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帝都にある谷の町の住人  作者: うしねことその身内
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20. 黒い湯の温泉旅館

20. 黒い湯の温泉旅館


父の鉄二は突然、


「温泉に行くぞ。」


と言い出した。


鉄二は時々気まぐれで、突拍子の無いことを言い出すが、

家族の物は、その都度、


「またか。」


と思う。


今回も、家族全員が父の言いだしたことに諦めており、

しぶしぶ従う。


ーーーーーーーーー

旅行当日。


家族全員、帝都の谷の町の駅にいた。


父曰く、ここから電車で1時間もかからない所らしい。


「この電車に乗るということは、港町の方に行くということね。」


佳代子がそう言う。


その言葉に対し、父が、


「いや、そこまでいかないさ。

その手前にある温泉だ。

川沿いにある温泉街だ。」


と言う。


父は実際に直前まで、どこに行くか言わない場合がある。


それは、家族を驚かす為では?

と佳代子は思っていた。

今回も、その様に思っていた。


父は2両の緑色の電車に乗るよう促すと、

家族は乗車をする。


やがて電車は走り出す。


「この間、耕造叔父さんの所に行った時と同じ景色だわ。」

と佳代子が言うと、


「当たり前だ。」

と、兄が言う。


電車は畑と雑木林の中を走り、

やがて、目的地の駅に到着する。


そこは、川のほとりにある温泉町で、

地上にある木造の駅の改札を出て、踏切を渡ると、

数件の商店と、温泉旅館がある。


父はその中の1軒に入っていった。


建物は、木造2階建ての細長い建物で、

入り口にいた女将に父は名前を言うと、

部屋と食事の時間、温泉の場所を案内される。


家族4人は廊下を歩き、部屋に向かう。


部屋は8畳1間の部屋で、畳敷きの部屋だった。


部屋からは庭と、比較的大きな川原が見える。


父は荷物を置くと、


「ここは黒いお湯が特徴の温泉だ。

早速入ってくるぞ。亮一も来るか?」

という。


亮一はうなずき、2人は温泉に向かう。


「私たちは、鉄二さんが帰ってきてから、温泉に行きましょう。」

と母が言う。


1時間ほどで、父らが部屋に戻ってくると、

母と佳代子は部屋を出て、温泉に向かう。


温泉は、建物の奥の方にあり、豪勢ではないものの、

タイル張りの5人位入れる内湯一か所あった。

確かに温泉のお湯は黒く、中に入ると、足が見えないほどだった。


その温泉に母と1時間くらい浸かった。


温泉を出て部屋に戻ると、すぐに食事が出てきた。

女中さんが部屋に食事を乗せたお膳を運んでくれる。


食事は、前菜、ご飯、汁物、目の前で採れた鮎の塩焼き、

近くの畑で採れた野菜の漬物等がでる。


父は、無言で食べているが、

母が、

「この目の前の皮で採れた鮎が出るなんて、良い時期に来たわね。」

等と言う。


1時間ほどで食事を平らげ、

先程来た女中さんがお膳をかたずけ、4人分の布団を敷いてくれる。


父は、

「もう一度温泉に行ってくる。」

と、亮一と一緒に部屋を出て行ってしまっていた。


女中さんが布団を引き終わると、

母が会話をはじめた。


「ここは、とても良い所ですね。」


「そうですね。電車が開業してくれて、私の実家から通える様になったのです。」


「実家?」


「ええ、港町にあります。」


よくよく話を聞くと、この女中さんの実家は、耕三叔父さんの料亭の近くらしい。


「あの料亭の旦那さんが親戚なんですか?」


「そうなんです。」


「私、あちらで働いたことがあるんです。」


「偶然ですわね。」


女中さんと母の話が長くなりそうだったので、

佳代子は1人で温泉に入りに行った。


温泉は誰もおらず、佳代子1人でゆっくり浸かり、

部屋に戻ると、父と兄が部屋に戻ってきていた。


「いい湯だったぞ。

ところで、ちよと一緒に温泉に入りに行ったんじゃないのか?」

父は尋ねる。


「いえ、耕三叔父さんの料亭で働いていた人が、

ここの女中さんをしていると母がわかって、

長話をしていたから、先に私が温泉に入ってきたのよ。」


と答える。


「耕三の所で?」

父がそう言うと、母が部屋に戻ってきた。


「今までどこに行っていたんだ?」

父が訪ねると、母は、


「ここの女中さんが、耕三叔父さんの料亭で働いていた時に撮影した写真があるというので、

見てきたのよ。」

と言う。


「えー、見てみたいな、その写真。」

亮一が珍しく、その様なことを言う。


「明日の朝、そう言うと思って、その女中さんが食事の時に、持ってきてもらう様、言っておいたわ。」

と言う。


その日は、4人で早めに就寝した。


翌日、佳代子が起きると、父と兄は、温泉に入りに行っているとのことで、

部屋には母しかいなかった。


つまり、佳代子が家族の中で最後に起きたことになる。


「なんか温泉に入ると疲れてしまって。」

佳代子が少し恥ずかしく思い、ごまかす。


「いいのよ、まだ寝ていなさい。」

母がそのように言う。


しかし完全に目の覚めた佳代子は、

「わ、私も温泉に入ってくる。」


といって、部屋を出る。


佳代子が部屋に戻ると、

すでに食事は運ばれていて、

父と兄が、女中の持ってきた写真を見ていた。

2人は、食事よりも写真を食い入る様に見ていた。


「いい、女中さんの迷惑になるから、早く食事を済ませたらどう?」


母が父と兄に声をかける。


「わかったよ。」


4人は食事を始める。

佳代子は食事を早めに終わらせ、写真を見る。


そこには、少し若い、耕三叔父さんや照子さん、きりが映っていた。


「順三さんは映っていないわね。」


「たぶん、帝都の学校に通っていた時だろう。」

と父が言う。


順三は、学校の宿舎に泊まり、帝都の学校に通っていた時があったらしい。

佳代子は、新しくその事実を知った。


4人は食事を終わらせ、全員でもう一度温泉に入った後、

宿を出るために玄関に行く。


そこで、母が、玄関で掃除をしていた女中さんにお礼を言い、

写真を返す。


「写真、ありがとう。

また来るわね。」


そう言い、宿を後にした。


電車の中で、

「うちから1時間くらいで来れるし、

働いている人は親切だし、また行きましょう。」

と珍しく母がそう話した。

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