十一.相違、異変
秀政と完子の婚儀、そして二人の夫婦仲が心配ないことを見届けて江は江戸へ帰っていった。それから数か月後、四人目の子が生まれたという文が届いた。
今、私の目の前には完子がいる。
「お呼びでしょうか、義母上様」
「急に呼んですまぬな、完子。江戸より文が届いたのだ」
そう言うと、完子は察したようでぱっと顔を綻ばせた。
「母上が無事にご出産なされましたか?」
「ああ」
頷くと、完子の笑顔がさらに深くなった。小吉が生まれたときのことは覚えていないだろうが、千や子々、勝が生まれたときのことはきっと覚えているだろう。出産の大変さは知っているからこそ、なおのこと嬉しいはずだと私は思う。
「元気な若君だそうじゃ。慣例に倣って竹千代と名づけられたらしい。そなたにとっては二人目の弟じゃな」
「はい! ――あ、義母上様、豊臣からも祝いの品を送るのでしょう? そこに私からの文を同封してはいただけないでしょうか」
「無論、構わぬ。私も江に祝いの文を書こうと思うておったしな。祝いの品を準備するのはこれからゆえ、まだ時間はある。ゆっくり考えて思いのたけを書くがよい」
「ありがとうございます!」
大きく頭を下げ、完子は善は急げと言わんばかりにぱっと立ち上がり部屋を出て行った。
「まったく……やはりあの子は江に似たようじゃな。秀政の正室となった以上、少しは慎みというものを覚えてもらわねば」
「お方様、言っていることと表情が真逆にございますよ」
よねに指摘され、私は慌てて頬を両手で挟み緩んでいた頬を引き締めようとした。次期関白の正室としてしっかりしてもらいたい反面、可愛い姪っ子であり幼いころの江によく似ている完子が可愛くて甘やかしたい気持ちがあるのは否めないのだ。
「ま、まあ完子もまだ十二じゃ。秀政ともまだ夫婦の契りを結んでおらぬし、今はあれくらいでよいのかもしれぬな」
「ふふ。そういうことにして差し上げましょう」
「それはありがたく受け取っておこうか」
幼い頃――それこそ赤子のときから世話してもらっているだけあって、よねには敵わない。軽口をたたいて笑ってみせたが、内心では少なからず動揺していた。
今回生まれたのは若君、竹千代。つまり徳川家の嫡男である。けれど史実では『江』の第四子は姫君、初姫だったはず。千、子々、勝と史実通りに生まれていたのに、ここで相違が生じてきたというのか。そもそも私が転生して色々と介入したせいで歴史が大きく変わっている以上相違が起きるのは仕方ないのだけれど、江に関しては佐治一成と結婚しなかったことと小吉の誕生以外は史実通りに来ていたはずだ。ここで史実を変えた影響が出てきたのかと思った。
「よね。徳川に……いや、江に祝いの品を贈らねばならぬ。手配を頼めるか」
「承知致しました」
よねが頷いたとき、侍女が一人入ってきた。その手には文を一通持っている。
「お方様、失礼致します。養源院より早馬が参りました」
「養源院から?」
嫌な予感がした。侍女が差し出してきた文を受け取ると、差出人は養源院の住職だった。養源院から届く文は今までずっと母上からのものだったのに――不穏に胸がざわついて、私は急いで封を切り文を開いた。
「お方様?」
内容を読んだ私の顔色はよほど変わったらしい。よねが驚いた表情で問いかけてくるが、答える余裕はなかった。すべてに目を通した後、私はすぐさま命じる。
「今すぐ養源院へ向かう。支度をせよ……!」
養源院の住職から届いた文。それは、母上が危篤に陥ったという知らせだった。
「母上は!?」
到着した養源院で輿をおりた私は、出迎えにでた住職に開口一番そう訊ねた。いつもならきちんと挨拶をするけれど、そんな余裕はなかった。
「非常に容体はお悪うございます。医者がついておりますが、今夜が峠とのことにて……」
あまりにも残酷なその言葉に、私だけでなく後ろに控えていたよねや他の侍女たちが息を飲む。母上の命が危ういという状況、そしてそれを今まで知らされていなかった衝撃と怒りが突き上げて、私はその勢いのまま住職に詰め寄った。
「そこまで悪くなっておられたのに、なにゆえ私たちに知らせなかったのじゃ!」
「天長院様の願いにございます。政所様やお江の方様、お初の方様に心配をかけたくないと仰せになられまして……」
そう言われては、私はそれ以上詰問することができなかった。というか、今は問い詰めている場合ではないのだ。一刻も早く母上のそばに――その思いで、私は母上が臥せっている部屋へと早足で向かうのだった。




