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第18話 (サイド:ダフネ) 虐待された獅子

 ……夢のような時間だった。

 大貴族のエリヌスに見初められ、その腹心であり剣の達人であるオリーブと話せるだなんて。

 しかも、稽古をつけてもらえるだなんて……!!

 ……本当に、夢みたいだ。


 さっき、オリーブからエリヌスの財布をもらった。

 自由に使っていいとのことだ。

 そして、できれば家の改築に充ててほしい、とも。

 有難い事この上ない話だ。

 四人目(・・・)を身籠っている今、母は常日頃から衛生面に気を遣っていた。

 僕自身もそうだった。

 だが、この金さえあれば、母をちゃんとした環境に住まわしてやることができる。

 ……この金さえ、あれば。


「帰ったぞー!!」


 ……ああ、またか。

 聞きたくもない声が聞こえてきて、心の中で深いため息を吐く。

 オリーブと入れ違いで帰ってきただけマシだ。

 ……この財布は、隠しておかないとだな。


「お、お帰りなさい、お父さん」


 引きつった笑顔で、心底憎い我が父を出迎える。


「おう、ダスネか」

「だ、ダフネ、です」

「あ? そうだったか? ま、いいや」


 このくそ親父、また酒を飲んできたな。

 臭くて敵わない。


「……おい。そのポケット、何が入ってる?」

「え? あ……」


 ……バレないだろうと思ったんだけどな。

 咄嗟にポケットに突っ込んでしまったせいで、不自然に膨らんでしまっていたようだ。


「えっと、財布、です。これからお使いに行くから……」

「お使い? お前が? んなこと言って、家の金くすねる気じゃねえだろうな!?」

「ち、違います!! ごめんなさい……!!」

「チッ。まあ、いいや。母さんは?」

「二階で寝てます」

「家事は?」

「ぼ、僕が今からやります……」

「チッ。母親のくせに、家事の一つもできねえのか。なあ!!」

「や、やめて。母さんは今……」


 妊娠中。

 そういう前に、僕は髪を思いきり掴まれた。


「てめえ、誰に口きいてんだ? ああ!? てめえも俺に逆らうのか!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「チッ。次なんか言ったら殺すからな」


 ……父の殺すは、本気の『殺す』だ。

 父の職業は、冒険家だ。

 ……元、だが。

 そのせいで、無駄に力が有り余っている。

 だから、僕を殺すなんて容易い事だろう。


「おい、ダスネ」

「は、はい」


 返事をすると、父は無言で手を差し出してきた。


「金。飲み足りねえから、寄こせ」

「でも、これは……」

「いいから、寄こせ!!」


 悲鳴を上げる間もなく、目の上を思いきり殴られた。

 ……痛い。

 痛い。


「ほら、さっさと出せ。もう一回殴られたいか?」


「ねーちゃん?」


 ……あ、まずい。

 さっきまで昼寝をしていた妹が、今の騒ぎで起きてしまった。


「おら、いいから金出せ!!」

「やめて!! 見られてるから!!」

「知るか、んな事!!」


 もう一発、今度は鼻を殴られた。

 ジュッと熱くなるような感覚を覚え、口の上を何かが流れた。


「チッ。くそが。さっさと寄こさねえからだ」


 口の中に、血が入ってきた。

 苦い。

 痛い。

 まずい。

 怖い。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「ごめんなさい、父さん。エリヌス。オリーブ」

「あ? なにぶつぶつ言って……!?」


 気付けば、父を突き飛ばしていた。

 妹が見ているとか、そんなことは頭から抜けていた。


「てめ、何を!?」

「うるさい!!」


 ごっ、と鈍い音が鳴る。

 拳に嫌な感触が返ってくると同時に、下から変な声が聞こえてきた。


「お前の!! せいで!! 僕は!! いつも!! いつも!! いつも!!」


 何発も、何発も、拳を振り下ろした。

 父も反撃してきた。

 だが、そんなことは意に介さない。

 ただひたすら、拳を打ち下ろした。

 父の声が聞こえなくなるまで。





 疲れて拳を止めた頃には、僕の拳から血がぽたぽたと垂れていた。

 僕が出血しているのか、父の血なのか、感覚が麻痺しているせいで分からない。

 父は、とっくのとうに意識を失っていた。

 しばらくすれば、死ぬかもしれない。


 それよりも、気になるのは妹だ。

 ……どこに行った?

 もう暗いから、危ないのに。


「だ、だふ、ダフネ……」

「……まだ生きてたのか、ゴミ」


 ゴミは、消さないと。

 あと一発、拳を入れれば……!!


 ──パシッ。


「ダフネ殿。何をなさっているのですか?」

「オリーブ……」


 オリーブの手の平が、僕の拳で真っ赤に染まっている。

 それを認識したと同時に、疲労のピークが訪れたのか、僕は意識を失った。

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