八.落飾
文禄三年。秀吉が建立した寺院で、父上の二十一回忌法要が執り行われることとなった。
初が久しぶりに大坂へやってきた。父上の法要に参列するためである。法要までの間は聚楽第の私たちの邸宅に滞在することになり、二年前に生まれた長女の完子を連れた江も初に会うためにやってきた。
三姉妹が揃うのは私が秀次様に嫁いで以来初めてで、実に七年ぶりのことになる。久しぶりの再会を喜んだあと、私たちはそれぞれの近況報告をした。史実通り初と京極高次の間には子はないようで、初は嫡子どころか子を成せないことをかなり気にしているようだ。
「姉上は三人もお産みになって、江も母となったというのに……」
寂しそうに初は言って庭に目を向ける。侍女たち見守りのもと、亀と松寿丸と完子が毬で遊んでいる。普段は弟でしかない松寿丸が完子に対して年上風を吹かせており、その姿がいじらしく愛らしい。
「こればかりは授かりものじゃ。きっとそなたと高次殿にもいずれ元気な子が生まれようぞ」
史実通りにいけば授からないことは知っている。けれど、落ち込んでいる妹を元気づけたくて私はそう言った。初は「はい」と何ともいえない笑顔で頷いてくれる。
「そういえば、姉君は姉上のところに滞在されるのですね。てっきり母上のところだと思うておりましたが……」
「ああ、私も最初は母上のところに行こうと思っておったが……その旨を母上に文で伝えたら、今は少し体調がよくないから姉上のところに滞在してほしいと返事をいただいたのじゃ」
江と初の会話に、私は「えっ」と声をあげてしまった。
「どういうことじゃ初、母上は体調がお悪いのか?」
「え、姉上はご存知なかったのですか?」
「姉君、私も知りませんでした。つい先日も姉上と一緒に子供たちを連れて会いに行きましたが、いつも通りの母上にございましたよ」
いったいどういうことだろうか。私たちは顔を見合わせた。
それから数日後、父上の法要の日がやってきた。
私は子供たちとともに会場となる寺院に向かう。松寿丸が生まれたとき、秀吉に願って建ててもらったところである。史実と同じく、『養源院』という名を付けた。父上の院号だ。
「立派なお寺にございますね、姉上」
完子の手を引いた江がそう言って嬉しそうに笑う。
「姉上のおかげで父上をこうして弔えるのですね。ありがとうございます、姉上」
「礼なら殿下に申すがよい。殿下が建ててくださったのだから」
「されど、姉上が松寿丸を産んだからこそにございましょう?」
「姉君の仰せの通りです」
そう会話をかわしながら私たちは寺院の中に入り、法要が行われる広間へと向かう。
「お茶々の方様、お待ちしておりました」
待っていた養源院の住職がそう言って礼をする。
私は今も『淀殿』ではなく『茶々』を名乗っている。というか『淀殿』を名乗る理由がないのだ。秀吉の側室にならず、城を与えられていないのだから。
「今日はよろしく頼む」
私が言うと、住職は「はっ」と改めて頭を下げた。そして、とんでもないことを口にする。
「それにしても驚きました。まさか、お市の方様がこちらで生活なさることになるとは……」
「え?」
驚きの声は三人重なった。代表して私が問いかける。
「どういうことじゃ? 母上がこちらでお暮らしになられるのか?」
その問いかけに答えたのは住職ではなかった。
「そうじゃ」
母上の声が後ろから聞こえ、私たちは振り返る。そして驚愕した。
「は、母上……そのお姿は……」
声を上げたのは初だ。
無理もない。母上は、出家した尼僧の身なりだったのだ。
とんでもない事態が起きたとはいえ、法要が始まる時間を変えることはできない。私たちは動揺したまま父上の法要を無事に執り行った。
「母上、ご説明くださいませ」
法要をすべて終え、私たちは母上と向き合っていた。私の追及に、尼僧姿の母上は穏やかに微笑むだけだ。しびれをきらした江が叫ぶ。
「母上! ご説明ください、なぜ出家などっ……!」
「江。大きな声を出すでない」
母上はそうたしなめ、小さく息を吐いて口を開いた。
「北ノ庄を出たときから、こうすることは決めておったのじゃ」
「……え……?」
「これ以上政の道具にされとうなかった。長政様の菩提を弔いながら生きていたかった。されど、まだそなたたちは幼い。全員を嫁に出したら、出家して長政様を弔っていこうと決めたのじゃ。松寿丸が生まれて、茶々がこの寺を建立すると秀吉に願ったと聞いたとき、長政様のための寺で長政様を弔おうと思うた」
どこか遠くを見つめながら言う母上。今でもずっと、母上の心の中には父上がいるのだ。
「さ、されど! なぜ私たちに黙って出家してしまったのですか!?」
「反対するからじゃ。女子の身では還俗できぬゆえ、後戻りできぬ状態にしようと思うてな」
どこか悲痛な江の叫びに、母上はきっぱりと言い切った。それを聞いて納得する。だから母上は、初を自分の邸宅に泊まらせなかったのだ。出家することがばれないように、体調が悪いと偽ったのだ。
「そんな顔をするでない。俗世を捨てて出家したとはいえ、私がそなたたちの母であることは変わらぬ。会いたいときには会いに来るがよい。私もたまにはそなたたちのもとに顔を出すゆえな」
母上は微笑み、縁側に目を向ける。秀次様と秀勝様、そして初の夫である高次様が子供たちを見てくれていた。
「そなたたちが幸福であればそれでよい。私はここで長政様を弔いながら、そなたたちやあの子たちの幸福を願っておるぞ」
「母上……」
母上の決意は固い。そもそも、出家してしまった以上もう俗世には戻れない。こうなった以上、母上が心穏やかに養源院で暮らしてくれるように手配していこうと思った。




