ex.2 とある恋人同士の放課後
(※本編終了後のリンスティーとクィアシーナのいちゃつくだけのお話※)
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「……?」
頭に違和感を感じ、手でそれを払いのけながらゆっくりと目を開ける。
少し休憩しようと応接室のソファで横になっていたのだが、気付けば眠ってしまっていたらしい。
連日創立祭の準備に追われ、相当疲れが溜まっていたようだ。
ぼんやりとしたまま身体を起こす。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいました」
いつの間にか目の前にいたクィアシーナが、咄嗟に手を引っ込めた。
「いや、もう起きないといけなかったからちょうどいいよ」
乱れた髪を手ぐしで整えていると、クィアシーナもこっちへ手を伸ばし、一緒になって俺の髪を梳いてきた。
少しくすぐったいが、彼女の好きにさせる。
「本当さらさらですね……」
どうやら、俺が寝てる間もこうして髪を触っていたらしい。
「でも、なんでこのタイミングで切っちゃったんですか? せっかく綺麗に手入れして伸ばしてたのに」
彼女に問われ、思わずうなじに手をあてる。
これまであった感覚が無くなって、首元はスースーしていた。
理由は、自分でもはっきりしない。
ただ、自分の中で何か区切りがついた気がして、思い切ってこれまでずっと伸ばし続けてきた髪をバッサリと切った。
ダンテにはめちゃくちゃに驚かれたけど、アイツも特に追求してくるようなこともなかった。
「……短い俺は嫌?」
髪を梳く彼女の手を取り、自分の頬へと滑らせる。
ちらりと仰ぎ見た顔が、ほんの少し朱に染まった。
彼女はそのまま目線を自分から逸らさず、正直な気持ちを伝えてくる。
「まさか。でも、なんていうか……正直、リンスティーさんが急に知らない男の人になったみたいで、不思議な感覚です」
「そう? 髪が短いだけで、何も変わらない」
何も、というのは嘘だけど。
おそらく、彼女はいざとなったら俺がお姉様姿になるという安心感をどこかで持っていたんだろう。それが無くなって逃げ場を失い、戸惑っているのかもしれない。
(……俺としては、願ったり叶ったりなんだけど)
「か、変わりますよ。主に、私がリンスティーさんを見る目が、ってことだけど……」
言い淀む彼女に、続きをせがむ。
「どういう風に?」
「え、それ聞きます? うーん、すぐに言語化するのは難しいな……」
俺に取られてない方の手を口元にやり、ううんと悩み始める。
ここで誤魔化さずにちゃんと考えてくれるところが、クィアシーナの良いところだと思う。
「……」
けれど、俺の方が答えを待てなかった。
握っていた手を一度離し、立っている彼女の腰に手を回して自分の方へ引き寄せる。
すとん。
彼女はなんなく俺の膝の上に座り込んだ。横向きに座ったまま、クィアシーナが戸惑ったように尋ねてくる。
「えぇっ、急にどうしたんですか」
「いや、なんか……かわいいなって思って」
回した手を少し強め、自分の方へとぐっと引き寄せて顔を近づける。
「リンスティーさん……前よりも、遠慮が無くなりましたよね」
「まあ、そこは恋人同士だから」
自分で言ってて、少し気恥ずかしくなる。
正直、付き合う前から遠慮してはいなかったけど、心のどこかに罪悪感はあった。
クィアシーナも自分と同じだけの気持ちを持ってくれてることはわかっていた。けど、お互いの関係がはっきりしないままどこまで触れていいのかずっと手探りだった。
それが、気持ちの通じあった今、一切の遠慮がなくなった。
「……」
クィアシーナは照れたような顔を隠すように、俺の胸へ顔をくっつけて「あー」と小さく呻く。
「私、爆発しそうです」
「タオルいる?」
「いえ、まだかろうじて持ってます。かろうじて」
かろうじて、という声が強い。
そのまま彼女は続ける。
「――そろそろ執務室戻ります?」
「このタイミングで戻る奴なんていんの?」
間髪容れずに断りを入れる。
すると、クィアシーナの顔はとうとう真っ赤になってしまった。
「あとちょっとだけ、休憩しててもいいだろ……」
そう言って俺の胸に顔を埋めていた彼女の頬に手を添えて上を向かせると、クィアシーナの瞳が静かに揺れる。
そのままゆっくり目を閉じ、どちらからともなく唇を触れ合わせた。
(――そうか)
この瞬間、唐突に自分が髪を切った理由を理解した。
(……もっとクィアシーナに自分を男として意識して欲しかったんだ、俺)
今までよりもっと、男としての自分に夢中になって欲しい。ダンテと出会ってからずっと伸ばしていた髪を躊躇うことなく切ってしまうくらいに、自分も彼女に夢中なのだから――
しばらくその時間に浸っていると、突然、胸をトンと押されてしまった。
彼女の身体がすっと自分から離れる。
え、と驚いてクィアシーナを見下ろすと――
「ば、爆発しました……」
「!」
気まずそうな声とともに、クィアシーナが片手で鼻を押さえていた。
押さえた指先から、赤いものが一筋流れる。
「あ、垂れた」
思わず呟きが漏れた。
「げぇっ、タオル! タオル貸してください! ああっ、リンスティーさんの制服に飛沫が飛んじゃった!」
「待て、いまは動くな! クィアシーナのスカートにも飛び散るぞ」
さっきまでの甘いムードは全て消え失せ、てんやわんやとお祭り騒ぎに変わる。
「うう、すみません⋯⋯」
「俺は大丈夫。それより、鼻をちゃんと押さえとけよ」
少し残念な気もしたけれども、これはこれでいいと思っている。
――彼女といると本当に飽きない。
「なんだか、リンスティーさんと付き合ってから爆発の頻度が爆上がりしてる気がします……そのうち私、貧血になるかも」
クィアシーナが床に落ちた飛沫を拭きながら、こっちを向いてボヤいてくる。
「貧血に効くやつ差し入れするから、思う存分爆発してくれていい」
俺がそう言うと、申し訳ない表情から思い切り苦い顔に変わった。
「……ついでに、心臓も飛び跳ね過ぎてどっか行っちゃいそうなんですが……」
「それもちゃんとどっか行かないように抱き締めるから大丈夫」
「……」
クィアシーナの床を拭いていた手がピタリと止まる。
そしてそのまま視線をこちらへ向けてすくっと立ち上がった。
急に真面目な顔をし出すから、どうしたんだと少し身構えると――
「!」
座っている俺の身体に腕を回し、ぎゅうぎゅうとハグをしてきた。
「――よろしくお願いします」
胸に顔を埋めて小さく呟くクィアシーナ。
「……うん」
俺もたまらず自分の腕を回し、ハグを返す。
相変わらず、彼女のスイッチがわからない。
わからないけど――
(そんなクィアシーナが、大好きだ)
急に彼女への気持ちが止まらなくなる自分も大概――
静かにハグを交わしながら、そう、しみじみと思った。
(おわり)
また気が向いたら追加します。いったん完結。
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