十一.乱心
文禄四年末に私は第四子を出産。やっぱり何度体験してもこの痛みには慣れないが、産声を聞いた時の喜びと安堵は何物にも代えがたいものだった。
「姫君にございます」
産婆がそう報告するのを聞きながら、私はうちの家系は本当に女子ばかりだと思った。母上は私たち三姉妹を産んだし、史実の『江』も、八人産んでうち男子は二人だけ。史実の『茶々』が鶴松と秀頼の二男をもうけたのは奇跡に近いのかもしれない。
産まれた娘の名は、今度は秀次様がつけてくれた。『千代』と。我が家の子供たちはことごとく長寿を願われているとつくづく思う。亡き鶴は『鶴は千年』からだし、亀もまた『亀は万年』から。松寿丸の名に入っている『松』は不死の象徴。そしてまた今回の千代も、読んで字のごとくである。
「亀も松寿丸も千代も皆、健やかに育ってくれればそれでよい。年長の者より先立つなどあってはならぬ」
両脇に亀と松寿丸を座らせ、千代をあやしながら秀次様は言い切った。鶴をわずか三歳で失い、弟二人に先立たれた秀次様の言葉には重みがある。私は「はい」と頷いたのだった。
秀吉が大坂に戻ってきたのは千代が生まれて半月後。そのまま大坂城へ入ったとのことだが、まだ体調が万全ではなかった私は自邸で留守番をし秀次様だけが戦の労をねぎらうべく秀吉に会いに行った。
「お方様。秀次様がお戻りになられました」
「え? もう戻られたのか?」
だが、朝早くの出立で秀次様は夕方には戻ってきた。とりあえずは戻ってきたなら出迎えをしなければ、と私は驚いて立ち上がる。亀と松寿丸もそれに続いた。
「父上! おかえりなさいませ!」
「ちちうえ!」
亀と松寿丸が笑顔で秀次様に抱きつき、秀次様は笑顔で二人に向かい合っている。けれどその顔には怒りのような困惑のような負の色が滲んでいて、大坂で何かがあったのだと察しがついた。
「おかえりなさいませ、秀次様」
「ああ、今戻ったぞ。……横になっていなくてよいのか?」
「大丈夫です。それより、ずいぶんお戻りが早いのですね。何かあったのですか?」
問いかけると、秀次様は渋い顔で頷いた。二人でゆっくり話したい、というので、私は侍女たちに亀と松寿丸を連れて行くように命じる。
二人が侍女たちに連れていかれるのを見送り、夫婦で秀次様の居室へと向かう。どかっと座布団に腰を下ろし、秀次様は渋い顔で口を開いた。
「……叔父上が縁談を持ってきた」
「誰のですか?」
「お江だ」
「はぁ!?」
変な声が出た。
「秀勝様が身まかられてまだ一年も経っていないではありませぬか!小吉も生まれて間もないのですよ!」
「分かっておる、私も同じ気持ちだ。だが、豊臣家にお江以外にちょうどいい年の姫君がいないとのことでな」
秀吉に子はないし、豊臣家の成人男性でも存命なのは秀次様くらい。その娘である亀はまだ七歳だし、千代に至っては生まれたばかりだ。夫を亡くし未亡人となった江が一番政略結婚には適任なのだが、いくらなんでもこのタイミングはありえない。
「それも、完子と小吉は豊臣家に置いていかせるとのことでな」
「そんな……! そのようなことをしたら、江は壊れてしまいます!」
今の江は、秀勝様を失った悲しみを完子と小吉の存在で何とか癒している状態だ。まだ悲しみも生々しい中で子供たちと引き離されたら、あの子は完全におかしくなってしまうだろう。
「と、いうか……殿下はあの子をどこに嫁がせようと考えておいでなのですか?」
「徳川殿のご嫡男、秀忠殿だ。お江より六つ下だな」
ああ、ここで歴史修正力が働いたのか。史実通り、秀勝様を亡くした江が秀忠に嫁ぐことになるのかと私は思う。
「徳川殿は豊臣家家臣の中でも強い力を持つ。豊臣家と姻戚関係を結ぶことで、しっかりと身内に引き込んでおきたいのだろうが……いくらなんでもこの手は無茶苦茶すぎると反対してきたのだがな」
私の内心を知る由もなく、秀勝様はそう言って重いため息をついた。
「……天長院様がご出家された頃から、叔父上は少しおかしくなっておられるようだ」
「え……?」
「あの戦もそうだ。四方を海に囲まれたこの国が、大陸を支配しようなどと無茶にもほどがある。叔父上とてそれは分かっておるはずなのに、あのような戦を引き起こした。しかも、わざわざ秀勝を出陣させた……秀勝はそのせいで死んだのだ」
最後の一言に、抑えきれない憤怒と憎悪が滲んでいた。朝鮮出兵で秀勝様が亡くなられてから、秀次様も秀吉に対して色々と思うところがあるようだ。
「お江の輿入れは私が断固として反対する。叔母上も止めてくださってはいるが……今の叔父上の様子を見るに、無理な手を使ってでも無謀なことをしかねない。そなたや子供たちに対しても、だ。気を付けてくれ」
「……はい」
私は頷く。
いくらなんでも今の江を子供たちから引き離して秀忠に嫁がせるなど無茶にもほどがある。何としてでも止めなければいけない、と私は決意を新たにした。




