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『滅びの光』(ザマァ)の真実


 魔女エリザは外で待っていると言い残し、小屋を出た。


 コロもミゥもミスティアも、暖炉の前にしつらえた簡易ベッドで、川の字になって眠っている。

 皆を起こさぬよう、魔女の後を追う。


「少し外でエリザさんと話してくる」

「魔法使い同士の話し……か」

「おそらく。なにか重要な話らしい」

 アイナはディーユと二人で並んで寝るため、簡易ベッドの準備をしていた。少々照れつつも、いつもの夜営だと自分に言い聞かせる。


「私が聞いてもわからないだろうし、任せるよ」

「差し障りがなければ、あとでわかるように教える」

「難しい話なら図解を交えて頼む」

「はいはい」


 ディーユは魔女エリザの後を追った。

 ドアを開け外に出ると、暗闇のなか、ぼうっと白い人影が見えた。

「魔女、エリザ……?」

「こっちじゃ」

 次第に目が慣れてくる。足元に気を付けて進むと、前庭の中央に魔女が一人で立っていた。

 ハーブの花々に囲まれて佇んでいるダークエルフ。魔女の姿は絵本の挿し絵のように幻想的だった。

 白いシンプルな普段着の上に、ケープを羽織っている。ゆるくウェーブした長い髪の隙間から、とがった耳がちょこんと突き出ている。

 魔女はじっと星空を見ている。

 同じように仰ぎ見ると、満天の星空だった。


「すまぬのぅ、水入らずのところを邪魔したかの」

「いえ、何も……」

「あの娘と契りを結んだとはのぅ。結構なことじゃ。今宵はめでたい祝いの夜じゃ。シシシ……。お楽しみは、当面お預けじゃろうがな」

「魔女エリザ、からかわないでください……」

 思わず照れてしまう。

 どうやらアイナは婚姻の言葉を交わしたことを、話していたようだ。あるいはミゥかミスティアか。


 今は無き第二聖都では、婚姻に際し聖堂教会にいくのが流行(はや)りだった。神に祈りを捧げ婚姻の報告となし、神父に祝福を貰う。それが『婚姻の誓い』なるもので女性たちの憧れ……だったらしい。

 しかし婚姻は互いの気持ちの確認と、「口約束」で終わるのが慣例だ。記念品を贈るのは裕福な貴族同士の婚姻の場合ぐらいなものだ。

 同じ家に同居を始めれば、あとは事実上の夫婦として、あるいは家族と見なされる。

 故郷の村、ハテノ地方では周囲に二人の関係を認めて貰うため、宴会を開いていた。だが、肝心の村も故郷のサビレッタも存在しない。


「明日にでもワシが祝福を与えてしんぜよう。神父とは正反対、魔女の福音じゃがのぅ……」

 すこし皮肉をこめて笑う。

「ありがとうございます! 魔女エリザ!」

 思わぬ申し出に感謝する。

 見ず知らずの神父より、恩人の魔女から祝福を貰う方がずっと嬉しい。


「あの子たちも、家族にするつもりかぇ?」

「最初からそのつもりです」

 コロもミゥもミスティアも家族にする。

 これから、ずっと一緒だ。

 アイナと共にあの子達の居場所になる。

 ミーグの借家は少々狭いので借り換えるか、増築するかしないといけないだろうが……。


「それは何よりじゃ。ほかに(よすが)の無い子らとなれば、さぞ嬉しかろう……。いつの時代も、家族の絆は尊いものじゃ。血の繋がりなど問題ではない。大切にすることじゃ」

「はい」

 迷い無く返事をする。

 エリザは優しく微笑むと、ふたたび星空を見上げた。


 薄い霧のような星の雲が天空を横切っている。

 大きな『青い月』が東から昇りつつあった。暗い『赤き月』は入れ替わるように西の地平線に沈んでゆく。


「そろそろかの。赤き月と青き月の位置が良い」

「いったい何が?」

 話しとはなんだろうか。まさか婚姻についてなら小屋のなかでも構わないわけで、本題はここからか。


「ディーユよ。これから見せる真実(・・)は、お前にとって、いや……この世界に生き残ったすべての者にとって、辛い事実かもしれぬ。しかし、運命は今さら変えられぬ。どうしようもないものじゃ。嘆こうが、絶望しようが、何も変わりゃせぬ」


「……真実」

 言葉の重みに身構える。

「そうじゃ。世界の真実じゃ。何が起こったか、何がどうなったのかを見せてやろう」

「なっ……!?」


「魔法師として多くを学び、魔法のなんたるかを知りえたお主なら、理解してくれると思うてな」

 もっと近くへ来いと招かれて、横に並ぶ。

 魔女エリザは、ふところから小さな水晶玉を取り出した。占いや「まじない」で使う、ごく普通の水晶だ。


 しかし球体の半分ほどが、霞がかかったように濁っている。


「水晶玉……? 濁っていますね」

「これはワシの小屋にあった水晶玉じゃ。しかし、先日の『滅びの光』……正確には『A-Z(アズ)』の放射により、半分が濁ってしまった。魔力に敏感に反応するゆえ、こうなってしもうたのであろう」

 魔女の言葉からも『A-Z(アズ)』による破滅だということは確かなようだ。

 伝承には「万物の構成要素を破壊して無に帰してしまう滅びの光」とだけ記されていた。

 今更ながら被害の甚大さに身震いする。北の端にある村の、更に山奥まで届いていたのは、南側がV字渓谷状で開けていたからだろう。


「光はこの小屋にまで届いたのですか?」

「ギリギリじゃった……。多くの木々や、濃く立ち込めていた夜霧が、影響から守ってくれたようじゃ。もっとも、ワシも何が起こったのか、理解するのに時間を要したがのぅ……。ディーユたちは、どこにいて影響を受けなんだ?」


「海上でした。色々な事があり、はるか東の海上へと皆で船で脱出しておりました。そこで巨大な津波が壁になって、光を防いだように思えました」

「なるほどのぅ。()じゃ。これで……合点がいったわ」


 青い月の光に水晶を透かして見せる。

 気のせいか、水晶玉の中にある「濁り」が雲のように、ゆっくりと動いているように思えた。


「見ておれ、はじめるぞい」

 魔女は静かに魔法力を注ぐ。すると水晶玉が淡い光を放ち始めた。

「おぉ……?」

 水晶玉の内側で変化が起きた。

 青白い光が、まるで波打ち際で踊るように押し寄せる。青き月に向けられた濁りが、まるで蜃気楼のようにゆらぎながら映像を結んでゆく。


「城だ……!」

「この城が全ての始まりじゃ、見覚えがあるじゃろう?」

「第ニ聖都・アーカリプス・エンクロードの王宮です」

 不鮮明だが、水晶の濁りの向こうに城が見えた。

 忘れるはずもない。大陸随一の巨大都市、王都の中心にそびえ立つ荘厳な王宮を。

 まるで磨りガラスを通し、覗き見ているような不鮮明な映像だが、ありし日の城の姿が浮かび上がっていた。


「もう少し見えやすくするぞい。……幻燈魔法(ランタニア)で像を地面へと投写する」

「なるほど」

 水晶玉占いで浮かんだ像を、相手に見えるよう映し出す魔法だ。それを応用し、不思議な映像を地面へと投影する。

 青い月の反対側、魔女エリザの影に青白く立体的な映像が浮かび上がった。夜目が利く『梟の目(ホロゥ)』魔法で増光すれば、仔細は観察できる。


「これは一体?」

光の記憶(・・・・)じゃ。どうやら、『A-Z(アズ)』が大陸全土に広がった際に、時系列に沿った記憶を、まるで焼き写したかのように記憶として保持していたようじゃ。それがどういう原理かはわからぬ。じゃが、こうして半焼けの水晶玉に偶然、記憶されておったのじゃ」

「奇跡です……! こんなことがあるなんて」

 水晶には情報を記録できる性質がある。それが影響したのだろうか。近ければ消滅し、遠ければ光も届かない。絶妙な位置関係が奇跡を生んだのだろうか。

「気づいたのは偶然じゃった。それ、見てみい」

 魔女エルザが影の中に浮かんだ、青白い城の立体像を示す。


 すると、視点はしずかに王宮の中へと移動する。

 玉座と謁見の間に、大勢の人々が立っていた。いや、金色の像となりはて、彫刻のようになり動かない。

 騎士たちも、大臣も、女王ペンティストリアでさえ!

 黄金の彫像へと変わり果てていた。

 唯一、動いている男がいた。狂気じみた高笑いをする魔法師の姿が――。

「ラソーニ・スルジャンッ……!」

 思わず身構えるが、これは過去の映像だ。


「どうやら、魔力の波動が乱れた場所を、光が通過し、映像を運んできたのかもしれぬ」

 映像が徐々に王宮の地下へと進む。視点の移動はエルザの意思では無いらしい。

 城のずっと地下……深い地下回廊(ダンジョン)へと潜ってゆく。誰かが手にもったメモが見えた。光に晒された文字が浮かび上がる。

地下回廊(ダンジョン)、第八層――封印の間?」

 書物で読んだことがあった。伝承にのみ記されていた城の最深部、そこに位置する空間は、不思議な青白い光に満ちていた。


千年帝国(サウザンペディア)の遺物じゃな。おそらく造られたのは八百年前か……それ以前か」


 大勢の魔法師達が血眼で雪崩れ込んできた。

 見知った顔もある。BランクやCランクの魔法師たちに加え、Aランクの魔法師たちさえいた。彼らは封印の間を墓荒しか盗賊のように物色する。しかし突如、入り口の扉が閉じた。

 そこからは悲鳴と絶叫。魔法師達が渦を巻く謎の力に磨り潰(すりつぶ)された。あまりにも凄惨な光景に目を背ける。

 これが、「滅びの光」が発生する直前、王宮の地下で起きていたことなのか。

「きゃつらは、高濃度な魔素(マナ)のスープへと変えられたようじゃ」

「悪趣味な罠だ……」

 魔法師たちの溶けた光の渦が、ズゴゴゴと更に下層へと吸い込まれてゆく。一瞬たりとも目を離せない。

 そこには見慣れない魔法のカラクリがあった。複雑に絡み合ったパイプと魔法円が見える。

魔力転換炉(マギナリアクター)じゃ。ワシも見るのは初めてじゃが」

「魔力……転換炉?」

 目まぐるしく場面が切り替わった。

 再び大写しになったのは、狂気じみた魔法師の顔だった。

 ラソーニ・スルジャンが巨大な魔術を行使する。幾重にも重なった魔法円は複雑で、理解を越えたものだ。


『――王宮魔法師どもの魂と魔法力を(にえ)に、

 全波動共鳴魔導零機関(アズラール・ゼロ)稼働ッ!』

 ラソーニ・スルジャンが叫んだ次の瞬間。魔力転換炉から凄まじい力が解き放たれた。

 青白い光の球体が生じ、一瞬で王城を包み込んだ。

 光が全てを巻き込んで膨らんでゆく。

「滅びの光、『A-Z(アズ)』じゃ」

「あ、あぁ……ッ!」

 思わず叫ばずにはいられなかった。

 王都の建物も、彫像となった人々も、ありとあらゆるものが光に飲み込まれ、消滅した。

 光の粉になり消えてゆく。

 膨大なエネルギーの放出は序章に過ぎなかった。

 光の球体が瞬時に発散したかと思うと、集束。凄まじい爆発の光へと変換し周囲を吹き飛ばしてゆく。


 映像が高空へと切り替わった。

 鳥瞰(ちょうかん)よりも高い視点、まるで月から見下ろしたかのような高さだ。

 大陸全土を見渡せる位置。その中心部で突如、「ポッ」と光の球体が生まれた。

 星の大気を揺るがす大爆発が膨らみ、広がってゆく。

「これが……滅びの光」

 数百万人以上の人間がひしめく第二聖都が、瞬時に消滅した瞬間だった。

 青白い光の放射が何もかもを消滅させてゆく。

 建物も、美しい運河も、周辺の町や村、人々も動植物も、すべてを飲み込み消滅させてゆく。

 その光は水面に垂らした油のように広がり、大地を白い灰のような砂へと変えてゆく。

 

「『A-Z(アズ)』の浸潤速度は、衝撃波と同じ程度とみえる。じゃが、不思議な性質をもつ波のような『波動』じゃ」

「だから山脈や津波、森で遮られたのですか?」

「左様。直進する光なら、球体である惑星表面(・・・・)に広がらぬからのぅ」

 魔女エリザの言葉をディーユは理解できなかった。

 球体とは? 惑星表面(・・・・)とは何のことだろう?

エリザは300年前に目覚めたというが、生まれたのは太古の魔法文明が最盛期を迎えた千年以上前なので、その当時の知識を持っている。

 故に知り得ない言葉を使うのだろう。

 映像は真っ白な光で埋め尽くされ、何も見えなくなった。


「滅びの瞬間が、私に見せたかった真実……」

「まだじゃ。続きがある。むしろ、ここからが本番じゃ」


「え?」

 魔女の意外な言葉に驚く。


 この先に続きがある?

 世界は消滅し、白い砂に変わったのではないのか?

 あまりにも衝撃的な内容に、ディーユでさえ混乱し理解が追い付かない。情報が多すぎ整理できない。


「光の記憶(・・)を辿る旅には続きがあるのじゃ」

「続き……」


 映像は白い光の粒子で満たされている。

 光の粒子が離散集合し、やがて濃淡が生まれた。

 ゆらぎのような、波のような。

 波は光の奔流となり、彗星のように飛ぶ。周囲は暗い星空だろうか。多くの光の点が、シャワーのように降り注ぐ。

 星の海を一筋の光が進んでゆく。

 渦を巻く白い星雲を通り越し、巨大な泡のような構造を飛び越え、巨大な何もない暗黒の空間へと至った。


 頭がくらくらする。まるで悪夢だ。

 夢か(うつつ)か、次元を越えた旅を見せられている。白い光の筋はそれでも飛び続けている。

 世界を越えてゆくかのように。

「目眩がします……」

「ワシもここで何度か止めたのじゃが。しかし、見るがよい」 


 闇に飲み込まれるように小さく、消えてゆく光。

 やがて静寂が訪れた。


 すべてが消えたのだと思った次の瞬間。


 波紋が広がった。

 ポチョン――と、まるで水面に水滴が落ちたときのように。


 暗闇の虚無の中に、光の輪が、波紋が広がってゆく。


 波紋は幾重にも重なり波となる。

 空間にゆらぎを広げ、拡大。

 波紋の中心で光が膨れ上がる。

 視点がズームする。壮大な光の渦だ。二重螺旋を描きながら、一点に向けて凝縮、球体を成してゆく。

 やがて光が濃縮し炸裂――。


「生まれる」

「何が……」


新世界(・・・)じゃ」


 爆発と凝縮を瞬時に繰り返したかのような輝き。

 光の領域が広がり、やがて静かな星空に変わる。

 その中心には、小さな丸い水の球体が生まれていた。ずっと向こうに太陽があり、青い星が浮かんでいる。

 青い星へと視点が近寄ってゆく。


「こ、これは……! 海と大地……!?」

「我々が住んでいる惑星とほぼ同じものじゃろう」


 魔女の言葉に息を飲む。目が離せない。

 どんどんと視点が惑星表面へと近づいてゆく。

 雲を突き抜け大海を渡り、大地へと至る。

 緑の森がひろがっていた。

 川もある。

「あっ!?」

 人工的な運河だ。両脇には整然とした麦畑が広がり、小さな村がみえた。ところどころに町があり、ずっとはるか先に、見覚えのある巨大な都市のシルエットが浮かび上がってきた。


「王都……!? 第ニ聖都・アーカリプス・エンクロード!」


「正しくはその、再生版(・・・)じゃな。第三聖都といったほうが良いかもしれぬが」


「再生された都市!? 第三……? では人々も……」

 尋ねるまでもなかった。

 光の記憶映像はいつしか、王都の街並みの中を進んでいた。まるで鳥の視点のように、ゆっくりと。

 人々は驚き、自分の身に何が起こったのか、という様子に慌てていた。

 王宮のほうを指差し、何事か騒いでいる。


 ――生きている(・・・・・)……!


「この人達は、どこか別の場所に転移した、ということですか!?」

「そうとも言えるが、違うとも言える」


 王宮に視点が変わる。

 女王ペンティストリアだった。

 生きて、動いている!

「何が起こった? 今すぐ調べよ」

 声は聞こえないが、毅然とした様子で、部下達(・・・)に指示を出していた。騎士たちも大臣たちも元通りになり、動いている。


「まさか……別の世界に転移したというのですか」

「おそらくの。じゃが……この世界においては死んだ(・・・)と同義じゃ。消滅し、光の粒子に分解された。しかし肉体や記憶、世界の構成要素……あらゆる情報が、時空を越えたどこか遠い先で、再構成されたようじゃ」


「そんなバカな……! 信じられない! はは……!」

 変な笑い声さえ出るほど混乱している。

 絶望と喜び、困惑、そして疑問。

 しかし、なんとなく理解ができてきた。

 つまり……新世界がどこかにある、ということだ。

 皆が生きている世界が。

 

「『A-Z(アズ)』とはすなわち、緊急離脱(・・・・)。最後の手段なのじゃろう。太古の魔道士が巧妙に仕込んだ最高強度の転移術式……。破滅する世界を捨て、新世界へ逃げ出すための」


 ダークエルフの魔女が視線を鋭くし、ため息を吐く。

 そしてゆっくりと星空を見上げた。


「逃げ……出す?」

 何から、なぜ?


「ワシらは逃げ遅れたのじゃ」

「いったい、何からですか?」


「きゃつら完全体。ハイ・エルフたちからじゃ」

「ハイ・エルフ……!」


「数百年前……。究極の魔法生命体ハイ・エルフが人の知性を越えたのじゃ。創造主たる人類の魔道士や、先行試作体であるワシら、ダークエルフさえ超えてのぅ。完全なる魔法、神にも等しき力を持つに至った者たちこそ、彼らハイ・エルフじゃ」


 言葉もでなかった。伝承では聞いていた神話が、魔女の口から紡がれてゆく。


「彼らハイ・エルフは世界を滅ぼすと言いおった。当然じゃ。自分達よりも劣る種族に支配される理由などないからのぅ」


 そして、筆舌に尽くしがたい戦いが勃発した。

 神にも等しい魔法を駆使するハイ・エルフは、天変地異を引き起こした。

 重力制御にベクトル変換。あらゆる攻撃が無効化され、甚大な被害は増える一方だった。

 ごく少数のハイ・エルフに対し、人類軍はダークエルフも含めた連合軍で挑んだが、人類の敗北は必至だった。


 しかし、ある時。

 何らかの理由で彼らは戦いをやめた。

 水晶の宮殿を築き、自ら深い眠りについた。

 強固な次元結界を幾重にも施し、外部から一切の干渉を受け付けぬようにして。


 危機はひとまず去った。

 しかし、当時の魔法師たちは恐れた。

 次に奴らが目覚めたとき、世界は確実にハイ・エルフによって滅ぼされる、と。

 故に、彼らが眠っている間に一計を案じた。

 戦って勝てる見込みがないのなら、逃げ出そう……と。


「緊急脱出の術式を組んだのであろう。それが、『A-Z(アズ)』じゃ」


 ヤツらの目を欺き、新世界を再建するために世界ごと滅んだように見せかける――。

 

「魔女エリザ……! ではその危険なハイ・エルフは」

 ハッとした。

 過去の話はさておき、危険なのはハイ・エルフだ。

 滅びの光を装った『A-Z(アズ)』が起動したということは、彼らが目覚めたということではないのか?


「心配するでない。きゃつらは今ごろ星の海じゃ」

「え?」


「なぁに。ワシがこの目で見たからのぅ。夜空に向けて旅立つハイ・エルフの船を。白い砂だらけに成り果てたこの地を捨てて、新天地を目指し、飛んでいきおったわい。シシシ」 


 してやったり。

 可笑しそうに魔女が肩を揺らす。

 映像はそこで途切れ、静かな暗闇がもどってきた。


 あまりにも衝撃的な真実。

 しばらくディーユは何も言葉を紡ぐことができなかった。

 ただひとつ、確信したことがあった。


「だから……もう、どうにもならないと?」

「そうじゃ。残された世界の片隅で、ワシらは生きていかねばならぬのじゃ」


「は、はは……」

 全身から力が抜けた。

「だから、受け入れるしかないのじゃ」


<つづく>


【作者よりの知らせ】


 次回、最終話となります



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