第六話 メランの新魔法―それは歴史に残らない絶技
ダンジョンへの道中でメランは自分の現状を二人に話した。それぞれ異なる理由からメランについて知りたがったのだ。
「メランさんは論理魔法が使えないのですか!?そんな魔導師聞いたことがありません。何か重大な理由が眠っていそうですね!! 何者かによる呪い?新たな魔法体系?もしくは不定形魔法の才とのトレードオフ?何せ実物を見なければっ!他の可能性としてはブツブツ…」
どうやらアンジェは魔法に関する話題が大好きなようで、メランの奇妙な黒魔法について強い興味を示した。最初のおどおどした雰囲気は何処へやら、目を輝かせながらメランに質問もとい尋問を行っている。
「おい、アンジェ。あんまり飛ばすな。メランが引いてるぞ、って聞こえてねえな。まあ、結局信じるべきは魔法じゃなくて肉体だからな。今後も近接戦闘の訓練を重点的に続けていくべきだとアタシは思うぜ。何ならアタシがメニュを組もうか?ムキムキ美少年、そそるな。ぐへへへえ」
「引いてるなんて…そんなことはありませんよ。ていうかブレアさんも人のことを言えないと思いますよ! ああもう、二人の分まで僕が周囲を注意しなきゃ。ってあれはエレキ蝶!捕まえたらいい素材になるぞ! 待て、逃げるな!」
「ブツブツブツブツブツブツ…」
こうして愉快(?)な三人組はダンジョンに着いた。異様なオーラを振りまく三人を恐れたのか幸いにも魔物に襲われることは無かった。ここまで着くとさすがの三人も気を引き締め直したようで、アンジェの補助魔法の後にダンジョンへ入った。
「惜しげも無く補助魔法を使うなんて、アンジェの魔力量は随分高いんだね」
「えへへ、数少ない私の自慢ポイントです。とはいえ私は逆に不定形魔法が苦手なんですよ。頭が固いからかしら」
そう二人が話していると、先行していたブレアが立ち止まった。ここが先日の調査で違和感を覚えた場所らしい。
「メランは植物の判別が得意らしいな。これ何の植物か分かるか?」
「ええと、これは火山地帯に生育するプロメ草ですね。なんだってこんな所に…」
「メランさんすごいです。今のはどのような不定形魔法ですか?」
「これは別に魔法では無いよ。ただの経験」
メランがそう言うとアンジェはがっくりと肩を落とした。
「一応耐火の魔法をアンジェにかけてもらうべきかもな。いけるか」
「うん。 衝動は内から、静の炎、動の風、吹き荒れろ猛き気流よ、纏うは火龍の鱗
サラマンドローブ」
一陣の風が吹き三人を通り抜けた。これで火に強くなったようだ。論理魔法が使えないメランはここで初めて論理魔法を目撃した。特定属性への耐性の付与、メランには出来そうに無い芸当だ。詠唱時間は要するが効果の幅が広いという特徴は確からしい。
「次の広間に敵が3匹いる。恐らくDランクのフェニーバットだ。手前の二匹はアタシが引き受け、奥にいる一匹をメランが倒すという流れでいいか。」
ブレアは優れた索敵技術を持っているらしい。単純な五感のみで探知魔法を凌駕した範囲、精度を持つという超感覚は、彼女が非常に高い実力を持つ冒険者であることを再確認させる。
「了解です!」 「私の出番はまだみたいねー」
「よし、行くぞ!」
広間にはブレアが告げたとおり三匹の赤いコウモリが飛び回っていた。ブレアは剣を抜き、すぐに鞘に収めた。明らかに射程外の筈だが、二匹のコウモリは地面に落ちた。既に絶命しているようだ。底知れない強さを見せるブレアを尻目に、メランはこちらに気付いていない一番遠くの個体の方へ向き直り、思案した。
(動きが不規則で速いな。新技も試したいし二発で仕留めるか)
二人を巻き込まないように数歩前に進み、発動の準備を始める。
思い浮かべるは鎖、それも魔術的な束縛をもたらす物理的には破壊不可能な鎖だ。
「…ブラックブロックチェイン」
突如コウモリの周りに黒い文様が走り、それは実体を持った鎖となってコウモリを絡め取り地に堕とした。メランは難しいと言われる不定形魔法による妨害をやってのけた。
(やっぱり、妨害魔法も実体のイメージを浮かべることが重要みたい。この調子で睡眠魔法や能力減衰魔法も編み出せるかもしれない。とりあえず目の前の敵に集中だ。次はあれを試してみるか)
「魂昏葬裁」
それは現時点のメランが考案した実用に値する魔法の中で、最強の威力を持つ攻撃魔法。地獄の門を思わせる漆黒の扉が開いた時、敵を滅却する昏い光線が放たれる。消費魔力、発動時間、弾速全てに難があるが、無属性で超高火力な魔法である。
消し炭になった敵を尻目に彼は二人に向き直り、
「さすがブレアさん!」
と射程外から一瞬の一撃で二匹の敵を堕としたブレアに尊敬のまなざしを向けるが、二人はすごい勢いでメランに詰め寄り、
「「いやいやいや!!! 今の魔法何?!」」
と質問タイムを開始した。
「ええと、敵を束縛する魔法と、攻撃魔法の二つです。」
「「そういう訳じゃなくて!! 普通の不定形魔法はあんな挙動しない(です)よ!?」」
シンクロする二人の様子を見て仲が良いなあと暢気な感想を思い浮かべながらも続けて言葉を紡ぐ。
「みたいですね。不定形魔法と言っても普通は外見や効果を思い通りに生成可能な訳では無いとノエルさんが以前。ノエルさん曰く僕はちょっと変わった黒魔導師らしいですよ」
「頭が痛い。あいつ、絶対説明を放棄しているな。アンジェも何か言ってやれ。アンジェ?」
アンジェはあまりの衝撃に放心状態である。
二人の様子から自分がやり過ぎてしまったことを悟ったメランは慌てて話をそらす。
「ええと、これで解決ですか。火山地帯の草や火属性の魔物が生息していた理由は謎ですが」
「メランもしかして、この広場が終着点だと思っていたのか?」
「違うんですか?」
「まだまだ先は長いですよー」
とアンジェ。ようやく先ほどの衝撃から帰ってきたようだ。
「もう魔力ほとんど使っちゃったよ。回復しつつ進むしか無いか」
そうぼやくと二人は再び頭にハテナを浮かべている。今回は困惑の原因をしっかり悟ったメランは説明を始めた。
「ああ、さっきのブラックブロックチェイン、鎖の魔法には捕らえた敵の魔力を吸収する効果を付けているんですよ」
「「どっひゃー! ヤバすぎる!」」
両者再び驚愕の嵐、アンジェに至っては持ち前の丁寧な言葉遣いすらも忘れている。
「本格的に既存の魔法体系とは違ったシードを持っている可能性が出てきたぞ」
「体系を作って全冒険者に配布して欲しいところですが、論理魔法という手段が使えない以上他者には伝授不可能ですよね。もったいないです」
「今回は何がまずかったのでしょうか?」
恐る恐るメランが訪ねるとアンジェが答えた。
「不定形魔法は、術者が頭の中で魔法を一から組み立てる都合上、基本的には属性付きの直線攻撃、範囲指定の補助魔法、などの単純な効果を持つ魔法がほとんどなんです。メランさんの鎖の魔法は実体がある敵指定の妨害魔法で、追加効果も付いているという破格の性能です。というか論理魔法ですらそのレベルの効果を持つ魔法はほとんど無いはずです。知れば知るほど解剖したい、違います違います非常に興味深いですね」
「今非常に不穏当な言葉が聞こえたけどそれは一端置いておこう。僕がこの世界の基準で考えて異端と言えるレベルの魔法を操ることができるということが分かったよ。これからは気を付けるよ」
最後の恐ろしい言葉はさておき、この時ようやくメランは自らの魔法が常識外れの性能を有していることを正確に把握した。メランは自身の魔法の才が「初心者でありながら一流魔導師に匹敵するレベル」であり故に周囲は驚いているのだと認識していた。しかしメランの魔法は一般的な魔法の概念すら逸脱した代物らしい。メランは暴れすぎないようにしようと自らの心に誓った。
こうしてメランの魔法の荒唐無稽さを知る人間が二人増えた。同時にメランも自らの魔法が常識外れであることを認識した。自分の立ち位置を知ることは最強への道筋の第一歩である。彼の魔法はこれから更なる飛躍を遂げるだろう。まあ、当の二人は
((本当に分かってくれたのかなあ……))
と未だに疑念を抱いているようだが。
「ここが終着点では無いのなら、主では無く普通の敵としてDランクの魔物が生息していたということですか?」
「そうなる。この調子だと最奥部にどんなバケモノが待ち構えているかますます分からなくなってきたな。気を抜くなよ。」
「はい、分かりました!」
ダンジョン探索は続く。
常に牙をむき出しにする犬はいない。そう気付いた犬はまた一つ賢くなった。この犬の牙について知る存在は容易には増えないであろう。知られざる絶技は深みを増して…
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