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1000のディスコード  作者: 小田切 青
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8話~ミツナリ登場~


数週間後。



田舎の夕闇に包まれた笹団高校、放課後の音楽室。


そこには天井に備え付けられた小さな照明だけが灯り、まるで薄暗いライブハウスさながらのアダルティックな雰囲気が作り上げられていた。


教室内の椅子を全て取っ払ったオールスタンディング仕様の客席が設けられ、正面の黒板側にはバンドセットのステージが組まれている。


そのフロアには娯楽に飢えた生徒諸君が観客として集まり、満員御礼で賑わう会場は滾るような熱狂と興奮に包まれていた。


黒板にはこのような文字がチョークで書かれている。



『13 SECONDS TIME BOMB 初ライブへようこそ!!』





真空管のマーシャルから爆音のパワーコードを鳴らすと、レイがマイクに向かって叫んだ。


「よっしゃ~!お前ら~!次の曲、行くぞ~!」


「うおおおお~!!!!!」


客席から雄叫びのような図太いレスポンスが響くと、すかさずブリッジミュートを刻みながらマイクに向かって歌声を入れる。


曲目はGREEN DAYの「Basket Case」だ。


パンクロックの金字塔とも呼べる不朽の名曲を、めちゃくちゃな発音で叫び散らすようにして歌うレイ。


しかし……その歌声は随分とお粗末なものだった。言ってしまえば素人のカラオケレベルの歌唱力。それはバンドの顔ともなるボーカルを務めるには明らかな役不足であったが「ギターボーカルをやりたい」とやる気満々に言い出したのは、目立ちたがり屋のレイ本人なのだからそこは目をつむるしかないのだろう。


ただ……それ以上に問題があるのはベース担当のハルであった。


どうやったらそうなる!?と言わざるを得ない、ぎこちない演奏でパッサパサに萎えた不快な低音を加えるのだ。


オルタネイトピッキングが全く機能しておらず、テンポがモタッたかと思えば今度は急にハシり出す。さらには要所要所で音を外しまくる始末。彼のベースに関しては満場一致で「下手くそ」と罵られても一切の言い訳はできないレベルであった。


唯一、カナタの優秀なドラムプレイのお陰でかろうじてバンド演奏は成り立っていたが……それは全体的に耳を塞ぎたくなるぐらい、酷い出来栄えのライブパフォーマンスだった。


幸運なことを挙げるとするならば……観客として集まった生徒達が全員、誰一人としてその演奏の良し悪しなど気にも留めていなかったことである。


彼らはただ暴れ散らす機会を与えられ、爆音に乗りながら歓喜する野獣の群れ。


勉学によるストレス、学校生活に蔓延る退屈、そんなフラストレーションを発散するかのようにそれぞれが思い思いにライブを楽しんでいたのであった……。





「オイ!オイ!オイ!」と汗臭いコールで盛り上がるステージ最前列。


そこから最も遠く離れた奥の壁側に、ハル達の姿を興味深そうに見守る一人の青年がいた。


青年は壁にもたれながら腕を組み、落ち着いた様子でライブを観覧している。


学ランの中に着こんだレーヨンの花柄シャツ、腰にぶら下げたシルバーのウォレットチェーン、両耳にはリングのピアスが揺れながら光る。


そんな無骨なルードスタイルに身を包みながらも、どこか優雅で上品な佇まいを狼煙のように醸し出す……。


彼の名は久保田三成くぼた みつなり。通称『ミツナリ』。笹団高校3年生。


パリコレのランウェイを歩けるような脚長のモデル体型に、さらりと美しい黒髪のセンターパート。


月下に潜んだ狼のように燿る二つの目、その狭間には完璧な造形の鼻筋が通り、口元には悠然とした微笑が添えられている。


隠し切れない色気を纏ったその絶世の男前は、どこまでも満足そうな表情でステージを眺めていた。


その目の奥に……ほんの僅かに羨望の色を含ませながら。





「みんな~!今日は本当にありがとう~!楽しかったぜ~!」


最後の曲を演奏し終えると、レイは客席にピックを放り投げながら叫んだ。


観客からの大きな拍手喝采に包まれると、13 SECONDS TIME BOMBの初ライブは大盛況の内に終了した。




やがて観客が捌け始めると、一人の青年がステージに近づいてきてハル達に労いの言葉を掛けた。


「よう、お前ら。お疲れだったな」


「あ、ナリさん!!」


ハルとレイがそう呼んだのは、先ほど後方にてライブを眺めていたミツナリであった。


この三人は同じ中学校出身で、ハルとレイの地元の一個上の先輩がミツナリという訳である。


「ナリさ~ん!観に来てくれてサンキュー!ねえねえ、俺のギターボーカルどうだった!?」


「なあ!俺のベースはどうだったよ?カッコよかっただろ?」


嬉々として感想を尋ねる後輩達。


そんなライブ直後の興奮冷めやらぬ二人を見て、ミツナリは少しだけ考える素振りを見せた。


「う~ん、そうだな……」


目を閉じ、眉間にシワを寄せ、何やら慎重に言葉を選んでいるようだ。


しかし堪えきれなかったのか、ミツナリは吹き出すように苦笑しながら答えた。


「ぷはっ!レイの歌はしっちゃかめっちゃか。ハルのベースはほとんどノイズ。ドラムだけは上手かったけど……それ以外は聞くに堪えない、とんでもねェライブだった!!」


血も涙もない酷評を下された二人はがっくりと肩を落とした。


勿論、ミツナリに悪気はなかったが、それは悪意があると思われても仕方がないほどにストレートな感想であった。


そんな笑いの余韻に浸りながら、今度はミツナリの方が尋ねた。


「ところでお前ら……この後はどうすんだ?」


質問の意図がよく分からないまま、とりあえずハルが答えた。


「どうするって?そりゃあ、会場の片づけが終わったら……今日は疲れたし、すぐに家に帰ってグッスリと寝るだろうな」


同調するようにレイと、その後ろにいたカナタも頷いた。


するとミツナリは信じられない光景を目の当たりにしたかのように、大きく眉毛を曲げて呆れた声を出した。


「オイオイ……お前ら、正気か?せっかくのライブ後だってのに、打ち上げぐらいしねェのかよ?」


「打ち上げ……?」


いまいちピンと来ていない様子のハル達。


ミツナリはニッと不敵な笑みを浮かべると、その無垢な後輩達に誘いをかけた。



「よ~し、今夜は俺が良いとこに連れてってやるよ」


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