第12話 威力実験
私が襲撃犯を返り討ちにしたという話は、瞬く間に王宮内にまで広まった。
……そして、真犯人の正体も襲撃の翌々日に発覚した。
相手は、弱小貴族の一つだった。
まあ、襲撃犯のレベルで察していたが。
私を殺せば、上にのし上がれると勘違いしたらしい。
馬鹿も大概にしてほしいものだ。
こんなことをすれば即刻処刑……のはずだが、私がストップをかけていた。
理由は、至極単純。
見せしめにしたい。
私を襲えばどうなるのか、他の貴族連中にも見せつけてやる。
そして、私を殺そうと画策する馬鹿どもの期待を、粉々にぶち壊してやりたい。
◆
「おい、エリヌス。本当にいいのか?」
「ああ。相手は死刑囚だ。国から許可も取っている」
そう返すと、バーベナは少しうんざりしたような顔を浮かべた。
「貴族のボンボンのくせして、よく人体実験なんてやる気が起きるな」
「目的のためだ」
「お前は最悪だ。狂ってる」
「悪いか?」
「いや。そこが気に入った」
そう言って、バーベナはにやりと笑った。
「実験の概要は、この羊皮紙にまとめてある」
「……ほう、なるほど」
「ここに書いてある通り、これは威力実験だ。この結果をもとに、私の魔法についてお前がまとめてくれ」
「……確かに、お前の魔法は未知の存在だからな。リスクを知るという意味でも、有意義だと思うぞ」
「だろ?」
「それに……上手いこと考えたな」
「どーも。それじゃ、さっそく実験しに行こうぜ。実験場所は、国が用意してくれている」
「随分と用意周到な奴だ」
「それが貴族だ」
◆
「……また上手いこと手配したな、お前は」
黒い平原を見ながら、バーベナはそう零した。
「実験にはうってつけだろ」
「ああ。最高だ。それに……」
「んー!! んー!!」
「実験体の活きも良い」
「捕まえたてほやほやの貴族だからな」
縛られて芋虫のように転がっているそいつに視線をやる。
「よくも私を狙ってくれたな。覚悟しろよ?」
「んー!!」
「バーベナ!!」
「ああ」
バーベナがそいつに触れると、一瞬で奴の姿がなくなり、平原のど真ん中に移動した。
……これが転移魔法か。
最上位の魔法に位置すると聞くが、難なく使いやがった。
しかも、無詠唱で。
やっぱり、こいつは魔法使いとしてのレベルが違うようだ。
「いつでもいいぞ、エリヌス」
「ああ」
じっと一点を見つめながら、詠唱を始める。
脳内では、明確なビジョンと威力を想像していた。
そして──
「『暗黒太陽』!!」
詠唱を終えると同時に、黒い爆発が起こった。
数秒の間滞留していたそれは、やがて風に流され、消えた。
「もう大丈夫だな。行くぞ」
「ああ」
手を握ると同時に、バーベナが転移魔法を発動した。
「実験体は……おっ、いたぞ!!」
「……こりゃ酷いな」
「……バーベナから見てもか」
「ああ」
奴の体は、全身が黒く染まっていた。
まるで、インク壺の中にでも落ちたみたいだ。
「全身の骨が折れている。それに、髪も黒焦げだな」
「……で。出来るのか?」
「当たり前だ。天下のバーベナ様、なめんな」
そう言ってバーベナは、実験体だったそれに手を触れた。
そして──
「《スプリション》!!」
最早当然のごとく無詠唱で魔法を発動した。
すると、みるみるうちに元実験体の体から禍々しい黒色が抜け、次第に元の人間の姿に戻った。
「あとは……この順番で使えばいいか」
そう言って、バーベナは三つの魔法を次々に発動させた。
「──よし、終わりだ。これで、お前の要望通りだ」
「みたいだな」
バーベナの魔法捌きに感嘆しつつ、例の貴族に目を向ける。
「回復、整形、記憶除去。この間読んだお前の魔導書に書いてあったから使えると踏んだが、本当にこんなに幅広く魔法を使えるとはな」
「……読んだのかよ、あれ。恥ずかしい。まあでも、勉強熱心なのはいい事だ」
「それはどうも」
「勉強ついでに教えておくが、今回使った魔法は全部、黒魔術の応用だ。まあ、正確に言えば、正反対に位置する魔法なんだがな。魔法を勉強してれば、いずれ分かるようになるが、一つの魔法を極めれば、その逆に位置する魔法も使いこなせるようになる」
「なるほど……?」
「今はまだ理解できなくていい。てか、理解すんな。俺が教えることがなくなる」
「魔法の極意的な話か?」
「俗的に言えばそうだな。まあ、そんなわけで、黒魔術と逆の聖魔法も俺は扱えるんだ。そして、聖魔法の基礎は回復魔法。その回復の作用を少しいじれば、さっきみたいに別の魔法に発展させられる」
「なるほど。勉強になる」
「人にものを教える以上、適当なことはできないからな」
「……案外、まともなことも言えるんだな」
「失礼だ、馬鹿」
「いでっ!!」
軽く小突かれた頭をさすりつつ、内心でほんの少しだけバーベナの株を上げる。
「ま、とりあえずは、お前の言う『威力実験』は成功だな」
「お、という事は……」
「ああ。実際に実験体に触れて、効果も、お前の魔力も体感できた。後は、ちょっとした実験をすれば、全部まとめられる」
「私がやることはあるか?」
「いや、ない。必要なのは、魔力の反復的な再現だからな。そのくらいなら俺にもできるし、そもそもお前じゃ無理だ」
「分かった。それでは、後は頼むぞ。こいつは、こっちでなんとかしておくから」
「ああ。にしても、随分と回りくどいことしたな」
「必要なことだ」
そう言って、お互いにやりと笑い合う。
今回の私の作戦は、こうだ。
バーベナや国に話した通り、襲撃の指示を出した貴族を実験体に、私の魔法の威力を実験する。
ただし、死なない程度の威力に抑えて。
そして、瀕死の重傷を負った実験体へ、さっきバーベナが使った魔法を使用する。
そうすることで、私は威力実験が行える上、貴族を自ら始末したという実績が手に入る。
実際には、この男は整形も記憶改ざんも済ませてあるため、一般人としてどこかの町に放り込むのだが。
それでも、対外的には冷徹な貴族という印象を与えられ、他の貴族から今後暗殺に狙われるリスクを減らせるという訳だ。
まあ、威力の加減には苦労したが、これも修行だと思えば、大したことではない。
私だって、人殺しはしたくないのだ。
私を殺しに来たのは腹が立つが、殺し返したいと思うほどでもない。
「ああ、そうだ。王宮にこいつを持ち帰ると面倒だから、私たちは宿の方に飛ばしてくれ」
「了解。場所は?」
「ここだ」
「……ケッ、良いところに泊まりやがって」
「こっちは貴族だからな」
宿屋の店主の名刺を見ながら悪態をつくバーベナに、そう言い返す。
「じゃ、送ってやるからな。後始末はちゃんとしろよ、エリヌス殿」
「そちらも、しっかりと仕事してくださいよ、バーベナ先生」




