9話~打ち上げ~
ミツナリに連れられてやってきたのは地元の寂れた商店街だった。
閑散としたシャッター通りを進んでいき、奥の路地裏に入ると怪しい雰囲気が漂う薄暗いスペースに辿り着く。
そこにある狭い道をさらに進んでいくと、やがて小さなスタンド看板が見えてきた。
看板には「カラオケスナック むさし」という文字が菖蒲色に光っている。
ミツナリは躊躇することなく、その店の中に入っていった。
怪訝そうな顔を浮かべながらも……ハル達もその後に続いた。
★
チャリーン……
ドアベルを鳴らして店内に入ると、そこには古き良き時代の名残が感じられる昭和レトロな雰囲気が広がっていた。
フロアには大理石のテーブルと皮張りのソファが置かれ、その上には古めかしいシャンデリアが吊るされている。
そして奥にはカラオケ設備と併設するように……小さなステージとバンドセットが存在していた。
どうやらこの店は生のバンド演奏でカラオケが楽しめる仕様となっているらしい。場末のカラオケスナックにしては中々粋なコンセプトである。
「おーい、ムサシさーん。カラオケ借りに来たぜー。あと、後輩も連れて来たわー」
ミツナリが大きな声で呼ぶと、バーカウンターの奥からガタイの良い一人の中年男が現れた。
その中年男は筋骨隆々、黒髪のポニーテール、レオパード柄の開襟シャツ、強面でいかにも危険そうな匂いをプンプンと醸し出していた。これはもしや極悪非道系の人物なのではなかろうか……ハル達は思わずそんな不安を抱いた。
しかし、
「あら~、ナリちゃん!いらっしゃ~い!」
中年男はいかつい見た目に似合わず、随分と可愛らしい声を出した。それは極悪非道どころか天真爛漫な萌え系ボイス。
そしてミツナリの後ろについてきたハル達の顔をまじまじと見つめると、
「どうも、初めまして~。アタシは武蔵、この店のママだからヨ・ロ・シ・ク!」
自己紹介と合わせてバチコーン!と力強いウインクをした。
★
ハル達がテーブルソファに腰を掛けると、武蔵は「サービスよ」と言って乾き物の盛り合わせと、キンキンに冷えたメロンソーダを人数分ジョッキに注いで運んできた。
その際、武蔵はハル達の顔を再度まじまじと眺めてから言った。
「ふ~ん、なるほどねぇ。アナタ達……バンドマンなのね。それも結成して間もない新米バンドといったところかしら」
その言葉にハル達は驚くように反応した。
というのも当然、自分達がバンドをやっていることは武蔵にはまだ話しておらず、それが分かるような物もこの時は一切手にしていなかったからである(荷物になるので楽器等の機材は全て学校に置いてきた)。
であればミツナリが前もって自分達のことを話していたのかと問うように彼の方に視線を向ければ、両手と眉毛を軽く上げ「さあね」といった様子で不敵な笑みを浮かべている。
すかさず今度は武蔵に対して視線を向けると、ハルが代表として当然の疑問を飛ばす。
「え?どうして分かったんすか?俺達がバンドをやってるってこと」
「ふふ~ん。アタシはね、人の顔を見ただけで……その人がどういう人間なのか、さらには何を考えているかまで……それが手に取るように分かるのよ。まあ、一種の超能力ってやつかしら」
「へ、へぇ……そうっすか」
「あらヤダ。その顔はいかにも疑ってるって感じね?いいわよ、じゃあアナタ達がバンド内でそれぞれどんな楽器パートを担当しているかまでズバリ的中させてみせるわ」
武蔵はただでさえ胡散臭い見た目をしているというのに、さらに上塗りするかの如くインチキまがいなことを言い出した。
勿論、超能力だとかエスパーだとか、ハルはそんなものは一切信用していない。
しかし……、
「ウルフヘアの可愛い坊っちゃんがギター、スパイキーヘアのアナタはドラムね」
武蔵はいとも簡単に、それぞれの担当パートを的中させてしまったのである。
半信半疑だったハルは「まさか……」と絶句した。
そんなハルの顔を最後に捉えると、武蔵は自信満々にこう告げた。
「そしてアナタが『ボーカル』よ。間違いないわ」
ハルはホッと胸を撫でおろした。
やはりこの世にオカルトの類は存在しないのだ、と。
「残念……俺はベースでした。いや~、超能力ってのも随分と適当なもんっすね~」
どこか勝ち誇ったように笑うハルの姿を見て、武蔵はムンクの叫びと同じポーズをしながら大袈裟な悲鳴を上げた。
「え……うっそでしょ~!?まさかアタシが間違えるなんて……!信じらんな~い!だって……だって……アナタはベーシストって感じがまるでしないわよ?なんかこう……凄くピッキングがぎこちなくて下手そうな感じがするもの」
そのことに関しては図星で言い当てられたハルを見て、周囲はゲラゲラと笑った。
★
しばらく雑談を交えた後、武蔵が妙な言葉でその話を締めくくった。
「……じゃあウチはバンド演奏でカラオケが楽しめるお店になっているから、今日はゆっくり楽しんでいってちょうだいね。それにリクエストが入れば……ナリちゃんがどんな曲にでも合わせてベースを弾いてくれるわよ」
ハルが真っ先にその語尾に反応する。
「え!?ちょっと待て……ナリさん、ベースが弾けるのか!?」
「ああ……まあ、ちょっとだけな」
「そんなの初耳だぞ!なんで今まで隠してたんだよ?」
「別に隠してたわけじゃねェよ。特に話す機会もなかっただけだ。それにベースを弾くったって……ここに遊びに来た際、暇つぶし程度で弾いてるだけだし」
「い、いつからベースを?」
「そうだな……この店に通い始めたのが高校に入学した頃だから……約二年前からだな」
「おいおい!ベース歴二年って結構なベテランじゃんか!」
「別にベテランってほどじゃねェけど……なんつーか、遊び感覚で弾いてる内に自然と身体が覚えていったんだよ。俺はギターとかドラムはあんまし向いてねェんだけど……ベースだけはそこそこ弾けるんだ」
「マジかよ!じゃあ今から弾いて見せてくれないか?」
「いやァ……機材をセッティングすんのが面倒くせェよ。それに今日はお前らの打ち上げだろ?シンプルにカラオケを楽しもうぜ」
「ん……あれ……?なんだ、その言い方は……怪しいな。もしかしてナリさん……俺よりベースが下手だとか?」
「ぐ……アホかァッ!逆立ちしたってお前より下手なわけねェだろうが!」
「だったら今すぐ弾いてみせてくれよ」
「ったく、舐めやがって……上等だ!」
するとミツナリは席を立ちあがり、バンドセットのラックに立て掛けてあるベースを手に取った。
それは年季の入ったフェンダーカスタムショップのジャズベースだった。黒いボディにべっ甲のピックガード。ピックアップとブリッジのカバーは綺麗に取り外されている。そして随所に塗装の剥げや小傷がつき、相当に弾き倒されたであろう歴史が見受けられた。
ミツナリはシールドを繋いでからアンプの電源を入れると、ストラップを肩に掛けて低めの位置でベースを構えた。
それからチューナーも使わずに耳の感覚だけで音を合わせると、ピックも持たずにそのまま……、
ドゥーン!と急降下するグリッサンドから入り、うねるようなベースラインを勢いよく奏で始めた。
ドゥンドゥクベン!ドゥドゥンベン!ドゥドゥンヴン!
ハンマリングとプリングを駆使した流れるようなフィンガリング、そして華麗なスラップとツー&トリプルフィンガー、多種多様な奏法から生まれるリズミカルで心地よい重低音。
手の甲に美しい血管を浮き上がらせながら、左右の長い指を自由自在に操る……それはもはや一種の芸術の域に達していた。
想像の遥か斜め上をいく流暢なベースプレイが店内に響き渡ると、ハルはもうミツナリに対して何も言うことができなくなっていた……。
★
それからはいよいよ「打ち上げ」と称した、怒涛のカラオケ合戦が始まった。
ライブ後のテンションが抜けきらないレイが我先にとマイクを掴み、ガラガラの喉で上機嫌に歌い始める。
次にカナタがマイクを奪い取ると、誰も知らないようなマニアックな選曲で悦に入る。
そしてミツナリも完全に重い腰を上げきったのか、彼らがリクエストする全ての曲にベースの生演奏を付け加えた。
どんな曲でも耳コピで即座にコードが把握されると、即興でテクニカルなベースラインが奏でられる。
まるでプロのミュージシャンをバックバンドに従えているかのような臨場感溢れる贅沢なカラオケシステム……その環境が余程気に入ったのか、レイとカナタはひたすら二人でマイクを奪い合う無限ループに突入していた。
賑やかな空間の中で一向に歌う順番が回ってこないハル。
しかし彼は自らマイクを掴みにいくようなことはしなかった。
一人でソファの端っこに腰を掛け、メロンソーダをちびちびと飲みながらひたすら聞き役に徹する。何食わぬ顔であたかも、その場の雰囲気を心から楽しんでいるかのように。
やがて……そこに魔の手が伸びる……。
先ほどからずっと大人しく居座っているハルに向かって、カナタが上機嫌な様子でマイク越しに声を掛けてきた。
「おい、ハル!お前は歌わんのか?」
「え、俺?あ、ああ……俺は別にいい」
「な~にを言っとるんじゃ!今日はワシらのライブの打ち上げじゃぞ?パーッと盛り上がっていかんとのう!ホラ、遠慮せんでお前も歌え!」
「い、いや……俺は歌うより聞いてる方がいいんだ」
頑なにカラオケを拒み続けるハル。
それを見たレイが大笑いしながら、エコーの効きすぎたマイクを使って説明を始めた。
「あっはっはぁぁ~!ダメだよぉぉ~!ハルは人前で歌うのが嫌いなんだからぁぁ~!この世界にさぁぁ~、今まで一度だってハルの歌声を聴いた人はいないと思うよぉぉ~?だってさぁぁ~、小学校の頃から音楽の授業はやる気ゼロの口パク常習犯でぇぇ~、中学の時の合唱コンクールだって毎年のように仮病を使って休んでたぐらいだからねぇぇ~!」
長年の付き合いであるレイには全てがお見通しであった。
そう……何を隠そう……ハルは昔から「人前で歌うこと」が大の苦手だったのだ……。
思いがけない弱みを握ったカナタは目を輝かせると、ここぞとばかりに煽り性能MAXで笑い倒す。
「なにぃ~!?まさかハル……お前……人前で歌うのが恥ずかしいとか……そういうタイプだったのか!?なんてこった!これはとんだシャイボーイじゃ!『永遠の思春期』がこんなところに生存していたとはのう!どぅわっはっはっは~!!」
カチーン!
ハルは額に怒りマークを浮かべた。
(コイツら……あとで覚えとけよ!?)
まさにカラオケハラスメント、略してカラハラを受けたハルは溜息をついた。
「ったく、分かったよ……歌えばいいんだろ?歌えばよ……!」
思春期をこじらせ続けていたハルの反骨精神に火が付いた。
こうなったらもうヤケでも歌うしかない。
ハルは渋々ながらもカラオケの電子目次を手に取った。
──武蔵はバーカウンターでグラスを磨きながら、そんなハルの姿をじっくりと見守っていた。
【Slide Away / Oasis】
ハルの選曲、カラオケのモニターに表示されたのはこの曲だった。
スピーカーから大音量でギターのイントロが流れると、それに合わせてミツナリがベースを弾き始めた。
ハルはマイクを手に取ると、ソファからゆっくりと立ち上がる。
気だるそうに学ランのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手でマイクを口元に近づける。
そして猛禽類のような鋭い目つきでモニターを見つめると、大量の空気を吸い込んでから喉を開いた……。
その瞬間……!
ミツナリはベースを弾いていた手をピタリと止めると、耳を疑うようにハルの方を見た……。
光芒一閃、そこには空気を真っ二つに切り裂くような天性の歌声が響いたのだ──




