二.秀次への違和感
千代を入内させる。
秀次様のその計画に私は驚いた。亀だけでなく、千代も京へ嫁がせるというのか。
「千代を……東宮様にですか?」
「そうだ。京と縁づくことで、増長する徳川を牽制することができる。それには千代を入内させ、皇子を産ませ、帝の外戚となるのが一番手っ取り早い」
そう語る秀次様の目は異様にぎらついていて、私はぞっとした。関白の座から降ろされる前、おかしくなっていたころの秀吉の目に、似ていたのだ。
「されど、秀次様……それでは千代があまりに不憫にございます。あの子はまだ」
「案ずるな、何も今すぐにという話ではない。あと数年してからのことだ。まずは亀の輿入れも控えておることだしな」
私の言葉を遮るように秀次様は言う。
「お初には私から断りの旨を伝えておくゆえ、安心せよ。亀が嫁いでひと段落つき次第、千代の入内については進める。――ああ、それとな」
ふと思い出したように、秀次様は小さく嘆息し、私を見た。
「秀政に側室をつけることにした。どの家からどの姫を迎えるかはそなたに一任するゆえ、頼むぞ」
「えっ!?」
何を言っているのか。私には分からなかった。慌てて制止しようと口を開く。
「お待ちください、秀次様。秀政には子はおりませぬが、あの子はまだ十五。世継ぎの誕生を急ぐような年ではないかと」
秀次様は何も言わない。私はさらに説得を試みた。
「確かに秀政と完子はいまだ真の夫婦ではありませぬが、それはまだ完子が子を産むには危険な年齢ゆえです。側室のことは、いずれあの子たちが大きくなり真の夫婦になってからでよいのでは?」
「完子に秀政の子を産ませるわけにはいかないのだ」
秀次様は断固とした口調でそう言った。
「徳川の血を引いてはいないが、あれは徳川の姫だ。あれに秀政の子を、豊臣の後継者を産ませるわけにはいかない。徳川とは縁もゆかりもない家の姫に、秀政の子を産んでもらわねばならぬ」
「秀次様……?」
もはや「完子」とすら呼ばない、あれ呼ばわりだ。完子は江の子であると同時に、秀勝様の子なのに。実の姪をあれ呼ばわりするほどに、秀次様は徳川への嫌悪に支配されているのか。
「秀次様、完子は私にとってもあなたにとっても姪にございます。なぜそのようなことを仰せになるのですか!あの子が徳川の姫になったのも、亡き殿下の……豊臣の政に利用されたせいでしょう!あなたたちが、徳川との繋がりを強めようとして江を徳川へ嫁がせたのですよ!それなのに、徳川殿が疎ましくなったら、秀勝様の子である完子を、徳川の姫として疎むのですか!?あなたはそこまでおかしくなってしまわれたのでっ……」
最後まで言うことはできなかった。乾いた音と同時に頬に痛みが走る。秀次様に叩かれたのだと理解するには数秒を要した。秀次様と夫婦になってもう二十年近くたつけれど、秀次様が私に手をあげたのは初めてだった。
「黙れ……黙れ、黙れ!!そなたごときが、この私に指図するな!」
秀次様は目を血走らせ、鼻息を荒くして怒鳴りつけた。その顔つきは異様で、私は初めて秀次様を怖いと思った。
「そなたが何を言おうがこれは決定事項だ!秀政の子を産めるような、立派な姫を側室として選べ!そなたの役目はそれだけだ、豊臣の血を汚さず、守るのだ!徳川の血を混ぜてはならぬ!」
「完子に徳川の血は流れては……」
「黙れ!」
間違ったことは言っていない。それなのに秀次様は、私に反論されること自体が腹立たしいのだろう。再び手を振り上げる秀次様に、私は反射的に身を縮めた。
怖い、と思った。秀次様はなぜここまでおかしくなってしまったのだろうか。日々の多忙のせいなのか、それとも徳川殿の増長による心労なのか。はっきりとした原因は分からない。ただ分かるのは、私が愛した秀次様はもういなくなったという現実だけだった。




