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3. クィアシーナ、キラキラ王子に連行される

あのあと、戻ってきた学園長によって話はいったん打ち切られてしまった。

一限の開始時刻が迫っていたため、ダンテは自分のクラスへ戻り、クィアシーナは学園長に伴われて Dクラスへと案内された。


教室に入るや否や、さっそく自己紹介をすることになり、クィアシーナは無難な内容で挨拶をした。

名前と、以前どこの学校に通っていたのか。それらを簡潔にまとめ、「これからよろしくお願いします」の一言で締めくくる。

良く言えばシンプル、悪く言えばなんの面白味もない自己紹介。

転校を繰り返してきた彼女であっても、この瞬間だけはいつも緊張してしまう。クィアシーナは毎回、自己紹介をしたあとのクラスメイトの反応を見て、これからどう振る舞うべきかを判断してきたのだ。


しかし――これまでの学校とは違い、クラスメイトたちは編入生の彼女を温かい拍手で迎えてくれた。


(こんな平和な学校があっていいの?)


正直、これまでクィアシーナが所属してきた学校は、いずれも一癖も二癖もあるところばかりだったため、彼女は「きっと何か起こるに違いない」と警戒していた。


例えば、初等部のときに初めて転校した学校では、自己紹介が面白くないという理由で、まさかのやり直しを要求された。(もちろん、その場で泣いた)

このときの経験以来、彼女は自己紹介をいくつかのパターンで用意しておくようになった。


他国の、比較的治安の悪い地域にある学校に転校したときなどは、自分の自己紹介を聞いてもいないどころか、前の席の生徒たちが一斉にこちらへガムを吐き捨ててきた。

しかも、その学校は担任もクズで、この仕打ちを見て見ぬふりされる始末だった。

泣く泣くガムのついた髪を切ったのは、もはや彼女の鉄板ネタである。


ちなみに、その前の学校も、そのまた前の学校も、窓ガラスが割られているのは当たり前。

先生と生徒の怒号が飛び交う授業風景が日常で、授業が時間どおりに進むことのほうが珍しかった。


ひとつ前に通っていた、隣国にあるダントリアス校は、それらに比べれば、まるで天国のような場所だったように思う。

ただし、そこは多様で個性的な人々が集う学校でもあり、悪く言えば、皆が我の強い人間ばかりだった。

授業においては受け身の授業はほぼ皆無。自分を主張しなければ埋もれてしまうような環境は、クィアシーナにとって神経をすり減らす日々でもあった。(が、気づけば馴染んでた)


そんな過酷な経験の中で身についたのは、知識ではなく、危険を察知して回避する力、どんな状況でも心を無にできる――ある意味、超人的とも言える集中力、そして強い自己主張だった。


今朝、この国の王子を前にしても彼女が流されきらずに(最終的には流されてしまったが)済んでいたのは、まさにそうした性質ゆえでもある。


まだ半日しか経っていないが、恐らくここは、これまでで一番心穏やかに過ごせる学校なのではないだろうか。

クィアシーナは、そんな淡い期待を密かに抱いていた。



「クィアシーナさん、一緒にご飯食べに行かない? 第二カフェテリアは安くてオススメだよ」

「ありがとう、是非ご一緒させて!」


(こうして昼休みには、編入生の私を気にかけてランチに誘ってくれるし…)


クィアシーナに声をかけてくれたクラスメイトの二人に連れられ、お喋りをしながらカフェテリアへと向かう。


焦げ茶色の髪を左右お下げにして眼鏡をかけている子はララといい、クィアシーナと同じ平民らしい。

黒い髪をショートにしている子はマリアという名前で、親が一代限りの騎士爵を拝命している準貴族だそうだ。

なんとなくではあるが、雰囲気的に、二人とは気が合いそうな気がした。


「ここの学園、というかDクラスの人は穏やかな人が多そうで安心したよ」

ランチの乗ったトレーを持って席に着席するなり、クィアシーナは初日の感想を二人に伝えた。


「そうかな?まあ、確かに他のクラスと比べても、トラブルっていうようなことは少ないかも」

「うん、うちのクラスは平和だと思うよー。クィアシーナさんが転校してくるちょっと前に音楽祭っていうのがあったんだけど、他のクラスが曲決めとかパート分けで揉めたりしてる中、うちのクラスだけはのんびりやってたよね」


ララとマリアの二人の言葉に、クィアシーナは目をぱちくりさせた。


のんびり、平和。

クィアシーナが今まで経験してきた学校とは、まるで縁のない単語である。

というより、これまでが特殊すぎたせいで、逆に「何かとんでもないことが隠れているのではないか」と、不安を感じなくもない。

それでも、とりあえず配属されたクラスは当たりだったようだ。


ランチを食べ終わった後も、おしゃべりは尽きることがなかった。

しかし、自分のことや学園のことをあれこれ話しているうちに、急にカフェテリア内がざわつき始める。


「? なんか騒々しいね」

「ほんと、どうしたんだろ」


ララとマリアの呟きにつられて、クィアシーナも騒めきの方へと視線を向けた。

するとそこには、遠目からでもわかるほど、姿もオーラもキラキラした人物が、大勢に囲まれながら中へ入ってくる姿があった。


(あ、ダンテ会長)


今朝方、学園長室で会ったばかりのダンテが、どうやら第二カフェテリアにやってきたらしい。

彼は周囲のざわめきを気にも留めず、キョロキョロと辺りを見渡している。


「ねえ、あれって生徒会長じゃない?」

「ほんとだ、珍しい……。クィアシーナさん、あっちに生徒会長のダンテ様がいるよ。

なんと、会長は第二王子殿下なんだよ! 相変わらず見目麗しいわ……」

「へぇ……」

「あれ、あんまり興味ない? 王子だよ、王子」


クィアシーナは、実は今朝方すでに二人きりで話をしていた、などとは言えず、曖昧な相槌を打つに留めた。


「でも、なんで第二カフェテリアなんかにいるんだろ?」


不思議そうに、ララが首を傾げる。


今クィアシーナたちがいるのは、学園内に二つあるカフェテリアのうちの一つ、第二カフェテリアである。

お手頃価格のメニューを提供しており、平民の生徒に人気の食堂だという。

対して第一カフェテリアは、それなりの価格帯で、学生向け食堂とは思えないほどリッチなメニューが並んでいるらしい。

そのため第一は、暗黙の了解として貴族専用のような扱いになっているとのことだった。


普段ダンテが利用しているのは第一カフェテリアであり、第二側に姿を現すことは滅多にないらしい。

確かに、この場の庶民的な雰囲気の中で、彼の綺羅びやかな佇まいは、見事なほど浮いていた。



……と、彼の視線がクィアシーナのものとバッチリ重なった。


(やば、目が合ってしまった)


少し面識ができたからといって、つい見つめすぎてしまったようだ。

クィアシーナは慌てて視線を逸らそうとしたが、意外にも彼は手を振りながら、まっすぐこちらへ向かってくるではないか。


「え、なんかこっちに向かって来てない?」

「まさか。私たちに何の用があるって言うのよ」


ララとマリアは、はは、と笑い合っているが、クィアシーナには心当たりがありすぎた。

朝の時点では生徒会を引き受けると言ったものの、途中で話が中断されたこともあり、その後どうするのかは聞けていない。

しかし――まさか、こんなに早々に会いに来るとは。


クィアシーナのもとへやってきたダンテは、「探したよ、クィアシーナ」と、キラキラした笑顔で声をかけてきた。


クィアシーナは内心、(こんな大勢の前で探さないでください)と思ったが、

「すみません、探させてしまいましたか」

と、至極冷静な調子で返し、軽く頭を下げた。


ララとマリアは、クィアシーナとダンテを何度も見比べながら、

え、なにこれ? どういう状況?

と言いたげな表情を浮かべている。

当のクィアシーナ自身も状況を把握しかねていたため、曖昧な笑みでやり過ごすしかなかった。


ダンテはそんな二人の存在に気づき、

「おや、もう友達ができたんだね。こんにちは」

と、気さくに声をかけた。


「「こ、こ、こんにちは……」」


二人とも、明らかに声が上ずっている。


(うん、気持ちはわかるよ……)


なぜなら、朝のクィアシーナも彼と同じような状態だったからだ。

今は契約を結んだ関係となったため、朝のように“身分の上の者”へ抱く緊張は薄れ、どちらかといえば彼のことを“仕事上の上司”のように感じていた。

クィアシーナのそういった順応性は、人より優れている部分であったりもする。


「もう昼は食べ終わったかな? 少し話たいことがあるから、一緒に来て欲しいんだ」

「え、今からですか? ええと、もう食べ終わってはいるんですが……」


そう言うとクィアシーナはちらっと周囲を見渡す。

ララとマリアと同様に、「一体会長がこの子に何の用が?」という感じでこちらの様子をちらちらと伺っている。「なんでダンテ会長が」「誰あの子」というざわめきが耳に痛い。


(めっちゃ悪目立ちしてる)


朝に彼が言った通り、生徒会の人間というのはどうにも目立つ存在らしい。

ダンテが普段来ないカフェテリアに現れただけで、このざわつきようだ。彼に連れられて共に連れだって歩いたりなんかしたら――クィアシーナはこの先の展開を考えると一抹の不安を覚えた。


「食べ終わっているならよかった。それじゃあ早速行こうか。トレーをこちらに貸してくれる?」

「あ、はい」


ここは「会長様に片付けなんてさせられません!」と言ってお断りを入れる場面だったんだろう。

しかし、このとき、クィアシーナは条件反射のように、言われるがまま、食べ終わった食器の乗るトレーを彼の手に渡してしまった。

ダンテはクィアシーナからトレーを受け取ると、片手の指先をふいっと軽く動かした。すると、トレーがふよふよと彼の手から離れ浮かんでいき、そのまま返却台の棚へと収まっていった。


「い、いまの何ですか!?」


勝手にトレーが飛んで行った様子に、片付けてくれたお礼も忘れ、今何をしたのかを尋ねる。


「ん?ただの浮遊魔法だよ」

「浮遊魔法……すごい……はじめて見た……。あ、すいません、代わりに片付けて頂いてありがとうございます」


(本当にすごい……これが魔法)


今までクィアシーナがいた学校では、ここまで自在に魔法を使いこなす者はいなかった。

そのため、先ほどの光景がどうにも信じられず、彼女は思わず、いつになく興奮した声を上げてしまった。


「構わないよ。それじゃあ、こちらへついて来て。

お友達も、邪魔してごめんね。クィアシーナを少し借りるよ」


二人は彼の言葉に、「滅相もございません」と、ぶんぶん首を横に振っている。

キラキラ会長は、周囲への気遣いまで抜かりないらしい。


クィアシーナはその様子をぼんやり眺めていたが、突然ダンテに手を取られ、はっと我に返った。


「……へ?」

「さあ、行こうか」


クィアシーナの手は、ダンテの手によってしっかりと握られていた。

まるで、「逃げるな」と言われているかのように。


(なんだ、これ)


クィアシーナは自分の状況をうまく飲み込めないまま、彼に導かれるように歩き出した。


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