第四話 ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリン
ゴブリンの巣は山の中腹にあるらしい。ゴブリンの習性、楽な倒し方などを教授してもらううちに山の入り口に着いた。山に入るや否やメランは目算を謝り木の枝に頭をぶつけた。何度も言うがメランは街から出たことがほとんど無いのだ。後ろでノエルが心配そうに見ていることを悟り、メランは
「大丈夫!」
と元気よく答えた。試験に合格するためにも、ノエルさんに失望されないためにもあまり無様な姿を見せるわけにはいかない。というわけで周りを確認しながら慎重にかつ素早く山を登っていくとあることに気が付いた。
「ラリッタケが何者かに囓られている」
ラリッタケは食べることで身体能力のリミッターが解除されるが、敵味方の区別が付かなくなり暴れ回るというやっかいなキノコである。
「どうしてこれがラリッタケだと分かるの?」
「ラリッタケは魔装具の原料なる場合があるので、家で栽培してたんだ。この生え方はヤバイダケ系統のキノコで、根元に3つの切れ込みのようなものが入っているのでこれはラリッタケのはず」
「すごいわねー。ところでヤバイダケ系統のキノコは栽培が禁止されているはずよ?」
強い圧を感じ、後ろを振り向くことができない。「知らなかった」で済む問題ではなさそうだ。刹那の思考の結果、メランは誠意を持って謝り倒すことにした。
「申し訳ありませんが、先ほどの発言は聞かなかったことにしていただけないでしょうか」
「まあ、許しましょうー。しかし、ラリッタケが関わっていると言う情報からこの件の真相がメラン君にもだいたい分かってきたのではないかしら。少し先に開けた場所があるはずだから、そこで状況を整理しようか」
何とか助かったようでメランは胸をなで下ろした。というわけでメランは気を取り直して、周囲に注意を向けながらもノエルから出された課題について考える。広場に出た際には二つの可能性が思い浮かんでいたため、とりあえず自分の考えを伝えることにした。
「一つ目の仮説はラリッタケの摂取により正気を失ったゴブリンが暴れ回り他のゴブリンを殺してしまった説。もう一つはラリッタケを食べた野生動物が本来ならば挑まないゴブリンの群れに突撃し共倒れになったという説。僕は恐らく前者だと思う」
ノエルは感心したようにうなずき、次の質問を投げかけた。
「それでどっちの方が厄介だと思う?」
「なんとなくだけどそれも前者だと思う。」
「正解!味方を殺してしまった際に得られる能力の成長は通常より数段大きいのよ。通称同族殺しって言うんだけどねー。今回のターゲットがラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンである場合かなりの難敵よ。Dランク相当の任務となるからメラン君は無理に討伐する必要は無い。偵察だけして逃げることを推奨するわ」
「僕は黒魔法を使えるんでしょ。遠くからチクチク攻撃すれば、例え相手が格上でも倒せる可能性は十分にあるように思えるんだけど?」
そう軽口を叩くメランだったが、ここで重大な過失に気が付いた。これは査定に響きそうだぞと内心震えながらもノエルに問いかけた。
「あの、ノエルさん…魔法ってどうやって使うのでしょうか?」
「都合が悪くなったら敬語になる癖、相手に弱みを握らせるきっかけになるわ。私の前以外ではやめた方がいいよー」
そう前おいてノエルは魔法の説明を始めた。
「さっきも言ったけど、黒魔法は攻撃と妨害に優れた魔法よー。魔法には大きく分けて、規定の詠唱で決まった効果をもたらす論理魔法と自らのイメージで魔力を変形して独自の作用を生み出す不定形魔法の二種が存在するわ。妨害魔法はイメージが難しいから基本的には論理魔法を使うことになると思うけど、攻撃魔法は自由で速攻性のある不定形魔法を使う場合もあるから両方扱えるようになることが重要よー。ここまで大丈夫ー?」
メランはこくこくと頷いた。彼は気付いていないが、元来の才能か、はたまた毎日の魔装具屋での雑用の結果か、彼は記憶力や思考力、洞察力といった知能面での能力に関しては同年代の他者を遙かに凌ぐものを持っている。ノエルやブレアは彼のこのようなシードに依らない才能という側面も既に見抜いており、彼女らのメランへの高い評価の一因はそこにある。ノエルは続けて、
「じゃあ、それぞれの具体例について説明するねー。火の初級魔法で説明するわ。火の初級論理攻撃魔法マルムは3節の詠唱の後に敵を追尾する火の玉を放つ技よ。初心者は発動までに3秒程度の時間を必要とするけど、早詠みの訓練や盤面の先読みによる先行詠唱、陣を用いた詠唱の省略などを使うと半分以下の時間で放つこともできるわ。とはいえ、それでも刹那を分割するような高速戦闘では一瞬が永遠に近い意味を持つ場合もあるわ。そんな時こそ不定形魔法の出番よ。簡単な例では、炎を強くイメージしながら手のひらに意識を集中すると火の玉が生じ、それを打ち出すと攻撃魔法になるでしょ。これが基本的な不定形攻撃魔法となるわ。思考が速い魔導師は実質ノータイムで魔法を次々と繰り出すことができる。火の基本的な不定形攻撃魔法は目線の先に正直に飛んでいくから、相手の動きをよく見て打つことが重要ねー。これで魔法に関する説明は終わりかなー。何か質問はある?」
「不定形魔法を使えば、誰でも最強の魔導師になれるんじゃないの?不死身になる強化魔法を想像するとか、絶対即死の魔法を妄想するとか。」
「不定形魔法はその内容に応じて魔力を消費するのよー。能力は日々の修練や敵の討伐によって少しずつ鍛えることが可能だけど、メラン君が今挙げたような魔法は人間では到達不可能な領域に位置するわ。」
「うん。大体知りたいことは分かったよ。あとは実戦で頑張ってみる」
そういってメランは立ち上がった。目的地はまだ先である。少し歩くと足跡がくっきり残っている場所に出た。
「ええと、ここにはゴブリンの足跡しか無い。やっぱりラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンがこの先にいる可能性が高いね」
「ええ、ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンは強敵よ、もし戦うのなら細心の注意が必要よー。私は巣穴に着いたらそれ以上の助言や手助けは行わないわ」
「承知。冒険者が必要とする能力は、自分の目で状況を見極めて、自分の頭で考えて任務に対応する力、という訳だね」
さらにしばらく進むと、明らかに何者かによって掘られたような穴にでた。ここがゴブリンの巣穴だろう。これからはノエルの助けにも期待できない。覚悟を決めたメランは暗い洞穴に入った。魔力を無駄に消耗するわけにはいかないので腰に下げたランタンに火を点ける。より先へ、より深く進んでいくと一匹の大きなゴブリンが見えた。どうやらこちらに背を向けて何かを貪り食っているようだ。それは同族、すなわちゴブリンの死体であった。ここで目の前の異様な雰囲気を持つゴブリンがラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンであることが確定した。
メランは冷静に短剣を抜き、バックステップで距離を取ったが、同時にラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンもこちらに気付いたようで振り向きざまに棍棒片手に飛びかかってきた。ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンの一撃は直前までメランが立っていた地面に大きな亀裂を入れた。ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンがDランク相当の魔物であることは事実であるらしい。
(迷っている時間は無い。不定形魔法で決めるっ)
覚悟を決めたメランは一撃で容易にこちらの頭をかち割る程の膂力を持つラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンに対し、魔法で即座に決着を付けるというという選択を取った。ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンは再びこちらを捕捉し、今にも必殺の一撃を放とうとしている。火の玉では間に合わない。
(火よりも速く、相手を貫く事象。それは稲妻だ!)
そう判断したメランは天から降り注ぎ数百年生きた樹木を焼き折る強力な雷を空想した。そして、ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンの凶悪な目を見据え右手の人差し指と中指を合わせ、ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンの心臓を指さした。
「これは禁忌を犯した悪鬼を裁く天よりの一撃だぁぁっ! 堕天槌!」
二本の指の先から放たれた黒く暗く重い雷は、ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンの心臓を穿つどころか、ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンの体を貫いて吹き飛ばし、その先の壁に叩きつけた。よく見ると雷が直撃した部分の壁は溶けていた。文句なしの一撃、すなわちDランク任務の解決である。
(攻撃力こそ並外れていたけれど、防御力はそこまでなかったようだ。悪いのはラリッタケかもしれないけれど、仲間殺しは重罪だ。神のもとで十分に償うといいよ。)
持ち前の洞察力は何処へやら、メランは的外れな考察をしているが、もちろんそんなわけがない。ラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンは攻防共に通常のゴブリンの数倍の強さであった。Dランク相当の強さは伊達ではない。
さて、一瞬の攻防の一部始終を目撃していたノエルは内心、飛び出しそうな心臓と一緒に飛び上がってしまいたいほどに驚愕していた。
(黒い雷を放つ魔法なんて見たことがない。そもそも不定形とはいえ、魔法は自然の摂理を歪めて攻撃するわけでは無いのだから雷属性の魔法は黄色ベースのはず。それにあの一撃、様々な要素が論理魔法と比べて低水準なはずの不定形魔法で、威力、速度、精度、全て中級の論理攻撃魔法を軽々と上回っている。想像以上だわっっっっ!彼が成長すれば…)
こうして、なぜか鼻息が荒いノエルと共に山を降りたメランは、ギルドに戻ると即座に冒険者資格を獲得した。その上、なんと前代未聞のCランクスタートであった。とはいえ≪迅雷の守護人≫の活動を制限している王国に知られると厄介極まりないため、対外的には身元引き受け制度を利用した少年がギルドに入ったことのみが伝えられた。
自分を見守る視線に答えるために犬は自らの牙を人生で初めて使った。その牙はラリッタケの摂取により正気を失い同族を殺したゴブリンを引き裂いた。
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