、再び指を鳴らす。すると、彼女の周囲が一瞬だけ淡く光り、その光はすぐに消えた。
それを見ていたクィアシーナは、早くも本日二度目の魔法に目を輝かせた。
「今のは、何ていう魔法ですか!?」
「え? 伝達魔法だけど……知らないの?」
「はい! 私、魔法を見るの、これで二回目です!」
リンスティーはわずかに驚きながら説明した。
「この国の子にしたら珍しいわね。これは伝達魔法って言って、口頭で指定した宛先に、自分の声を直接届けられるの。音速で届くから、急ぎの場面でよく使われているわ。さっきみたいに、急な生徒会の集まりの招集は、大体これでかけてるのよ」
「へぇ……!」
魔法。
これまでクィアシーナとはまったく縁のない分野だった。転校してきた学校でも学ぶ機会はなかったし、そもそも平民の自分には魔力すらない。
確か、この学園のAクラスは魔法を専科にしていたはずだが、Sクラスに所属している彼らまで当たり前のように魔法を使えるなんて。
自分には扱えないものを、まるで呼吸のように操る彼らの姿に、クィアシーナはすでに尊敬の念すら抱いていた。
他にも魔法を見せてもらえないか、そう頼もうと思ったとき、タイミング悪く予鈴の鐘が部屋に鳴り響いた。
この予鈴は、午後の授業開始の五分前に鳴るもので、本鈴はまた別の音色で校内に響くらしい。
今朝のオリエンテーションで学園長が口を酸っぱくして言っていたのは“予鈴が鳴ったら、速やかに次の授業の準備に向かうこと”、その一点であった。
「何言ってるのよ。あそこからだと、どれだけ急いでも教室までは五分以上かかるわ。午後の授業に遅刻するわよ」
「え、うそ!?」
初日から授業に遅刻なんて……。
成績が良くない自分は、せめて無遅刻無欠席だけでも頑張ろうと思っていたのに、なんてことだ。
「大丈夫、こっちに来て。第三のルートがあるって言ったでしょう」
ダンテは落ち着いた様子でそう言うと、応接間を出て、その向かいにある扉を開けた。
扉の先には、二人ほど入れる狭い空間があり、その床には小さな魔法陣が描かれていた。
クィアシーナは思わず息を呑む。今から、何かの魔法を使うのだろうか。
「これを使って、教室棟まで転移出来るんだ。便利でしょう?」
「転移!? なにそれ、めちゃくちゃ便利じゃないですか!」
(そんなものがあるなら、行きも苦労して階段を登らなくて済んだのに)
……そんな考えが頭をよぎったが、もちろん口には出さなかった。
「ただ、これを使えるのは学園の職員と生徒会の人間のみ。
残念ながら、クィアシーナはまだ設定されてないから利用できない。でも、この転移には抜け道があって、設定された人物の荷物であれば一緒に転移出来るんだ」
「荷物?」
「ちょっと……さすがにあんたが抱きかかえるのはよしなさいよ。クィアシーナ、私の背におぶさりなさい」
「え!? リンスティーさんに私がおんぶしてもらうんですか!?」
「時間がないわ、早くなさい」
「えぇー……」
リンスティーは屈んで腕を後ろに出した。
さっき知り合ったばかりの美女におんぶされる――しかも、平民の自分が、貴族のお嬢様に、である。
はっきり言って、戸惑いしかなかった。
けれど授業に遅刻するわけにはいかない。クィアシーナは考えるのをやめ、彼女の背中にしがみついた。
「し、失礼します……」
リンスティーはクィアシーナの脚を支え、ぐっと立ち上がる。
(うわぁ……いい匂い……! それに、背が高いだけじゃなくて、意外とがっしりしてて安定感がある)
クィアシーナが頭の中でおんぶの感想を巡らせている間に、リンスティーは静かに呪文を唱えた。
次の瞬間、目の前の景色がグニャリと歪み、二人はあっという間に教室棟へと移動していた。




