一.初の要望
投稿が滞ってしまい申し訳ありません。少しずつ再開していこうと思います。
初が夫である高次様とともに大坂城へやってきたのは、慶長十年の年明けのことだった。関白である秀次様に年始の挨拶をするためだという。だが、秀次様が関白になってから何年も経つのに、初がこうして年明けに訪問してきたのは初めてだ。おそらく、秀次様への挨拶は大坂へ来る口実なのだろう。
「それで、実際の要件は何じゃ?」
私の私室にて。挨拶もそこそこに、私は本題に入った。初はぎくりと身体をこわばらせたが、やがて観念したように目を伏せた。
「……姉上にはお見通しなのですね」
「仮にもそなたの姉じゃ。それで、わざわざ大坂に来て私に直に申したいということはよほどのことなのであろう?」
「……」
俯く初。口を開いては躊躇って口ごもることを繰り返し、やがて覚悟を決めたかのようにばっと顔を上げ、私の前に手をついた。
「姉上、お願いいたします。千代を、我が京極家の嫁に迎えさせてはいただけないでしょうか。私の養女として、忠高の正室としたいのです」
思いもよらないところから攻撃を食らった気がして、私は息を飲んだ。
やはり、歴史というのは史実をなぞろうとするのだろうか。歴史が変わったことで、江と秀忠殿の間には初姫が生まれていないのだ。史実では初の養女となり、忠高様が側室との間にもうけた京極忠高に嫁いだ初姫が。その初姫の代わりに、千代が京極忠高に嫁ぐ――そういうシナリオに変わってきているのかもしれない。
けれど、私は素直に頷くことができなかった。史実で初姫が辿った人生をそのまま千代が辿るかもしれないと思うと、受け入れがたいのだ。何しろ初姫と忠高の夫婦仲は非常に悪く、子供もできなかった。挙句、忠高は初姫が若くして亡くなるとき、その臨終にすら立ち会わず相撲見物に興じていたという。その仕打ちに激怒した秀忠殿と家光は、初姫の葬儀を徳川家で行い、京極家の参加を許さなかったのだ。初姫の代わりに千代がそんな目に遭うのかと思うと、胸が押しつぶされるような心地だった。
「……今すぐに、返事はできぬ。秀次様と話し合うゆえ……少し、待ってくれぬか」
そう言うのがやっとだった。初もそれは分かっていたのだろう、「はい」と頷いてくれる。
その日のうちに初と高次様は帰っていった。
「それにしても、珍しいこともあるものだな。お初がわざわざ大坂まで来るとは」
夜、秀次様が何気なくそう言って、私は平静を装って「そうですね」と答えた。けれど、もう夫婦になって十数年経った秀次様には、私の動揺などお見通しだったようだ。
「茶々。お初と何かあったのか?……あったのだな」
「……」
秀次様は私の横に腰を下ろし、俯いている私の顔をあげさせた。
「茶々。お初が私への挨拶と言うて大坂に来たのは、本当はそなたに話があったからなのであろう?高次が申していた。私への挨拶を口実に使って申し訳なかったとな。そなたに話を切り出すのをお初はかなり悩んでいたと……もしお初の申し出で嫌な思いをさせたら申し訳ない、それは自分のせいなのだと申していたぞ。そなたが初を責めるようなことがないよう計らってほしいと言われた」
「高次様がそのようなことを……」
高次様は初のことを本当に大切に思ってくれているようだ。私はそれを嬉しく思った。
「それで、お初はそなたに何を申したのだ? 高次があのように話すなど、よほどのことなのであろう」
「……はい」
私は頷き、初からの要望を秀次様に伝えた。千代を初の養女とし、高次様が側室との間にもうけた嫡男の忠高に嫁がせたいという要望を。
「――そうか……お初がそのようなことを」
「はい。京極家は信頼のおけるお家ですし、良い話だとは思うのですが」
まさか、千代が初姫のような人生を辿るかもしれないなんて言えるはずはない。そもそもこの世界に初姫は存在していないのだから。それに、忠高がどんな人物なのかを私は知らない。
「今のところ、我が豊臣家が深く縁づいているのは京極と徳川のみだ」
初も江も秀吉の養女として、豊臣の人間として嫁いでいる。そして秀政の正室である完子は江と秀勝様の子だが、秀忠殿の養女――徳川の人間として秀政に嫁いできている。
「亀を九条家に嫁がせるとはいえ、もっと多くの家と縁づく必要があると思っていた。ゆえに、千代の相手も検討していたのだがな」
「そうだったのですか?」
初耳だ。驚く私に、秀次様は頷いた。
「大名家だけでなく、京とも縁づくべきだ。亀の九条家への輿入れはその足掛かりにすぎぬ。千代は、入内させようかと考えている」
「えっ!?」
「そこまで驚かずともよい。東宮は千代とさほど変わらぬお年、ちょうどいいと思ってな。亀と千代を京に嫁がせ、秀政は完子を通して徳川を監視する。そうすることで豊臣の権威は保たれる」
そう語る秀次様の声は、どこか浮ついていた。目も異様に輝いていて、なんだか熱に浮かされたかのように私には見えた。今まで見たことのない秀次様の様子に、私はどことなく恐怖を抱いたのだった。




